46.煩う恋敵の謀略
聞いていた通りの光景が俺の目に飛び込んできた。ルフィーナとカンラートが訪れた城塞国ルースリーに到着した。俺が今まで訪れた国と言えば、フィアナ王女の国と父様と対峙したレイリィアルくらいだっただけに、初めて国とすぐ分かる造りの建造物に驚きを隠せない。もっとも、レイリィアルは国内に入っただけで城に近付くことも出来なかった。
「驚いたか? ここは安全度が高いとされてる国だ。治安はどうか知らねえけどな。姫さんはこれからこういう国との交渉やら何やらをしていくことになるんだ。アスティン、お前が姫さんを支える盤石な騎士じゃねえと話にならねえぜ?」
「あ、うん。分かってるよ」
「セラ、アスティン。まずはルースリー城へ行きましょう。国王にご挨拶をしておかないと失礼に当たりますし」
「そうだな。騎士だけっつっても、姫さんの直属だから挨拶は基本だな」
「分かりました。俺は、ふたりの後を付いて行くのでよろしくお願いします」
「ええ、そうですね。アスティンは特に言葉を発することはないのでそれでいいですよ」
こういう所が見習い騎士ってことなんだろうな。どんなに剣の実力が上がっていても、俺は見習いのままだ。それがすごく悔しい。
「ジュルツ国、王立騎士団セラフィマ、ユディタ、アスティンにござりまする。此度の訪国は、見習い騎士アスティンの試練によるものでございます。国王様にはご挨拶を致したく、参上致しましてございまする。数日の滞在となりまするが、どうぞご許可を賜りたく存じます」
「話は聞いておりました。そう畏まらなくても構いませぬ。私はクレト。ルースリーの王をしております。ですが、すでに一線を退いております。実の所、ふたりの王子がこの国を支えていると言っても過言ではありませぬ。王子は多忙ゆえ、私が応じた次第。騎士たち、我が国でゆっくりされるとよい」
「はっ! お気遣いいただきありがとうございます。では、失礼致します」
「そこの見習い騎士。待たれよ」
「え? じゃなくて……は、何用でしょうか?」
な、何だろう? 何で見習い騎士に声をかけて来るんだ。俺、何かしたかな。
「そなたはルフィーナ姫の直属であるか?」
「は。見習い騎士ではありますが、さようにございます」
「では、問おう。ルフィーナ姫の想い人の名は何と申す?」
へ? 何でそんなことを王が聞くんだろ? 答えていいものなんだろうか。いや、でも。
「恐れながら、見習い騎士にそのような権限がございませぬ。そして、我ら直属の騎士も答えを持ってはおりませぬ。誠に申し訳ございませぬ。では、これにて失礼致します」
「(行きましょう、アスティン、セラ)」
王に呼び止められたのも驚いたけど、何で俺に聞くのか分からなかった。ここにユディとセラがいてくれて良かった。俺たちは王に礼を遇して、城を後にした。
「いやー驚いたぜ! 一国の王があんなことをアスティンに聞くなんて、何かキナ臭くて仕方ねえな。ユディもそう思わねえか?」
「そうですね。あの言葉は、王が聞いたのではないと思いますよ。恐らくはルフィーナ様に告白をした王子に違いないですね。同じ男だから聞いてみたかったんじゃないですか?」
「どう答えればいいのか分からなかったです。だって、想い人だなんて……そんなの」
「ですから、あなたは何も答える必要は無かったんですよ。勉強になりましたか? アスティン」
「あ……そ、そうですね。は、はは……」
やっぱりそういうことなんだ。俺ってまだまだ子供なんだよな。問われたから答えていいものだとばかり思ってた。難しいなぁ。そう言えばセラとユディはいくつなんだろ? 聞いてみようかな。
「よしっ! 宿に行くか。アスティン、部屋はどうする? 同室にしとくか?」
「いやっ、それはまずいので。ふたりは俺と別室でお願いします。今さらなんですけど、ふたりはおいくつなんですか?」
「アスティンは18だったか? あたしもユディも2つ上だ。ほんの少し年上だが、大人と子供の差は身に染みて分かっただろ?」
「そ、そうですね。じゃあ、部屋に行きます」
「あ、そうそう。アスティン、私たちは着替えたらすぐに城下町を歩きますけど、あなたもどうですか?」
城下町かぁ。ちゃんとした国の城下町を歩くのは初めてかもしれないし……っていうと、フィアナ様が怒りそうだけど。歩いてみようかな。気持ちがだいぶ楽になって来たし、セラたちに何かを買ってあげようかな。
「分かりました。着替えを済ませたら教えて下さい」
シャンタルとのことがあってから、俺は女性騎士とは部屋を別にしてもらうようにしていた。彼女たちいわく、騎士同士に恥も恥じらいも必要ないということだったけど、鎧を脱いで洋服に着替える時はどうしても肌が露出する。
意識しなくても俺は見てしまう。13の頃はあまり気にしたことはなかった。気になったのは、シャンティに初めて会って、鎧を脱がすのを手伝った時だった。今はもう俺も18なんだ。気にしない方がおかしいよ。
そろそろ行こうかな。盾はさすがに置いて行かないと荷物になるよね。俺の盾はフィアナ様の試練の時に割れてしまったものの、試練を遂げた褒美に青銅の盾を頂いた。今はそれを使っている。この盾を見ると、ルフィーナにいたずらされた頃を思い出す。
