53.姫たちの絆
カンラートには悪いことをしたかしら。わたしが簡単に、素直に泣くなんて思わなかったはずよ。流した涙は嘘ではないし、いたずらでもないのだけれど……ヴァルティアがあそこまで殺気を出すなんて思わなかったのよね。
姫様と騎士が敵だなんて、どういうことなのかしらね。想い合うふたりが戦う、ね。すごく興味深いわ。
「ねぇ、ヴァルティア。あなたとカンラート、強いのはあなたなの?」
「私ですね」
「あら、即答なのね! それはあなたがヴァルキリーだからなの?」
「いえ、それだけではありません。ルフィーナ様もアスティンよりも圧倒的にお強いですわ」
ヴァルティアはなんのことを言っているのかしら?
「強さとは、力強いことばかりが強さではありません。特に騎士とは、心、絆、そして想いの強さが際立っていることが大切なのです」
「わたしは騎士ではないわ。それでも強いの?」
「ええ、ルフィーナ様は初めてお会いしたときからお強い気持ちをお持ちでした。アスティンよりも想う気持ちが強く、心も強く……なにより、あなた様自身の輝きが誰よりもお強うございます。私はルフィーナ様には及びませぬが、想う気持ちはやはりアレよりは強いと思っております」
そういうことなのね。ヴァルティア……不思議な気持ちになる女性だわ。貴族と王族の違いはあるけれど、同じ姫だもの。なんだか、強い縁を感じてしまうわ。
「ヴァルティア。いえ、お姉さま。顔を近くで見せてくださらない?」
「あ、は、はい……」
ヴァルティアは迷わず、わたしに顔を近づけてくれた。やはり綺麗ね。アスティンとは別に、ヴァルティアにもずっと傍にいて欲しいわ。気持ちが高揚していたのもあって、わたしは彼女の頬に軽く口を付けた。
「ルフィーナ様?」
「ヴァルティアとはもっと絆を深めたいの。わたし、貴女に惹かれているわ。カタチだけではなく、傍にいて欲しいの」
「ルフィーナ様……いや、ルフィーナ。私も同じ想いです。私も貴女に――」
ヴァルティも、わたしの頬に優しく口を当ててくれた。ヴァルキリーと王女の関係ではなく、姫としての絆を深めたわたしたち。
彼女もアスティンのことを想っていた。そのことをわたしに教えてくれたわけではないけれど、わたしには分かってしまった。そうでなければ、アスティンは哀しみに明け暮れて試練に立ち向かう気持ちが打ちひしがれていたはずだもの。
「お姉さま。わたし、いいこと思いついたの。耳を貸して」
「どうしたの?」
お姉さまは、わたしを泣かせたカンラートを敵視して、すっかり戦うつもりでいた。やっぱり、それは良くないと思うの。昔は昔の思い出として、今はカンラートのことを好きなお姉さまでいて欲しい。だからわたしは、かつてアスティンにしたことを今度はお姉さまとすることを思い付いた。
「ふふっ、ルフィーナはよほどいたずらが好きなのね。そのいたずら、私も協力するわ。それを遂げたなら、カンラートへの敵視もやめてあげることにするわ」
わたしの意図がバレてしまったわ。でも、これならカンラートも許してくれるだろうし、お姉さまもわたしもとびきりの笑顔が飛び出すことは間違いないわ。
「ルフィーナ、ヴァルティア。何だか楽しそうだな」
「ええ、わたしはお姉さまととても仲がいいの」
「私も、ルフィーナと話すのが楽しいんだ」
「ん? お姉さま? ルフィーナ? こ、この短い時間にそこまで仲良くなるとはどういうことだ? やはり俺がルフィーナを泣かせたことが関係しているというのか? 嫌な予感しかしないではないか」
ふたりの姫様が楽しそうにしている。カンラートは自分が今、この場にいれたことに感謝するしかないと思うしかなかった。彼もふたりの笑顔につられて、思わず笑みをこぼした。
ルフィーナとヴァルティア。ふたりの笑顔が後々、恐ろしい笑顔になることは、今の彼には想像も出来なかった。
「よし、ふたりとも。そろそろ戻ろう。俺の生まれ育ったこの国を、存分に語ってやるぞ」
「カンラートのお母様、お父様に会えるのね?」
「そうだな。ルフィーナのことを紹介するよ」
「あら? お姉さまの事は?」
「いや、それはだな……」
何かしら? お姉さまは顔を背けているし、カンラートも気まずそうにしているわ。もしかしてお姉さまはまだ乗り気ではないのかしらね。想い合っていても難しいのね。
「と、とにかく、ルフィーナ。俺の親はお前が姫……王女だということも知らないんだ。だから、話し方とか気を付けてくれ」
「そんなの気にしないわ! ばれたっていいわよ」
「カンラート。ルフィーナは素を見せたいと言っているのだぞ? お前が隠してどうする」
「お、おぉ……そうだな。分かった、そのままでいい」
「ふふっ、どんなお母様とお父様なのかしらね~」
期待に満ちた顔ルフィーナと、難しい顔のヴァルティアを引き連れて彼は数十年ぶりの実家へ向かうことにした。
× × × × ×
「アスティンは姫さんのどこが好きなんだ?」
「えーと……可愛くて、元気で、それから――」
「はぁ? そんなのは見れば分かることだろ? そうじゃなくてよ、もっとあるだろ!」
「そんなこと言われても……」
どうしてなんだろう? どうしてみんなルフィーナのことをどう思っているのかを聞いてくるんだろう。俺が彼女のことを好きなのは間違いないのに。
「まったく、お前はそういうところが駄目なんだよ! 姫様なんてお前のことを聞かれたら、ずっと語っているぜ? アスティンのことを嬉しそうに話してるんだ。それがまた可愛らしくて見惚れちまうんだ」
「そんなに俺のことを……?」
「お前もちっとは、姫様のことばかりを考えてもいいんじゃねえのか?」
どうなのかな。6年も経ってるし、今のルフィーナを見てないから断言出来ないよ。彼女だって、昔の俺のことをずっと思い出として語っているんだろうし、今の俺を見たら大人しくなるかもしれない。
「会ってみないと何とも言えないよ」
「ヘタレだな」
「セラはどうなの? ルフィーナへの想いは別として、好きな人はいないの?」
「あん? あたしはそういうのいらないんだ。少なくとも、姫さん以上に惚れる人がいれば好きになるかもな」
「そ、そうなんだ」
「あぁ、そうだ。あたしの故郷に寄って行っていいか?」
「それは全然構わないけど、何か用事でもあるの?」
「ああ。許婚に返事をしようと思ってな」
「へ? 許婚!? そ、そういう人いるなら言ってくれればいいのに。好きな人はいないとか言うからてっきり……」
「好きじゃねえよ? だから返事をして、ジュルツに帰るんだよ」
「ええっ!? い、いや、それはさすがに……」
何だ、ちゃんとセラにもいたんじゃないか。ルフィーナに捧ぐとか言うから、そういうのに興味ないのかと思っちゃったよ。
「アスティン。悪いけど、あたしの許婚になってくれ。もちろん、芝居でいいから」
「な、何で?」
「まぁ、いいからいいから。故郷に入ったら頼むぜ! お前を見込んでいるんだ」
ジュルツに帰還出来るから気が楽だと思っていたのに、早くも気が重いよ。




