42.騎士道の名のもとに
これで手はずは整えたわ。そろそろわたしも行かなければいけないわね。彼はきっと変わるわ。その時までにわたしは今よりもっと、もっと……貴方の為の王女で在りたいもの――
「カンラート、シャンタル! わたくしの前に現しなさい」
「お呼びでございますか、王女殿下」
「はっ、ルフィーナ様。我はここに」
「今すぐ発つわ。両名共に、出立の準備を整えなさい」
「すでに整えております」
「同じく、すでに馬を用意しております。ご命令を」
これよ! これが王女たるものの姿なのよ。今は真面目に王女をしなければ城の者たちに示しがつかないけれど、ふふふ……外に出たら、こんなかたっ苦しい言い方なんてすぐにやめてやるわ!
「では、シャンタル。あなたの馬に騎乗するとします。騎士カンラートは単騎でついて来ること」
「そっ、それは何故でございますか? 今まで私と共に旅へ出られていたではございませぬか!」
「ふ……ルフィーナ様は貴様では心許ないとご判断されたのだろう。潔く引くことだな、カンラート」
カンラートとはこういう関係がいいのよ、きっと。近すぎても駄目。
「ルフィーナ様、まずはどちらへ向かわれますか?」
「そうね、ディファーシア皇国へ向かうわ」
「……えっ? そ、それがあなた様のご意志なら」
「あら、何か驚くことがあるのかしら?」
「い、いえ」
「わかったなら、馬をお引きなさい」
「はっはっは! シャンタル、してやられたな。お前がこんなにしおらしくなるとは思わなかったぞ」
「……調子に乗るな。貴様は私の敵だということを忘れるなよ」
「そ、それは昔の……」
「無駄口をほざくようならこの場で決着をつけても構わないぞ」
「あらあら……夫婦喧嘩は出立に相応しくないわ。控えて、シャンタル」
「失礼致しました……申し訳ございませぬ」
「それにカンラート。ディファーシアの次は、ラットジール連邦に行くわよ! わたくしとしてもそこが一番の楽しみなの」
「ルフィーナ、それは待て。そこはまだ……」
「ふ。楽しみだな、カンラートよ」
「く、わがまま王女め! 笑うな、シャンタル」
騎士ふたりがこんなにも慌てるとはね。王女としては挨拶に行かなければいけないわ。わたしにとってもアスティンにとってもふたりは兄と姉のようなもの。その国にはわたしが行かないと駄目なのだわ。
× × × × ×
「ううっ……さ、寒い。こ、こんな寒い所にどうして俺が来なくちゃ行けないんだよ。陛下は何を考えて……」
「アスティン! 言葉を慎め。その言葉は叛意と取られるぞ。いいか、二度とそのようなことを口走るな!」
「わ、分かったよ、セラ」
セラはすっかりアスティンの指導役になっていた。駆けつけのユディタは自分が居なくても……と、落ち込みを見せていたが、アスティンはまだまだ心が揺れている最中ということもあり、ユディタもいま自分に出来ることをやるしかない。そう思って、気を引き締めていた。
「セラ、アスティン。レイリィアルの近くに我が国の騎士たちがいるの。そこに行きましょう。そこに行って、指示を受けましょ」
「あぁ、分かった」
「騎士? だ、誰だろ、もしかして?」
「おい、アスティン。無駄な期待は止せ! そこに彼女がいると思っているならお前はずっとそのまま成長をしないぞ。誰がいるかなんて考えるな。分かったか?」
――いつまでも女々しい男。シャンタル様の影を追いかけ続けるアスティンに苛立つセラ。彼女の苛立ちに渋々返事を返すアスティン。
「わ、分かりましたよ」
レイリィアル騎士逗留地――
行く手を阻む雪の中、レイリィアルのゲートの前で、厳しい顔つきの警備をしている一角があった。すごく寒いのに、どうしてこの国に留まっているのだろう。ここにいる騎士は宿舎のみんななのだろうか。
