56.ふたりの時間。そして、帰還へ……
「ヴァルティア。せっかく来たんだ。その、一緒に町を歩かないか?」
「……そうだな。歩くとするか」
「ルフィーナもどう――」
「遠慮しておくわ。こういう時に二人きりにならないでどうするの? わたし、一人で見て回っているわ!」
カンラートもずっとお姉さまに会えていなかったんですもの。ここは二人きりにさせてあげないと、後でグチグチ言いそうだわ。
「いいのか? 別に俺は気にしないが……」
「わたし、自然を満喫したいの。先に行くわね」
ヴァルティアは、足早に自分たちの前から駆けだして行くルフィーナを見て、嬉しく思っていた。自分とカンラートのことに気を遣う御方には、やはり敵わないということに感嘆した。
「じゃ、じゃあ……行くか。ヴァルティア」
「お前が私を連れ回してくれるのだろう? ならば、腕を貸せ」
「何をする気だ?」
鈍い男、それがカンラートという男だった。彼女は仕方なく、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「――そ、そうか」
ようやく気付くカンラートに苦笑するヴァルティア。幼き頃、自分を求めていた奴が今ではすっかりと大人しくなったとおかしく思いながらも、嬉しく思えた。
「で、では、行くぞ」
「あぁ、行こう」
「なぁ、俺とはルフィーナのように話してくれないのか?」
「そうして欲しいのか? だがお前とはこの話し方のほうがしっくりくるのでな。変えるつもりは今は無いな」
「……そうか。それならいいんだ」
騎士鎧を脱ぎ、洋服を着ることが滅多にない自分たちだけに、ついでに素を出してもらおうと思っていたカンラート。いずれヴァルティアも変わっていくだろう。その為には自分ももっと磨かねばならない。そう思うしかなかった。
故郷の町の道などはすぐに、突き当たってしまう。ゆっくり見て回ることにしたふたり。ヴァルティアは流石と言うべきなのか、皆から注目を浴び続けていることに、カンラートも誇らしげになっていた。
「やはりお前は姫なのだな」
「何を今さら」
「騎士鎧を脱ぎ、ただの服に袖を通しただけなのに、みながお前に注目をする。言わなくとも分かる程に、ヴァルティアは見惚れる美しさがあるのだろうな」
「貴様、恥ずかしくなることをほざくな! ……どう返事を返せばいいのか戸惑うではないか」
「……ふ。案外、可愛さが有るんだな」
「その余裕は今だけにしとくんだな」
軽口を簡単に言う奴。そんな奴だからこそルフィーナ王女も騙されたのだ、ヴァルティアは確信した。
カンラートとヴァルティアが歩いている一方で、わたしは一人だけで自然を満喫していた。
あぁ~なんて素敵なところなのかしら。空気も美味しいし、空もいつもより澄んで見えるわ。今度はアスティンと来てみたいわ……アスティン、元気かな。早く会いたい――
「ところで……アスティンのことだが、お前はあいつをどう思う?」
何故突然アスティンのことを聞いてきたというのだろうか? そう思うと、途端に警戒心が湧くヴァルティア。
「アスティンがどうかしたか?」
「分かってるはずだ」
「……試練のことか?」
「ああ、そうだ。ルフィーナにも、アスティンにも辛い想いをさせることになるのだぞ。あいつに何か言葉をかけてやるのか?」
「必要ない」
「そうか……それならばいいんだ。悪かったな」
「お前にとっても弟のような奴だから気にしているのか?」
カンラートや他の騎士たちに可愛がられていたアスティン。放っておけない見習い騎士だったのを改めて知り、自分が惹かれたのも合点が行く。彼女はそこに納得をしていた。
「それもあるが、あいつは見習い騎士で終わる様な奴ではないんだ。だが最後の試練で、もし駄目になったらと思うと、俺はルフィーナに申し訳なく思う」