どうしてなのか分からないけど、会える日が近づくにつれて俺は彼女の思い出を浮かべるようになっていた。俺もルフィーナのことを煩っているということなんだろうか。
「アスティン、いるか? あたしだ、セラだ! そろそろ行くぞ!」
「は、はい! 今、出るよ」
部屋を出た時、背格好の小さな男の子が俺を見て嬉しそうに微笑んでいた。ここに住んでる子なのかな? そういえば子供に笑い返すなんてことは今まで無かったかもしれない。
そう思うと自然に笑顔を返していた。いつか俺にも自分の子が出来たりするんだろうか。
城下町へ出てみると、思った以上に賑わいを見せていて、城塞国家を物語るようにいつまでも続いていた。塀が町を囲っていて、ここなら治安の心配もないしルフィーナも安心出来たのだろうなと思えた。
「おっ! 露店が沢山あるな。アスティン、一緒に見て回ろうぜ!」
「そうだね、行こうか」
「それじゃあ、私はふたりとは別のお店を見て回ろうかな」
たまにはこうして楽しむのも悪くないかもしれない。そう思って、セラと露店の多く並ぶ裏通りへ向かおうとした時だった。
「すまない、おたくらはどっかの国の騎士さんか? 悪いんだけど、俺の弟が迷子になっちまった。一緒に探してくれないか?」
「それは大変ですね。では、私が……」
「いや、出来れば女性ふたりがいいんだ。あなたと、そこのキミの名前を聞いても?」
「私はユディタと言います。彼女はセラフィマです。弟さんの特徴は?」
声をかけて来た人は、何故か俺のことを気にしながら小刻みに頷いている。
「丁度そこの、彼を幼くした感じだ。背格好はまだ小さいが、笑顔が魅力的な子供だ。こんな感じだが、どうかお願いしたい。せっかくの休みにすまない」
「いえ、まだどこも回ってないですしお手伝いしますよ。あなたのお名前は?」
「あぁ、俺はヘンリク。弟の名前はフェルと言うんだ。よろしく頼む」
「ヘンリクさん、それでは私とセラとご一緒に探させて頂きますね」
「あの、俺はどうすれば?」
なぜ女性ふたりを指名するのか分からないけど、俺も探したほうが早そうな気がするんだよな。
「いや、俺の弟は可愛い女性には素直だが、男相手にはちょっとした意地が悪くてね。そういうわけだから、キミは宿で吉報を待っててくれないか? 彼女たちと町を見て歩く時間はまだあるんだろ? キミは宿で休んでてくれ。えっと君は……」
「俺はアスティンです。ヘンリクさん、分かりました。宿で休んでます。セラとユディタをよろしくお願いします」
「あぁ、アスティンくんか。じゃあ、そういうことで頼むよ」
イマイチ納得できなかったけど、確かに男の子は女性相手だと素直になりやすいのは確かだ。特にユディタは優しそうな感じだし、セラは普通にしてれば可愛いもんな。
そうして俺はまた宿に戻った。部屋に戻ろうとすると、出かけに見た男の子が俺に近付き声をかけて来た。
「お兄ちゃん、騎士?」
「え? あ、うん。そうだよ。どうして?」
「硬そうな盾を持ってたから」
あぁ、そうか。ここに来るときに見ていたんだ。
「良かったら見てみる?」
「ホント? やったー!」
まぁ、子供の言うことだし、いいよね。盾は結構重いし、子供が持ち出せるような物でもないし。
「すごい! ピカピカしてる。お兄ちゃん、これは何て言うの?」
「青銅の盾だよ。銅とかスズ石……鉱山でとれた石で出来てるんだ。ちょっとやそっとでは壊れないし、頑丈なんだよ」
「ふぅん~そっか、頑丈なんだ」
「うん、すごいよね。あ、待っててね。剣も見せてあげるからここで待ってて」
盾は何気に重いから壁に掛けてたけど、剣はきちんと見えないところにしまっていた。どうせならセットで見せてあげた方が喜ぶよね。
「ほら、これが剣だ……よ?」
あれ? いない……どこ行ったんだろ? ほんの僅かな時間なのにやっぱりじっとしていられなかったかな。まぁ、子供だもんね。俺もそうだったししょうがないかな……って、あれっ!? た、盾が無い!?
ど、どこへ行ったんだ? まさかさっきの子供が持って行った!? いや、でも結構重かったし、そんなはずは……ま、まずい。騎士が盾を失くすなんて、セラやユディにばれたらすごい怒られる。
急いで部屋を出ると、さっきの男の子が重そうにして俺の盾を運んでいるのを目撃してしまう。
「ちょっと待って! それを勝手に持って行ったら駄目だよ。返してくれないかな?」
「……ごめんなさい」
「えっ? あ、うん。案外素直に返してくれるんだね。あ、ありがとう。駄目だよ? 人の物を持ちだしたら」
「うん……もう、やらない。もう、それは必要ないから」
「じゃあ、部屋に戻るからね」
「うん、またね、騎士のお兄ちゃん」
ふぅー危なかった。危うく盾を失う所だったよ。それにしても「またね」なんて、ここに住んでる子なのかな。俺の盾……フィアナ様から頂いた大切な……? あれ? なんだこれ……青銅じゃない!? ええ?
や、やっぱりさっきの男の子がどこかに持って行ったんだ! やばい!! は、早く探さないと――




