45.とある王子の恋煩い
王命を受け、レイリィアルの地に待っていたのは父上だった。ここでは騎士の皆がレイリィアル国を監視していた。寒さの中で何年もいるなんて想像も付かない大変さが伝わって来た。そして一番驚いたのは、すでに国王陛下は退き、ルフィーナが王女として動いていたということだった。
カンラートとルフィーナが俺と同じように、世界各地を巡っているというのは聞いていた。現に、港町でも会うことが出来たかもしれなかった。俺は自分のことしか考えて無く、ルフィーナが攫われたり、牢に入れられたり、そういったことを知ることも無くシャンタルだけしか見ていなかった。
ルフィーナの王命で父様との試合を下されたことは、全て俺への想いがあってのことだと知る。心のどこかで彼女の想いを感じながら、目の前の優しさや甘えにずっと浸かって来た俺はようやく気付くことが出来た。
父様たちとはすぐに別れ、今は次の町に向かって進みだしている。遠くない将来、俺が守る王女の為に俺はもっと強くならねばならない。その為にも、騎士の試練を終えなければならないんだ。
「随分と顔つきが変わりましたね。団長との試合で何かを掴めましたか? アスティン」
「そんなに違うかな、ユディ?」
「はい。だいぶ凛々しくなられましたよ。これなら向かう先々の町や国で女性から声をかけられるかもしれないですね」
「それはないですよ。俺はカンラートとは違って、威風堂々とする実力でもないですから」
「そんなことねえよ、アスティン。お前の実力はもしかすれば、カンラートを凌げるかもしれねえぜ! そうすれば、シャンタル様もお前を見直して惚れ直すかもしれねえぜ? どうする? そんなことになったら」
「俺がカンラートを? セラは大きく出たね。でも、俺はまだセラの実力にも及んでないよ。それに、シャンタルのことはもうそういう想いは募らせない。そう決めたんです。俺には大事なルフィーナさえいればいい。俺が守るべきひとはただ1人。ルフィーナ王女なんです」
シャンタルのことでセラにも迷惑をかけたことを後で知った。確かにセラは彼女に似ていた。だけど、求めるのは間違いだった。セラに彼女の影を求めていたのは、セラ自身を否定したことに繋がる。王命かもしれない。だけど、俺の為にセラとユディタは指導役をしてくれている。
俺はもう、自分に向き合いながら彼女たちの話を逃げずに受け止めて、試練を続けることを決めた。
「惚れはしねえけど、アスティンは何か気になる奴なんだと思うぜ。まだまだだけど、きっと姫さんも惚れ直すんじゃねえかな」
「セラ。ルフィーナは俺を惚れ直したりしないです。だって、最初から惚れてますから」
「い、言うねえ。見かけによらず……」
幼き頃、彼女のお城の庭で出会った。出会った時から俺はルフィーナのことが好きになった。彼女もまた、俺を好きだった。そしてそのまま、ずっと一緒にいられるものだと思って過ごしていた。
それがまさか、こんなカタチで離ればなれになるなんて想像出来なかった。大きくなるまでずっと、彼女の傍にいたら誰かを好きになったりはしなかったんだろうか。キミはどうなのかな、ルフィーナ。
「アスティン、次に行く所ですがアスティンにとっては驚く場所かもしれないですよ。今までは町や村ばかりでしたけど、今回は国に入ります」
「国……ですか? そこにもルフィーナは訪れたのですか?」
「はい。すでに訪れておられますね。しかも国の王子にプロポーズまでされたみたいです。それも王子がずっと恋煩いをされてるとか。ライバルじゃないですか? アスティン」
「ユディ。それは違うよ。ライバルっていうのは可能性がある相手に使えるんだ。その王子はきっと叶わないよ。俺がいるからね」
「うわー何かムカつく。アスティンってこんな人なんだ」
「はははっ! ユディ、アスティンは元からこんな感じだ。でも今は、妙に威勢を張ってるだけだ。そうしないと保てないからだ。そうだろ?」
「何のことかな、セラ。お、俺はこんなだよ」
何でこう鋭いんだろ。シャンタルもそうだったけど、セラも同じだ。ルフィーナがプロポーズをされたなんて聞いたら落ち着く筈がないよ。もちろん断っているだろうし、何とも無かったんだろうけど何でこうも気になるんだ。お、俺はアスティン。俺はルフィーナの騎士なんだ。
「ま、とりあえず国に入ったら適当に宿に行くぜ。馬も休ませてえしな」
「そうですね。そう言うわけですから、アスティンも気を休めて下さいね」
「分かりました」
× × × × ×
「はぁ、姫に……会いたい」
「王子。ヘンリーク王子、聞こえてますか?」
「な、何ですか? 大声を出さなくても聞こえてますよ、クレト様」
「……まだ諦められないのですか?」
「忘れられるわけがないでしょう? あれほどまでに心を奪う姫君には今までお会いしたことが無かったのです。あんな御方にはもうお目にかかれませんよ。幼き頃から決められた方がいて、しかもずっと想われているなんて、その人が羨ましいです。いずれまた我が国にお見えになられる時にはもう……はぁ……」
「あ、そうそう。そんな王子にお知らせがありますよ。近々、我が国にルフィーナ姫の騎士たちが来られるそうです。もしかしたらお話を聞けるかもしれませんね」
「そっ、それは本当ですか、クレト様! 直属の騎士ということでしょうか? カンラート殿は姫と行動を共にされているから違うとして、どなたが来られるのだ?」
「詳しくは存じておりませんが、女騎士が2名と、見習い騎士の男が1人と聞いてますよ」
「ほぅ? では、仕掛けて見るとしましょうか。クリストフェル! フェルは、いるか?」
「はい。何でしょうか、兄様」
「これから我が国に来る騎士……見習い騎士の人柄を見て来てくれないか? そのためにはお前のいたずらが必要だ。ルフィーナ姫に教わって磨きがかかっただろ?」
「うん」
「よし、じゃあ俺はヘンリクになって城下町に潜む。フェルは見習い騎士だけに付いてくれ。これは楽しみになって来たぞ!」
「ようやく王子にも楽しみが出来たようで何よりです。私はすでに退位している身ですが、国王として騎士たちをお出迎えしますがよろしいのですか?」
「あぁ、構わない。出迎えた後に、城下町へ案内してやってくれ。それにしても、直属の見習い騎士。ルフィーナ姫に近い騎士なのかもしれないな。姫のことをもっと知りたい。そして、願わくばもう一度機会を与えて欲しいものだ。愛しのルフィーナ姫――」




