48.ルフィーナを愛する者:後編
突然の矢がわたし達を狙って来た。賊か何かははっきり分からないけれど、わたしはカンラートの膝の上に移動して、ヴァルティアは槍を構えて馬から降りた。
戦いと言っていいか分からないけど、カンラートが賊を払う場面には遭遇したことはあるものの、騎士の技をきちんと見たことのないわたしは、ヴァルティアの姿をずっと目で追っていた。
「ふむ、賊は7,8人くらいか。ルフィーナ、ヴァルティアが何故最強と謳われているのか、よく見ておくといい。もっとも、目で追えないかもしれないが」
「へ、へぇー……よく、目をこらして見るわ」
「なんだぁ? 騎士が呑気に馬を歩かせているかと思えば女騎士じゃねえか。どこかの国の姫でも護衛してたか? 姫はいらねえから、金目の物を置いていけ! 命が惜しくなければな」
ふぅーー……
呼吸を整えているのか、ヴァルティアは雑音を遮断して標的の全てを視界に捉えている。
「おい、ねーちゃん! 無視すんなよ」
閃光と共に、賊たちの視界からヴァルティアの姿が消える。駆ける速さに目が追いつかず、追いついた時には、すでに倒れていた。槍から繰り出される突きが速すぎるのか、賊はおろかその場にいる誰もがヴァルティアの動きを追うことが出来ない。
「……命が惜しいか? ならばこの場を離れ、二度と姿を見せるな」
一閃と共に、ヴァルティアの鋭い眼光が賊たちを凄ませた。
「ルフィーナ様。終わりました」
つい先日まで可愛らしい姫様だったのに、ヴァルキリーになると全然、別人なのね。
「ルフィーナ様? 私が恐ろしいですか?」
「……」
「私はヴァルキリー。戦いの姿をお見せしたくはなかったのですが……もし、具合を悪くされたなら、私はやはりお傍には……あの、ルフィーナ様?」
「ヴァルティア……あ、あなた――なんて、格好いいの!! カンラートとは全然比べ物にならないわ! こんな、こんなに素敵な人ですもの! アスティンが虜になるのも分かるわ。あぁーヴァルティア……素敵ね。これが騎士の強さなのね」
「ルフィーナ様、い、いえ……私なぞあなたには敵いません」
「ルフィーナ……俺の膝の上に乗りながら、俺の存在を忘れてないか? ヴァルキリーの動きを見て動じないどころか、それに惚れるとはルフィーナらしいな。お、俺だってあれくらい出来るんだぞ?」
「そうなの? 是非、見てみたいわね」
「くっ、何だかやるせないぞ」
「ふっ……カンラート。王女様は私に惚れられたようだ。すまないな」
「カンラートもその内、見せ場があるわよきっと。さぁ、進みましょ」
一瞬の事だったけれど、ヴァルキリーのシャンタル・ヴァルティアの強さが垣間見えたわ。この強さに、この美貌と綺麗な髪……わたしでは太刀打ち出来なかったわね。アスティン、わたしはもっと頑張るわ!
× × × × ×
ルースリー城・地下――
「アスティンー! そんなキザ王子はやっつけちまえ! あたしが許すぞ」
「セラ、失礼ですよ! アスティン、気を付けてくださいね。あなたが怪我をしたら姫様が悲しみますよ」
「はい! 頑張ってみます」
何で王子……国王となるべき人が俺に勝負を挑むんだろ。盾を盗んだりしなくても、勝負を挑んでくればいいのに、何でルフィーナを賭けることにまでなってるのか意味が分からないよ。それでも俺は――
「アスティン。キミは何故、彼女がキミを好きでい続けているのか、考えたことはあるのかい?」
「いえ、特には……」
「本当に羨ましい限りだ。聞けば幼い頃に出会って、ずっと彼女から可愛いいたずらを受け続けていたそうじゃないか。あんな可愛い姫に気にかけられていたなんて……それがどんなに幸運で、代えようのない思い出かキミには分かるのか?」
可愛いいたずら? 騎士の盾を野菜を切るために使われ、庭の深すぎる穴に落とされたいたずらが可愛いだって? 別に気を引こうとしていたずらを受け続けていたわけじゃ無い。可愛かったのはルフィーナだけだ。いたずら自体は良くも悪くも無い。何だよ……何が分かるんだよ!
