44.ディファーシア皇国のお姫様
それにしてもこうしてよく見ても、ヴァルティアは綺麗な髪色をしているものね。幼き頃にカンラートと出会ったと言っているけど、わたしとアスティンのような関係だったのかしら。それももうすぐ分かることだわ。少なくとも、海で助けられた頃よりは、彼女の口調も雰囲気も柔らかさを感じるわ。きっと、これが彼女の本当の姿なのね。
「ルフィーナ! もうすぐ皇国内に辿り着く。だが、お前は俺の妹ということにしといてくれよ。シャンタルはこの国……故郷では特別な存在なんだ。その中でルフィーナが目立ってしまえば問題が起きるかもしれないんだ。頼むぞ」
「勿論よ、お兄様。そう言われなくても、カンラートはわたしのお兄様でわたしは妹なのでしょう? そのことを忘れるわけがないわ。ラットジールに行ったときにもそれでお願いね」
「分かった。いいか、くれぐれもルフィーナの本性を出すなよ? 大騒ぎになるのは目に見えてるからな」
「ほんっっとに、しつこいわねー! そう何度も念を押さなくても大丈夫だってば」
王女と分かる様な身なりではないし、態度も控え目にして自分から名乗らなければバレやしないわ。
「ルフィーナ様、その……どうぞ、お気遣いなく。それと、国に入ってからの私に驚きを隠さずに素直に出して頂いて構いません」
「ふふん、いいわよ。楽しみだわ」
ディファーシア皇国――
「これより先は皇国である。証の無い者を通すわけには――!? ひ、姫様!!」
あら? 私のこと……ではなさそうね。どう見てもヴァルティアを見て驚いていたもの。姫様? そうだったの……やはりそういうことだったのね。だからアスティンが惹かれた。納得したわ。
「……申し訳ございません」
「いいわ。あなたをもっと知りたいわ。そうすればわたしもあなたもたくさんお話が出来ると思うの」
「い、いえ……そんな」
門を抜けると、ジュルツと違った光景がわたしを驚かせた。国民全てが姫様の帰国を待ち望んでいたかのように、誰もが笑顔になり彼女の姿に見惚れていた。
馬上で彼女の後ろに座る私がいる意味など無いくらいに、彼女は国民全てに出迎えを受けていた。そうして、馬を進めていると、数人の子供たちがわたしたちに近付き、駆け寄って来た。
「シャンティーー! おかえりなさい。お土産ある? あるの~?」
「……うふふっ、ごめんなさいね。無いの。今日はね、妹が一緒なの! だから、お土産はまた今度ね」
「なんだーそっか。じゃあしょうがないや。今度は持ってきてね! 約束だよ~じゃあ、またねシャンティ!」
「ええ、またね」
何だ、わたしよりもお姫様じゃない。とても可愛らしくて慎ましいお姫様だわ。こんな一面を持ちながら、ヴァルキリーだなんて、悔しいわね。それにしても、シャンティと呼んでいるのは子供たちなのね。アスティンに呼ばせていたのもそういうことだったのかしら。
「申し訳ございません、ルフィーナ様」
「あら? 何を謝っているの? ふふっ、あなたの本当の姿を見られて嬉しいわ。とても可愛いお姫様なのね。これならアスティンが夢中になってもおかしくはないわ。カンラートお兄様もそうなのでしょう?」
「い、いや……俺がシャンタルに夢中になったわけじゃなくて――」
「黙れ、カンラート。それ以上口を開けば、どうなるか分かるだろう?」
「ひっ……すまぬ」
カンラートってば何か弱みでも握られてるのかしら。それとも、わたしとは逆の出会い方でもしたのかしらね。いずれにしても、ヴァルティアも旅に同行出来て良かったわ。やはり一緒にいないと人となりが分からないもの。
アスティン……あなたはあの頃と同じままなのかしら? 口調も態度も見た目も。あと数年であなたとずっといられる日が来るわ。その時が来たら、国で待つよりわたしからあなたを迎えに行くからね。
「ルフィーナ様、あれが私のお屋敷にございます」
「あら? お城は?」
「城は必要ありません。私も父や母も王族ではなく、貴族なのです。ですが、お屋敷が城のようなもの。その敷地の広さに驚かれることでしょう」
貴族ね。それにしては民に慕われているわ。よほど民と同じ目線で接しているのかしら。馬を降りて、お屋敷の入口に着くと、何とも上品な老婦人がわたしたちを出迎えてくれた。
「姫様! よくお戻りになられました。この度のお戻りは婚姻を決断されたのでございますか?」
「ええ、まぁ……」
「なんと! ではそちらの騎士様が姫様の契りの?」
「騎士カンラートです。そして、この子は騎士様の妹君なの」
「ご挨拶が遅れまして、私めは王立騎士団副団……」
