43.寒空の鍔迫り合い
レイリィアルの地で俺を待っていたのは父上だった。しかも王命を下したのは、すでに王女に即位したルフィーナという事実を聞かされた。俺が必死になって、シャンタルを追いかけ続けていた間にも、時は流れ続けていた。
何のための試練なのかをよく思い出せ俺。アスティンはルフィーナと幸せな時を過ごすためにここにいるんじゃなかったのか? いや、間違ってない。俺は、ルフィーナのものだ。ルフィーナが傍にいてくれることこそが俺の人生なんだ。
「アスティンよ、剣を抜けと言ったがさすがにここでは狭かろう。寒いだろうが、外へ出よう」
「はい、父上」
「ふ、顔つきが変わったか。それだけでもお前がここに来た意味があるというものだ。だが、まだ甘さがあろう。それを試してやろう。これが子にしてやれる、親としての騎士道だ」
テントから出た俺と父上は試合に相応しい空に笑みをこぼした。寒いのは変わらないけど、すぐに寒さを感じなくなるほどの流れとなるに違いない。
テントから歩き騎士たちが多く集う中に姿を見せると、俺は懐かしい面々に励ましの声を浴びた。「お前アスティンか! でっかくなったな」とか、「フラれたって? 気にするな俺もあいつもフラれてるから」なんてことまで。騎士の絆ってどうしてこんなに、温かいんだろう。そっか、だから惹かれたんだ。彼女に。
「さて、我が息子よ。お前の今の腕前がどの程度なのかは、報せでは聞いている。が、直に感じなければ分からぬこと。遠慮はいらぬ。お前の本気を見せるのだ。この時この瞬間だけは、我のことを敵と思え。そうでなければ、お前の想いは半端なものだったと捉えてしまう。よいな、アスティン。本気で来い」
「は!」
「(ふぅん、あいつ顔つきが変わったじゃねえか。悪くないな)」
「(セラ、惚れてはダメですよ。あの子にはあの方がいるんですから)」
「(ないね。あたしが惚れてんのは姫さんだけだ)」
「行きます!」
敵わないことは分かってる。こうして立ちあうだけでも父上から感じる威圧がピリピリ来てる。こんなに寒いのに、全身に感じる寒気は外の寒さにでは無くて、剣を手にした父上からだ。
白銀に輝く大地の中で、俺と父は対峙する。互いが持つのは両手剣。この時だけは盾を必要としない。剣を上段に構えて中段めがけて振り下ろすも、父の剣ではね返された。
「どうした、アスティン。お前はヴァルキリーに鍛えられたのだろう? 遠慮はいらぬと言ったはずだ。思い切り来ても構わぬ。お前の剣はいずれ、王女に仇なす者に向けねばならぬ。そんな気持ちでは守れぬぞ」
ルフィーナを守る! それが俺の役目。俺の大好きな人の為に、剣を振るうんだ!
「キィィィィィィィン――」
初めの剣ははじき返された。でも今は、父上と拮抗してまるで互角にも似た光景が目の前で広がっている。これが剣同士の鍔迫り合い……決着がつかないまま、ずっと父上と剣を交え続けた。思った以上に、俺の力は弱くなかった。
ここまで強くなっているとは正直、思わなかった。きっとこれはシャンティのおかげなんだ。彼女には何から何まで敵わなかった。恋も気持ちも、想いも……この気持ちは持ち続けてはいけないものなんだ。
「アスティン。強くなったものだな。まだ荒いが、その強さを弱めることなく今一度、鍛え直してもらえばよい。その為に騎士をふたり付けた。もう迷いも消えたはずだ。これなら大丈夫だろう、我が息子よ」
「父上、あ、ありがとうございました!」
「ふっ、あと僅かの試練。大いに励むがよい。そうでなければ、お前の相手にいつまでも敵わぬぞ?」
「そ、そうですね。はは……」
気付いたら、俺と父上との試合を皆が息を殺して見守ってくれていた。終わったと同時に、息を吐いて一安心をしながら満面の笑みと拍手で称えてくれた。そ、そうか、父上は騎士団の団長なんだ。本来、身内に剣を向けることなどない人。それを間近で見せられたら夢中にもなるよね。
「アスティン! お前、強いじゃねえかよ! あたしに向かって来た時は手加減しやがったな? ……ったく、くえねえ奴だぜ。だが勘違いすんなよ? 団長が本当に本気を出せばお前は今、この世にいなかったんだからな。親ゆえの甘さを出してくれたに違いない。傷つけても姫さんが悲しむだろうしな」
「分かってますよ。父上の強さは頂点なので。ありがとう、セラ、ユディタ。俺はもう追いかけないんで、試練の続きに戻りましょう」
「ええ、行きましょうか。アスティン、セラ」
「それでいいのですよね? 父様」
「うむ、ここにお前たちが留まる意味などない。それは我ら騎士団の役目だ。アスティン。あと数年だ。励めよ! その時はお前と王女を祝す。ではな」
「はいっ! 父様もいたわりを持って、務めてください」
シャンティ。俺、もう大丈夫です。俺の心には最初から決められたひとがいるんです。ずっと、傍にいなくてはいけない大事なひとが。ルフィーナ……待ってて。もっと強くなって、キミを迎えに行くから。
× × × × ×
「ルフィーナ様、あの……もうそろそろその辺で。そうじゃないと後ろの奴の愚痴と涙が止まりません。それに私もどう返事を返せばいいのか……」
「そうよね。シャンティは彼と愛し合っているものね。わたしとの想い合いを語られても困ってしまうわよね。でも、あの時の彼の熱い抱擁は忘れられないの。それほど愛してしまったの」
「は、はぁ……何だかその、申し訳ございません。そんなにもアレと想っておられたなんて……私も人のこと、言えないですね」
「アスティンでしょう? 隠そうとしても駄目。あなたのその髪、表情、仕草……あの子が好きなお姉様そのものなの。わたしのお姉様、フィアナお姉様があなたに似ているの。性格こそ違うかもしれないけれど、アスティンが惚れこんでしまうほどの美しさと魅力がシャンティにはあるわ」
「フィアナ様……あぁ、そうですね。言われてみればそうかもしれません。でも、それでも……アスティンがあなたと再会した時にはきっと、私には目もくれずにあなただけを見てしまうことでしょう。それほどの輝きがルフィーナ様には備わっているのですから」
「ありがとう、シャンティ。いえ、ヴァルティアとお呼びした方がいいのかしらね?」
「私の呼び名など、ルフィーナ様のお好きなようにしていただいて構いません。ずっとお傍に仕える主なのですから」
ジュルツを出立してから、わたしと彼女……ヴァルティアはずっと話をし続けていた。それも本人達がいる前で、わたしとカンラートの愛についてを。嘘偽りなどでは無く、本当に真剣に愛した騎士。そのことをヴァルティアは困惑しながらも、優しく聞いて受け止めてくれた。
彼女もまたアスティンとそういう感情のやり取りをしていたはず。わたしはすぐに思えた。だって、5年以上も傍にいたのだから、そうなっても不思議はない。互いに想う人が遠くにいる。それも幼き頃に出会ったひとが。
心のどこかで、全てを投げ出して傍にいる想い人と逃げ出せたら……そう思っても罪にもならないし、嘘にもならない。
そうした想いを経て、わたしも彼も、彼女と彼も乗り越えたんだ。だからきっと、大丈夫。
「さぁ、そろそろね。ヴァルティア! わたし、すごく楽しみなの! あなたの違う一面を見せてね」