なんかムカついた。そう思った時には、剣を相手に向けていた。互いの剣先が触れ、火花が飛び散る。
「おっと、キミの剣はまだ軽いな。ルフィーナに対する想いもそんなもんなんじゃないのか?」
「城塞……頑丈そうな建物に篭ってる王子には、気持ちも感情の動きも分からない。あなたはルフィーナの表面上の綺麗さだけに憧れてるだけだ」
「ふっ……それはキミもだろ? キミの事は調べさせてもらったよ。聞けば、ルフィーナがいながら他の女騎士に惚れこんで、彼女のことを全く考えなかった時間があったんだろ? そういういい加減な想いなら、諦めて俺に彼女を譲ってくれないか? キミはその女騎士を追いかけていればいい。簡単だろ」
「あんたに何が分かる!!」
――っ!! 衝撃音と共に、互いの剣がぶつかり合う。一瞬でも気を抜けば、どちらかの顔に傷が付く。それほどの間合いだ。
くそっ! 何で俺とシャンタルのことまで言われなければならないんだよ。確かに好きだった。好きで好きで、シャンタルとずっと一緒にいられればいいと思っていた。だけど、俺じゃダメなんだ……彼女の瞳の奥には、カンラートが常に映り込んでいた。俺じゃ駄目なんだよ。
「アスティン!! 気を緩めるな!」
「えっ?」
一瞬、目を閉じてシャンタルとのことを思い浮かべていた俺。セラの声に気付いた時には、ヘンリークの剣先が俺の頬の辺りをかすめていた。微かに頬の辺りが熱い。
「すまない。当てるつもりはなかった。だけど、何を思い浮かべていた? キミには素敵な婚約者がいるのに、他の女のことでも思い出していたか? 勝負の最中にルフィーナではなく、女騎士のことでも思っていたのか? それならいつまでも思い出にしがみついて、ルフィーナのことは諦めてくれないか? 俺は本気で彼女のことを愛してるんだ。もう一度、プロポーズをしたい。何度でも彼女の元に会いに行くよ」
「……ない」
「ん?」
「渡さない……! ルフィーナは俺の女なんだ。いたずら好きでわがままで、少しの弱みも見せないルフィーナは、俺の……誰にも渡さない愛するひとなんだ!! 少し会っただけで分かった様な口を聞くな! 絶対、渡さないからな! 王子だろうが、国王だろうが彼女に近付くなら容赦しない!!」
想いを乗せたアスティンの剣は、ヘンリークが手にしていた剣と彼の体ごと壁際に弾き飛ばした。
「――っつぅ……いたた――これは効いたな~」
「に、兄様。だ、大丈夫ですか?」
「あぁ、フェル。俺は平気だ。いやー怒らせるつもりは無かったんだけどな。あそこまで断言出来るなら、女騎士のことも薄らいだのだろうな」
「だ、大丈夫ですか? ご、ごめんなさいっ! あの、俺、力の加減がまだ出来てなくて……」
「それも女騎士に鍛えられたのかい? すごいな。いい師匠に出会えたってことだな」
「い、いや、でも俺は見習い騎士ですから……」
「アスティンくん。見習いでもそうじゃなくても、ルフィーナの騎士なんだろ? だったら、そんなの気にすることじゃないよ。ルフィーナ姫を守れるのはキミだけだ。彼女の傍にいれるのも、アスティンだけだ。ホントに羨ましいよ。俺も小さい頃に彼女と出会っていればな……」
「いえ、それでも俺と出会う運命でしたから」
「はははっ! 強く出たな。はぁー何だか、切ないな」
何だかそう考えると、この人にもそんな人がいればいいのに……なんて、思ってしまう。シャンタルも、そしてルフィーナも決められた相手がいる。それだけのことなんだけど、俺は恵まれているのかもしれないな。
「アスティン、これ……返す」
「あぁ、俺の盾だね。もう、駄目だよ? いたずらで人を困らせたらダメなんだよ? そんなのはルフィーナだけで許して欲しいなぁ」
「僕のいたずらはルフィーナから教えてもらったから」
「へ? そ、そうだったんだ……ははは……変わってないんだね、ルフィーナ」
どうりで手口が似てると思ったよ。全く、彼女は俺を困らせることに長けてるよなぁ。それも可愛いんだけどね。
「アスティン、キミの試練は遂げられたよ。どれほどの想いがキミにあるのか試したかったんだ。まぁ、私がルフィーナに恋煩いをしていたのは本当だったんだが……キミには敵わないことが分かった。諦めるよ」
「ほ、ホントですか!! や、やったー! 試練を遂げられた!!」
「うん、それでは初日に邪魔をしてしまったが、残る滞在で城下町を楽しんでくれ」
「ヘンリークさん。あの、本当にありがとうございました!」
「いや、まぁ……応援してるよ」
「アスティン!! やったじゃねえか! 格好よかったぜ。間違って惚れそうになっちまった」
「セラ。ありがとう。じゃ、じゃあ、宿に戻ろうか」
「おう! ユディ、行くぜ?」
「……セラとアスティン。先に宿へ戻っててください。わたしはもう少しここにいます」
「ん? あ、あぁ、分かった。じゃあアスティンと先に戻ってるぜ!」
「ええ、分かりました」
ユディ? どうしたんだろ? でも良かったー! これで2つの試練を遂げられた。残りは一つなのかな? もう少しでキミに逢える。待っててね、ルフィーナ!