「わたしはフィナよ! あなたはこのお屋敷の方ね? ヴァルティアのご両親はどちらにいるの?」
「ル……フィナ! またしても俺の話を遮るとは……!」
「さようにございます。わたくしは従者のエミュレにございます。姫様の奥方様と旦那様は、実は御留守にしておりまして、婚姻と知ればすぐに外遊よりお戻りになられるかと」
外遊? あぁ、旅行のことよね。さすが貴族ね。
「エミュレ、お母様、お父様はしばらく帰られないのね? それなら良かったわ。今回は少し立ち寄っただけなの。騎士様との祝賀については騎士様の御国で行なって頂けるの。そのこと、あなたからお伝え頂ける?」
「今すぐにでもお伝えすれば帰国されるはずですよ」
「いいえ、いいの。せっかくの外遊を私の為に引き上げさせたくないの。私たちはすぐに出なければならないの。だから、私が来たことだけを伝えてね。頼むわね、エミュレ」
「姫様がそう仰るならそうしますけど、祝賀の国はどちらになるのですか?」
「ジュルツ国、騎士の国になるわ。たぶん、そのうち? いずれやることになるわ。それまでお屋敷はあなたに任せたわ」
「はい。お任せください。騎士様と妹君……どうか、姫様をよろしくお願い致します。姫様はとてもか弱き方。どなたかが守ってくださらないと心配でなりません。どうか、どうか……お力添えを」
す、すごい腰が低いわ……貴族に仕える従者だとしても、こんなに低姿勢だなんて。というより、ヴァルティアがか弱いですって!? ヴァルティアが? 思わず見つめてしまったじゃない。
「コホン……ル……フィナ、今すぐ出発しましょ。早く外に」
「そうね、か弱き姫様は外の空気を吸いたいのよね。分かったわ、行きましょ。そこの騎士! 早く馬をお引きなさい! ほら、お兄様!」
「こ、この……おてんば娘め!」
「早くして! お姫様が辛そうよ。あなたのお嫁様なのよ? さっさとして」
カンラートってば、何だかわたしを睨んでいたわね。後で話し合いが必要だわ。ふふっ――
「エミュレ、また来るわ」
「はい、姫様も健やかにお過ごしを」
「ルフィーナ様、誠に御見苦しい所を……」
「中々に可愛かったわ。ヴァルティア姫。あなたの一面を見られてとても嬉しいわ。か弱い姫様かどうかは別だけれど」
「そ、それはあの……屋敷の者が勝手に思っているだけで」
「うふふっ、そういうことにしとくわね」
「ルフィーナ!! お前はどうしていつも俺の言葉を遮るんだ! 今日という日は許さぬぞ!」
あらら……お怒りだわ。許さない……ね。どうするつもりなのかしら? でも、言葉を遮るのは意地悪ではないのだけれど、分かってないのかしら。
「カンラート。ルフィーナ様に無礼な真似は止せ! 何かするつもりなら我が貴様を許さぬぞ」
「いや……お前。それはあんまりだろう。俺にも騎士としてのプライドというものがあってだな……従者に挨拶も出来なかったのは、やはり許せないだろ」
仕方のないお人ね。そこがまた愛らしいのだけれど。きつく説教をするしかないのね。
「お黙りなさい、カンラート! 皇国に訪れたのは御忍びなのよ? それをあなたは分かっていないわ。ましてや、お屋敷には従者の者しかいなかったわ! 従者にあなたの身分を明かすとどんな事態が起こるか考えたのかしら? 大騒ぎになることは目に見えているわ。カンラート、わたしはあなたを守ってあげたの。分かってよ、お兄様」
「む……そ、そうだったのか。す、すまぬ。いや、ルフィーナ。言い過ぎた……不甲斐無い兄を許してくれ」
「お兄様のことを想っていたのに……ひ、ひどいわ……っぅうう」
「(ルフィーナ様、あまりアレをいじめないでやってください)」
「(そうね、そうするわ。あなたの想い人ですものね)」
「えっ? ル、ルフィーナ? 泣いて、るのか? す、すまぬ……そんなつもりじゃ……」
「フフフッ、嘘よ! わたしが簡単に泣くわけないわ。最初の事が嘘の様ね。カンラート。わたしの涙なんか武器にもならないなんて言ってたくせに、あっさりと引っかかるなんて。わたしも成長したのね!」
「こ、ここ……このいたずら娘が!! もうお前には騙されぬぞ! 全く、油断出来ぬな」
ルフィーナ様とカンラート。まるで本当の兄弟のように思えたシャンタル。互いが想い合っている関係の二人を見て、思わず笑みがこぼれた。
「クスッ……本当はルフィーナ様は結ばれたかったのだろうな。アスティンが誰かに心を奪われていればそうしていたのかもしれぬ。それは私だったのかもしれない……私こそ諦めが悪いな。アスティン――」




