50.カンラート・エドゥアルトの決心
つまらない生活。つまらない国。オレはしがない両親の元で平凡に育った。体は大きいわけでもないし、力も強いわけじゃ無い。オレが住む国ラットジールは農民が多い。貴族だとか、姫だとかそんなもんは一切いない。オレより強い悪ガキもいない。こんな所にいてはそのまま農民となるだけだ。
畑を耕すのは嫌いじゃない。むしろ、汗水流して体を動かすことは好きだ。だが、それだけだ。両親はオレを、従者としてどこかにやるつもりだったらしいが、人の下で働くなんて冗談じゃない。故郷を捨てて、適当な国に厄介になることを決めた。
両親には適当に、どこかで頑張ると言い残し俺は国を出た。数日かけて、あらゆる国を渡り歩いた。だが、どこもかしこも貴族、姫、王族がのさばり、農民出のオレなんか声もかからない。そうして、迷いながらどこかの皇国に辿り着くと、何やら子供だけで好き勝手に遊んでいる場所を見つける。
ここは王族や貴族が我が物顔で歩いているわけではなさそうだ。オレは決めた。ここの奴等をオレの子分として従わせてやると。そうすれば従者なんかじゃなくて、もっと上の立場になれるかもしれない。そう思えた。ここで逆らうことのない子供らに命令を下して遊んでいた日、オレの運命が変わる出会いがあった。
「なぜあなたは他国に来てまで偉そうにしているの? ここではみんなが楽しく遊ぶ場所なの。それが出来ないなら自分の国に帰って」
「へぇ? あんた姫って奴か。珍しいな。貴族の姫が庶民と遊ぶなんてよ」
「そんなのは関係ないわ。ただあなたのように我が物顔で私たちの遊び場を占拠するというのなら、許さないわ」
「そうかよ。じゃあ、姫とオレは敵だな。あんたの顔を見かけたらオレは敵とみなして、いじめてやるよ」
「勝手にしたら? でも、私はあなたなんかに負けないから」
強気な姫の名はシャンタル・ヴァルティア。随分とご立派な名前を付けられたものだ。オレとは大違いだ。とは言え、オレは自分の名前にプライドがある。この名前ならきっと出世が出来ると思っている。
皇国に来て、数か月が経つ。この国は他に見て回った国と違って、庶民がお気楽に暮らす国だった。貴族の姫が1人いるが、別に顔を合わせなければどうということはない。だが、歳が4つも下の姫は何をどうやったか知らないが、とうとうオレの力をかわすようになり、姫に襲い掛かっても全く攻撃が当たらなくなってしまった。
「弱い男には興味無いわ」
「くそっ! 姫ごときに何でオレが……いいか、ヴァルティ。オレがお前よりも……いや、お前と同等の強さを身につけたら、オレとケッコンしてくれ!」
何でかこんなことを言い出してしまった。何カ月も姫の顔を見ながら意地悪をしていたが、よくよく見ると綺麗な顔立ちをしていて、オレはこいつの顔を見る為にわざと意地悪をしに行っていたのかもしれない。
いつかコイツと肩を並べて、婚約をしてやる。その為にオレは自分を磨かなければならない。そう決心して、俺は騎士の国と呼ばれるジュルツ国へ向かった。
「貴様には覚悟が足りぬ。出直して参れ!」
国に入り、いかにも強そうな騎士に頼み込んだが、何度も追い出された。だがオレは諦めない。諦めてなるものか。絶対、上り詰めてやる! そうして、いつの日か姫……ヴァルティを嫁にしてやる。俺はジュルツの国で何でもやった。自分の評価を上げなければきっと、あの騎士はオレを認めてはくれない。
「貴殿の弛まぬ努力、しかと見届けた。貴殿はこれより、王立騎士団の一員として共に戦え!」
俺はついに王立騎士団に入団が認められた。宿舎に入り、ひたすらに剣や槍、弓の技を磨き続けた。そうしたことが何年も続いた頃、ディファーシア皇国にいた姫、シャンタル・ヴァルティアが同じ騎士団に入ったことを知る。
さすがに男女の宿舎は別で会うことが叶わなかったが、彼女はヴァルキリーとして謳われ、幾多の戦場で名を馳せていることを知る。俺よりも遥かに強くなっていた。だが俺とて、副団長にまで上り詰めたのだ。俺はヴァルティアに偶然にも再会し、あの頃の約束を伝えた。彼女もそれを覚えていて、いつかの機会に共になることを約束……婚約をした。
俺が21となった時、ジュルツ国の姫様でもあるルフィーナ姫が王女となるために必要な外交をすることになり、俺が護衛騎士として選ばれた。姫様は見習い騎士のアスティンと婚約をしているらしく、外交の旅も俺では無く、アスティンと行くものだと思っていたらしい。
「ア、アスティン――!!」
そう言って、すぐに王の間からどこかへ走り出して行った。無理も無い……13になろうかという姫様が、外の国へ旅立とうと言うのだ。恐らくは、アスティンにお別れを伝えに行ったのだろう。そして、俺とルフィーナ姫との旅が始まった。
「あ、あなた、もう少しくだけた言い方は出来ないの? 息が詰まって窒息したらどうしてくれるのかしら?」
「そ、そう言われましても……」
思った以上に、活発な姫様だ。まるであの頃のヴァルティアのようだ。もっとも、アスティンは俺とはまるで違う男の子だが。ルフィーナ姫との出会いが、俺の運命を変えることとなる。
「アスティンはすごく優しいの。それでね、アスティンはね……」
アスティンの話題が途切れないな。アスティンはどうなのか分からないが、姫様の想いは本物の様だ。互いがずっと想い合うのは決して簡単ではない。だが、ルフィーナ姫はその想いを途切れさせることのない御方だ。俺はそう思っている。
見れば見るほど、あいつに似ている。俺が想う姫、シャンタル・ヴァルティアそのものだ。それも、年が経つほどに、姫の輝きがどんどん増していき、いつしか俺はヴァルティア以上の想いをルフィーナ姫に募らせるようになっていた。
互いに婚約者がいる。だが、互いは遠く離れた所にいて心の中で想いを募らせている。常に傍にいるルフィーナ。俺はキミのことをヴァルティア以上に想っている。だが、これは俺だけが想っていることだ。キミと俺は兄妹として、兄妹の愛としてずっと傍にいれればいい。そうじゃなければいけないことなのだ。
俺はカンラート・エドゥアルト。ジュルツの王立騎士団副団長。この身はルフィーナに捧ぐものなり――