「よし、アスティン。お前一人であそこのテントへ行って来い! 到着したことを報告するんだ」
「え? 俺が、ですか? こういうのって、見習いが行っていいものですか?」
「あたしらは女騎士だ。男のお前が行くのが筋だろう。とにかく行け」
「は、はい」
セラは厳しいな。シャンティなら厳しさの中にも優しさがあったのに……何でこんなにもキツイんだよ。
「し、失礼致します。見習い騎士アスティン・ラケンリース以下、セラフィマ、ユディタ、到着致しました!」
中に誰がいるかなんて考えることもなく、頭を下げたまま報告の声を張り上げた。
「……顔を上げよ、アスティン」
「――え? こ、この声、ま、まさか……」
「ふ、大きくなったな。何年ぶりになるのか」
「と、父様!? え? な、何で……?」
「どうした? 父の顔を忘れたか? それともここに誰かいて欲しい者でもいたか? どうだ、アスティン」
何で父様がここにいるんだ? ずっとこの地に逗留しているってことなのか。じゃあ王命はこの国の見張りなんだ。何年もこんな所にいるなんて知らなかった。
「この国に何故、長く留まっているのですか? 陛下が父様に下されたということですよね」
「あぁ、そうだ。この国……レイリィアルは、以前ルフィーナ姫とカンラートが訪れた国だ。だが、姫は牢に閉じ込められ、カンラートは棒叩きの刑を受けて重傷を負ったのだ。それ故、陛下はこの国を監視せよと命ぜられたのだ。いずれ戦を起こすやもしれぬ国だ。我らがその動向を探り続けるしかないのだ」
「ルフィーナとカンラートがそ、そんな大変な目に!? そんな……そんなこと、知らなかった。そ、それなのに俺は……く、くそっ!」
「どうした? 己の不甲斐無さに怒りでも湧いたか? それともそんなにも夢中になりすぎたか? ヴァルキリーシャンタルに」
な!? 何故、父様がシャンタルのことを口にするんだ。ま、まさか……全て父様に伝わっているのか?
「父様が何故それを存じているのです?」
「子の旅立ちを期待せぬ親などおらぬ。それ故、お前もそして姫も、成長の話は報せが届いていたのだ。お前がヴァルキリーのシャンタルに骨抜きにされるほど世話を受けたことも聞いている。此度、お前がここへ来ることになったのは王命によるものだ。愚息とならぬように、我に仕置きをしろと仰られたのだ」
「そ、そんなことを国王陛下が? どうして俺なんかの為に騎士団長の父様を……」
「アスティンよ。よく聞くがいい。此度の王命は陛下のお言葉では無い。すでにアソルゾ陛下は退位されておられるようだ。このお言葉は誰が下したか分かるか?」
国王陛下が退位? ま、まさか……王命を下したのは――
「ル、ルフィーナですか!? ええええ!!? そ、そんな……聞いてない。そんないつの間にそんな……じゃ、じゃあシャンタルとのことも?」
「うむ……とても嘆いておられるようだ。すでに姫は王女に即位し、お前が慕うシャンタルとカンラートを連れて、再び外交に出られた。お前はそれでも我が息子か! ラケンリースの名が泣くわ!! アスティン、お前の甘さを我が吹き飛ばしてやろうぞ。剣を抜け! アスティン」
「く、ルフィーナ――な、何やってんだよ俺は……こんな、こんなはずじゃないのに――」
ずっとシャンティを追いかけていた。行く先々で彼女に会えると信じながら……それが、こんな……こんなことになっているなんて――
俺はルフィーナが好きなんじゃなかったのかよ。ずっとずっと、傍にいると約束したのに。駄目だ、駄目なんだこのままじゃ……甘さも、想いも、俺は全て剣に込めてかき消さなければ進めないんだ。
ルフィーナ、俺はキミの騎士となる。だから、待ってて――




