3.アスティンの稽古
いつもいつもアスティンには本物の騎士に早くなって欲しいと思っているけれど、わたしとアスティンはまだ子供。だから焦ってはいけないってことは分かっているんだけど、だって仕方ないじゃない。
将来私の騎士になるのはアスティンになるのが約束されているのだもの。気がはやるのは仕方ないわ。
「お母様、騎士様たちの所へ行ってもいい?」
「なぜ行きたいのか言ってみなさい、ルフィーナ」
「アスティンの様子を確かめ……アスティンの稽古をこの目に焼き付けたいの!」
「気になる男の子を見に行きたい気持ちは分かりますけど、騎士の修行を邪魔しに行くのは目に見えています。ルフィーナは城の中で勉強をしていなさい」
「そ、そんなことないもん……」
「大体あなたはもう少し、自分の立場と身分をわきまえて行動していかないと将来が大変になるのよ? まだ子供だからと言って、落とし穴を掘ったり、森で迷子になったり……そういうことをいつまでも許しているとは限らないのですよ?」
「まぁ、まだそこまで我が娘に求めることはなかろう。お前もまだ母親として最低限の躾をしていればよい。国が平和を保ち、維持を続けている我が代を我が娘に見てもらっておけばいい」
「し、しかし……それでは」
「ふっ、どの道、平和は永遠では無い。だが、その時はまだ遠い。ルフィーナが成長してからそれを教えるのも決して遅くは無かろう。そしてその時には娘の傍らに彼がいるのだろうから、それまではお前も娘を優しく見守っていなさい」
「……貴方がそういうのであればそう致しますけど、看過できないいたずらにはきつく躾ますけど、それは構わないですよね?」
「う、うむ……」
「では、ルフィーナ、お父様の許しを得られたのですからあなたは……あら? ルフィーナはどこ? ま、まさか、また逃げられた? 全く……!」
※
相変わらず頭の固いお母様と、結局はわたしに甘いお父様の話をその場でずっと聞くほど暇じゃないわ。そう言うときの為に、隠し通路が役に立つってものよね。
もっと小さい時から悪戯が好きだったわたしは城の中を隈なく歩き回り、小さな体を生かして狭い所を探し歩いていたら、偶然にも隠し通路を見つけてしまい今まさに、役立っている。
ふふっ、これで心置きなくアスティンのいる所へ向かえるわね。
「アスティン~来たわ!」
「えっ? ル、ルフィーナ!? な、何でここに?」
予想以上に驚いているわね。まぁ当然よね。わたしからアスティンの元へ向かうことは間違いなく無いし、アスティンもきっと騎士様から厳しく言われているはずですもの。
「会いに来たの。もちろん、アスティンの様子を眺めに」
「ま、まずいよ~、騎士はよほどのことが無い限りは、滅多に女性の近くには寄ってはいけないって決まりがあるんだよぉ。それなのにどうしてルフィーナから来るんだよ~」
「そんなの、わたしには関係ないし。アスティンから会いに来てるのは許されてることなの?」
「だってそれは、それが僕の役目だからだよ~」
「あ、そう言われてみればそうだったわ。アスティンはわたしの傍にいる騎士だったっけ。何でいつも近くに来れているのかなんて考えもしなかった」
「えええ~?」
『何事か! 誰ぞ、騎士の錬場で声を立てている?』
「は、はいっ! 僕……です」
「それと、わたしですわ、おじ様」
「(ちょっと、ルフィーナ!? ま、まずいよ……)」
何をそんなに怖れているというの? アスティンのお父さまだと言うのに。
『其方は……ルフィーナ姫か。ここへはどのような名目で来られた?』
「もちろん、騎士の稽古を眺めに」
わたしを鋭い眼光で見据える目の前の騎士は、腰に据えていた剣を抜いてアスティンの目の前の地面に突き刺した。
「ひっ」
『見習い騎士アスティンよ、我と姫の眼前で突き刺した剣を地面から引き抜いて見せよ』
「え」
『聞こえぬか? 剣を地面より抜き出せ』
「は、はい」
『ルフィーナ姫よ。我が子息、アスティンは見習い騎士。姫がご覧になるにはこやつがこの剣を抜くことが条件だ。抜けばよし。抜かねば姫と言えど、この地に来られることは控えよ』
「ええ、いいわ。ってことだから、アスティンは頑張って剣を引き抜くのよ!」
「ううっ……何でこんな」
普段ならこんなことをしないしさせない父。稽古でも何でもないのに何を考えているのか、アスティンには分からなかった。
「くっううううう!!! ぬ、抜けない……だ、駄目だ。父様の突き刺した剣はもの凄く力を込められて地面に固く刺さっている。こ、こんなのとても今の僕じゃ抜けないよ……」
「何やってるの、アスティン! わたしがここに来られなくてもいいの?」
「そ、そんなこと言われても無理な物は無理だよ」
『ふ……見ての通りだ。姫よ、アスティンは未だ騎士とは程遠く、見習いの域を越えておらぬ。故に、姫がこの地へ来られたとしても、いざという時にお守り出来ぬ。我が子息は姫、いや、次代の王女たる貴女の傍に付くこととなるが、今のままではそれすらも危うい。よって、姫はこの地に来るのは控えて頂きたい。しかし、子息が姫の元へ伺うことはこやつの役目であり使命である為、それについては許されし』
「むぅ~……そ、そうね。地面に突き刺さっているだけの剣を引き抜けないようじゃ、わたしから会いに来るのは危ないってことよね。分かったわ。騎士様に免じてそうするわ!」
「ほっ……」
「いいこと、アスティン! その代わり、わたしには最低でも一日一度は会いに来ること! いい?」
「父様、いいですか?」
『子細無い。それが城との盟約だ』
「しょうがないわね。それじゃあ、わたしは城へ戻るわ。じゃあ、またねアスティン!」
「うん、またねルフィーナ」
※
「父さま、何故あのようなことを?」
「ふ……ああでもしなければおてんばな姫は帰らんだろ? 確かにお前は見習い騎士だ。だが、騎士道……いや、男の世界を垣間見せることをする必要は無いだろう。普段、お前が姫に見せている子供の振る舞いとは違う世界なのだ。事実、輩はここに来ることもある。そうした時にお前はあの姫を守り通せるか?」
「い、いえ……それはまだ」
「そうであろう? その時が来るまでお前は見習い騎士として強くなる努力を重ねねばならぬ。それに、あの姫が来た時点で、お前の士気は下がることに疑いを持たぬ。そうだろう?」
「確かにそうです……ルフィーナが姿を見せた時点で下がります」
「そういうことだ。だがこれで、錬場での稽古をする気も逸るはずだ」
「はい!」
そうして、わたしの知らない所でアスティンとアスティンのお父様の企てにまんまと乗せられてしまったみたいだった。それでもそれが彼の為になるのであれば、これ以上は邪魔をしたくないし、してはいけないのだと感じた。
城に大人しく戻ったわたしはお母様にまたしても怒られてしまったものの、反省の色を出していたせいか、あまり小言を言われることなく部屋に戻ることが出来たのは意外だった。
そうした日が続き、わたしとアスティンの関係は少しずつ変わっていく――