40.アスティンの抵抗
どうして僕から好きな人が離れていくんだよ。弱いからなの? でも、僕だって何度も危機を乗り越えて来たんだ。シャンティ……あなたの意志を僕は確かめたい。たとえ背くことになろうとも――
「ユディタとセラ……と呼んでいいんだよね?」
「おう! あたしはそれでいいぜ」
「ええ、わたしたちは同じ騎士です。気遣いは無用ですよ」
「それじゃあ、セラとユディタ。僕はちょっとこの町を1人で散歩……見回りたい。いいかな?」
この二人が近くにいる限り、きっと外に出ても自由は与えられない。だから僕は――
「お、いい心構えしてんな。アスティン、行って来い!」
「来たことのない町でしょうし、それもいいでしょう」
「(ユディ、あんたは外への道へ回りな。あたしは外であいつの様子を見てるぜ)」
「(そうですね。ではそうしましょう)」
よし、ふたりから離れられた。これでシャンティの元へ行ける。僕はシャンティの弟として忠誠を誓ったんだ。だから傍を離れちゃ駄目なんだ。ルフィーナもきっと分かってくれる。
ルントールの町はそれほど大きくないけど、お店がいくつかあるから行き交う人が割と多い。これなら紛れて外に行くのも簡単な気がする。
よ、よし、外に出よう。そう思って外に向かうとユディタが待ち構えていた。
「アスティン、どこへ行くんです?」
「ユディタ? 僕はあの……外に賊がいたらこの町が危険になりそうな気がしたので様子を見に行くだけで……」
く、苦しいかな? でも本当にいるかもしれないし……いてもどうにもできそうにないけど。
「……そうですか。それなら見に行きなさい。でも、すぐ戻って下さいね。宿の手配をしないと眠れませんから」
「は、はい。では、行ってきます」
やった。外に出られた。これで行くことが出来る。そう思って町を出たものの、来るときは気付かなかった森が目の前に広がっていて、暗くなると迷いそうな予感がした。森で迷うと言えば、ルフィーナと迷ったことがあったけど、僕だけは出られて彼女が迷っていたのを思い出した。
あの時、実はルフィーナが僕を迷わせようとしていたけど、彼女自身が迷ってしまって結局僕が助けたんだよな。何だか懐かしいな。あの時も出られたしきっと、迷わない。たとえ暗くなったとしても大丈夫だ。
「(おいおい……あいつ、今から森に入って行くつもりか? ルントールの森は迷ったら……くそっ、しょうがない奴だ)」
お、おかしいな。さっきと同じ所に戻って来ている気がする。そんなに複雑な道でもないのにどうして迷うんだ。でも、何だかシャンティの香りを近くで感じる。もしかして来てくれたのかな?
「(ったく、世話の焼ける男だな。姫様はなんだってあんな弱そうな奴と婚約するんだ。放っておけない危なっかしさがあるのは認めるが……)」
森で迷いながら進んでいるとすっかり日が暮れていて薄暗い。こんな時に本当に賊とか獣とかが出たらシャレにならない。だけど、亡霊騎士にも立ち向かえた僕にとってはそんなのは怖いうちに入らない。怖いのは僕の前から好きな人がいなくなることだ。それだけなんだ。
一向に進んでいる気がしない。そんな風に思っていながら歩き続けていた僕の近くで人影が見えた。それが誰なのか分からない。
その人からはシャンティに似た香りがしていた。僕はその人に向かって、足を速めた。暗くてよく見えないけど、長い髪をなびかせているその人は彼女に間違いない。そう思って、僕は彼女に向かって抱きついた。
「シャンティ! 良かった、来てくれたんだね。抱きついてごめんなさい。だけど、やっぱりうれしくて」
「な、何をする!? お前、何であたしに抱きついてきた? 答えろ、アスティン!」
「ご、ごめん! シャンティに会えたから嬉しくて……調子に乗ってごめん。シャンティ」
幻覚に惑わされているアスティン。セラの体からは何かの香りが漂っていた。これにはセラにもどうにも出来なかった。
「シャンタル様も罪作りな方だな。ここまで骨抜きにしてしまうとは。確かに綺麗な方だが、姫様とは比べられねえな」
ルフィーナ姫に忠誠を誓っているセラはアスティンの態度に憤りを感じ、声を張り上げた。
「おいっ! アスティン! 見習い騎士のアスティン。いい加減、目を覚ませ。シャンタル様はここにはいねえぞ? それにそんな状態で会わせるつもりはねえぜ?」
「邪魔を……するな! 僕……俺の邪魔をするなら、容赦はしない!」
抱きつかれ、悪者にされたセラはアスティンに呆れながらも、冷静に辺りを見回して気付く。この森自体が幻覚を見せる場所であるということに。
幻覚にかかる奴は半端な力を持った奴。つまりアスティンは、まだ試練を終えていない半端な騎士ということが彼女には分かってしまった。
「面白いな。いいぜ、あたしがお前の相手をしてやるよ! 剣でも槍でも……こいつは剣しか使えないか。お前にそんな根性があるんなら、あたしが戦ってやろうじゃねえか」
「うあああああああ!!」
叫びながらセラに襲い掛かるアスティン。惑わされながらの攻撃は鈍い動き。たとえ惑わされていなくても、アスティンはまだこんなもの。そう思ったセラにとっては、大した相手では無かった。
「アスティン、お前は甘えすぎたんだ。今は大人しく寝てな! 起きたら、あたしがあんたを鍛えてやるよ。そうじゃねえと、ルフィーナ様に叱られちまうからな」
剣を振り上げながら一直線に向かって来たアスティン。セラは彼の足を引っかけて、その場に転げさせた。剣はその場に落ち、転げたアスティンはそのまま夢を見に行ったようだ。森に居続けてもいいことはない。そう思って、眠ったアスティンを抱え上げた。
「アスティン、今は眠りな。目が覚めたらあたしが、シャンタル様の代わりを務めてやるよ」
× × × × ×
「ルフィーナ様。アスティンについてですが……」
「あら? なぁに? 愛の告白でもされたの?」
「……ええ、まぁ」
「そうだろうと思ったわ。カンラートに似ていないようで、どこか似ていたのでしょう? だから愛したし、愛を注いだ。そうなのでしょう? シャンティ。……そう呼ばせているのはアスティンだけなのね」
「さようでございます……ですが、それが良くなかったのかもしれません。今頃、あいつは私を求めて彷徨っているやもしれませぬ。王命に背いてでも、私を追いかけて来るつもりでしょう」
「シャンタルは魅力的ですもの。そうなっても仕方がないわ。彼に付いている騎士はあなたの影を除くことが出来るのかしら?」
「セラなら可能と思います。彼女はご存じの通り、少し私に似ております。強さは私の次に強い騎士にござります。きっとアスティンを鍛えてくれるに違いありません……」
「セラね! やはり強かったのね。うふふ……あなたはアスティンが好きなのね。カンラートと想い合っていてもそれでも、あなたの想いは強いことが分かるわ。あの子……アスティンはそういう子なの。心残りがあるのでしょう? アスティンに」
「――いえ」
「わたしも彼に会いたいわ。けれど、会えないことも試練なの。あなたも辛いでしょうけど、どうか耐えてちょうだいね」
「は、貴女を信じております」
さすがヴァルキリーね。きっと彼女は大丈夫だわ。アスティンが心配だわ。一度、お父様に相談してみようかしら。




