41.王女の文
幼馴染のアスティンはわたしの婚約者。わたしも彼もまだ小さな時に庭で出会ったわ。わたしが今でもいたずらが好きなのは、彼がいたずらにまんまと引っかかってくれたから。それでもめげずに何度でもわたしに会いに来てくれた、とてもとても大好きで大切なひと。
そんな彼とは13の時にお別れをした。彼はいずれ騎士となり、わたしの傍にずっとい続ける存在。彼は騎士の試練、わたしは外の世界を見て来る旅に。互いの想いは常に心にある……そう思いながらも、会わない間の恋模様が動き出してしまった。
愛しの騎士カンラート。叶わぬ恋だと知りながらもわたしは愛した。その想いは大事な箱の奥底へ沈め、流す涙と共にルフィーナ姫の想いは終わりを告げる。恋をした姫としてのわたしは恋の終わりと共に、役目を終えた。だって、わたしは王女なのだからいつまでも悔やんでいては進めない。
でも、アスティン。あなたはどうやって乗り越えていくというの……?
「お父様、入るわよ」
「ルフィーナか。ビーネアから聞いたが、騎士カンラートのことを好きだったそうだな。長きを共にいればそうなるだろうと思っていた。だが、ルフィーナ。お前は心が強い娘。きっとその辛さも乗り越えられると信じていた。何よりもお前が私の見舞いに参った時の雰囲気はすでに王たる資格を漂わせていた。お前になら今すぐにでも王女を名乗らせてもよい、と思った。だからこそ私は……」
「お父様。そんなことより、アスティンのことよ!」
「こ、こらこら……父の話を聞いてはくれないのか? 強い王女となるのは嬉しきことだが、父は寂しさを覚えるぞ。して、アスティンがどうしたのだ?」
「彼は重傷よ! それも結構深刻のようだわ。わたしはどうすればいいの?」
「あぁ。彼もまた恋に溺れてしまったということだったか。ふたりの女騎士を付けさせたが、なかなか苦戦していると聞いた。ヴァルキリーによほど心を入れてしまったのだろうな。ルフィーナという相手がいながら、アスティンは己を見失っているようだ」
分からなくはない。我が国きっての強さと美貌を兼ね備えたヴァルキリーシャンタルに、長い間付きっきりで教えを受けたのだ。たとえアスティンでなくとも、夢中になるだろう。
「だからそれをお父様に聞いているわ! お父様……いえ、陛下ならどうされるかお聞かせ願いたいわ」
「そうだな……王命で以って、騎士の王と引き合わせるかもしれぬな。そうすれば厳しさを教えてくれるだろう。無論、厳しさの中にも心がある。それをアスティンが気付くかどうかだろうな」
「ふ、ふ~ん……? いまいち分からないけれど、王命ね。そうね、それが使えるものね。お父様、わたし行くわね! お父様は仮病と言う名の病で、お母様と仲良くしていていいわ」
「全く、我が娘ながら変わらずのおてんば王女になったものだ。だが、行動も発言力も問題は無い。残る問題は、やはり騎士ということか」
「あなた、あの子……ルフィーナは大丈夫ですわ。立ち直りもさすがでした。ですが、やはり男の子がルフィーナの心配事となるでしょうね。男の子……いえ、恋にのめり込んだ男性ほど、立ち直るには相当な時間がかかりますわ。それを乗り越えるのはやはりアスティン自身が気付くしかありませんわね」
「……そうだな」
「誰か、報せをセラに届けてくれないかしら?」
「ルフィーナ。何を伝えるつもりか? 彼女たちとアスティンは町に留まり続けているが、それはアスティンが――」
「カンラート、アスティンたちがいる町からレイリィアルまでは遠いのかしら?」
「全く……人の話を最後まで聞かずに話し出すとは、王女になってもまるで変わらないではないか! ……む? レイリィアル? あの国か。ルントールからはさほど遠くはないが、それがどうしたというのだ」
さほど? じゃあ近いのね。うん、やはりこれしかなさそうね。
「王命よ! 今すぐセラにレイリィアル国に向かうよう、伝えて頂戴!」
「お、王命だと!? なぜあんな危険な国に向かわせる! しかもアスティンを! 何を考えている、ルフィーナ」
んもう! いちいちうるさいわね、カンラートは。一気に冷めてしまうくらいに細かいわね。
「王命ったら、王命なの! カンラートでは話にならないわ。そこの者、すぐに報せを伝えなさい!」
「はっ!」
これに賭けるしかないわ。きっと、あの方ならアスティンを元に戻してくれるに違いないわ――
× × × × ×
「……う、んん……」
ここはどこだろう? どうしていたんだっけ。確かシャンティがどこかに行ってしまって会えなくなったけど、森に迷い込んだらシャンティがいて……うーん?