「見習い騎士から騎士となるにはルフィーナ王女からお言葉をもらわねばならぬ。だが、その前にアスティンの心が折れてしまうことを心配しているのだろう? それならば大丈夫だろう。少なくとも我……私はあいつを認めている。カンラート。お前もあいつを信じろ。好きなんだろ? アスティンが」
「ああ。可愛い奴だよあいつは。お前の言う通り、あいつを信じるさ。そして、ルフィーナ王女をあいつと、俺とお前とで護っていく。それでいいんだよな? ヴァルティア」
「……それでいい」
アスティンは今頃まだセラたちと旅を続けているのだろうか。心配をしながら、アスティンに知らされない試練のことを彼女は心配していた。
「次にお前と会う時、お前のことを――」
× × × × ×
俺とセラはジュルツに戻るための最短ルートで山の中を進んでいる。確かに近道なんだろうけど、こんなに顔中が傷だらけになるなんて思わなかったよ。セラの顔を見ると傷はついて無くて、綺麗なままだった。
「お前は反射神経が鈍いんだよ! 枝くらい素早く避けられるだろ? どうすんだよこんなとこで顔を傷だらけにして、試練の方が厳しいんだぞ。今からそんなんで大丈夫かよ……」
「そんなこといったって、山道がこんなにきついだなんて思わなかったんだよ。ルフィーナと小さい頃歩いた森は歩きやすかったのに」
「姫さんとの思い出か。いいじゃねえか。それならなおのこと、顔にこれ以上傷を作るのはやめろよな。姫さんが悲しむぞ。知らないからな? お前の傷だらけの顔を見て、姫さんが泣いても責任取れねえぞ」
「ううっ……慎重に行くしかないか」
慣れたように進むセラに必死に付いて歩き続け、とうとう待ち望んでいた光景が俺の視界に飛び込んできた。
ジュルツ外門――
「ふぅー着いたか。あたしも久しぶりだが、アスティンは6年? 7年か?」
「んと、もうすぐ誕生日で19だから……6年くらいかなぁ」
「それは長いな。まぁ、それはそれとして……アスティン。ジュルツへの帰還、お疲れ様だ!」
「うん。セラのおかげだよ! ありがとね、セラ! すぐに城に行くんだよね?」
「あたしは一応お前の指導役だから行くが、お前は自分の家に帰って構わねえぜ。そこでたっぷりと休め。試練までは時間も期間も長いんだ。お前の試練は姫さんがいないと始まらねえから、それまでは稽古に励むしかないぜ。それじゃ、アスティン。お前の試練が遂げられるのを楽しみにしてるぜ!」
「えっ、あ、うん。セラは俺の試練の日までいるんだよね?」
「それはあたしにも分からねえな。しばらくいると思うが、見かけたら声かけろよな。じゃあ、アスティン……またな!」
「うんっ! 本当にありがとう、セラ!! またね~」
アスティンを見送り、ジュルツ城に向かうセラは、「お前と少しでも一緒にいられて嬉しかったぜ」そう言い残し、城へと足を向けた。
「た、ただ今戻りました」
「アスティンか? 意外に早かったではないか! セラフィマと共に帰還したのか?」
「はい、父様。正規の道ではありませんでしたが、無事に戻って来れました」
「ふっ……大きくなったものだな。レイリィアルで会った時よりもさらに顔つきが精悍になったではないか。もうすぐ母さんも買い物から戻る。ここでは普通に会話していいんだぞ、アスティン」
「あっ、うん」
「よくぞ帰って来た、我が息子よ。おかえり、アスティン! 父はお前とこうして会える日を待ち望んでいたぞ。家にいる時は団長では無く、お前の父だ。今はしばらく休んでいいからな」
「う、うん。父さん……お、俺……俺――」
「……あぁ」
騎士は人前では泣いちゃいけないって言われたけど、今はとめどなく流れて来る涙を抑えることが出来ないまま、父さんに抱きついたまま泣き続けた。父さんは何も言わなかった。
ルフィーナ……俺、ジュルツに帰って来たよ。キミは今どこにいるの? オレはここにいるよ……ルフィーナ、早く君に会いたい。会いたいよ、ルフィーナ――