「んー……」
何だか体中がすごく痛い。何でだろう? 何かと戦ったっけ? 全然覚えてないや。
「アスティン。起きろ! いつまでも寝かせるほど、あたしは甘くないぞ!」
だ、誰? シャンティみたいな言い方だけど声が違う。似てるけど何だか違う気がする。とにかく、体を起こさなきゃ。
「い、今、起きます!」
「おう、やっと目覚めやがったか。ここがどこで、あたしが誰か分かるか?」
「シャ……じゃなくて、あなたはセラだよね? それで、あとユディタも。ここはえっと、ルントールの町ですよね」
「そうだ。どうやら正気に戻ったみてえだな。お前、森で倒れてたんだぜ? 宿まで抱えて来たんだ。あたしに何か言うことあるよな?」
森で倒れてた……? そうか。じゃあシャンティに会えたのは夢だったのかな。そっか……
「え、えっと……あ、ありがとう」
「おう! でだ、寝起きに悪ぃんだけどな、すぐにこの町を出ることにした。これから寒い所に向かうぜ。アスティン、寒いのは平気か?」
「へ? き、急ですね。寒いのは得意ではないですけど。な、何でですか?」
「レイリィアルってとこに向かうことになった。これは王命だ。今すぐ支度をしろ、アスティン」
「は、はい。あの、着替えを……」
「ん? ここでしていいぜ。恥ずかしいとか言うのはナシにしろよな」
シャンティに似てるけど、似てないよねやっぱり。セラはいくつなのか知らないけど、どっちかというとルフィーナっぽい気がする。だから口調が荒っぽくても嫌じゃないのかな。レイリィアル? どんな所なんだろう。そこに行けだなんて、陛下は何を考えておられるんだろう……
× × × × ×
「団長。アルヴォネン団長! 王命の報せが届いております。至急、テントへお戻りを!」
「分かった。では、皆の者。我は一時、この場を離れる。気を緩めず、見張りを続けてくれ」
はっ! お任せを。
さて、陛下はどんな王命を下されたのか……
「王命! 王立騎士団団長殿へ。数日の内、そちらに貴方の子息が到着する。そこで見極め、行動と態度を示すことを命じる。その結果如何では、ジュルツ国へ帰還すること許すまじ」
な、何っ!? これが王命だと? 陛下がこのようなことを報せるとは思えぬ。
「誰ぞ、おらぬか!」
「はっ! ヤージ従士にござりまする。何事でございますか?」
「この文は王命で違いないか?」
「はっ。本物であれば、王の名が記されてあるはずでございまする」
記しか。そうだったな。王命には王の筆があるはずだ。どれ……な、なにっ!? ルフィーナ王女!? まさか即位されたのか? では戻られたのか。なるほど……アスティンめが何かあったのだな。
「従士よ、王命を遂行する。そうお伝えしてくれ」
「ははっ」
よもやアスティンは己を見失っているのではあるまいな……だがこの地に来ればそのような甘えは吹き飛ばされよう。あの姫……いや、王女殿下が我を利用するのだ。容赦はせぬぞ、我が息子よ。




