35.正統な王女の資格
なぜ次期王女となるわたしが谷底へ行くことになったのか。そんなことはやる必要が無いとまで言われた。国の騎士に守られ、保護される。そんなのは嫌よ。わたしはわたしの意志で、大切な人を救いたい。それが例え命がけになろうとも、わたしにも引けない理由があるのだから――
「姫様、ここからは一人ずつ下りていくことになります。あの、ここからは本当に危険です。今からでも引き返して、姫様は地上でお待ち頂いても……」
「平気よ! 言ったでしょう? わたしは見せかけだけの王女にはなりたくないって。わたしにとって、引けない理由……騎士を救わなければならない理由があるの。これだけは譲れないわ!」
気を遣ってくれるミラグロス。言葉は丁寧だけれど、足手まといだと言われているようなものだわ。
「あたしはルフィーナ様のご意志に従うよ。ルフィーナ様は確かに姫様だが、お強い方だ。弓使いの姫さんたち、そういうわけだからサポートを頼むぜ」
3人の弓腰姫たちはセラに言われて首を傾げていたものの、渋々わたしの言葉に頷いてくれた。
「よし、あたしがルフィーナ様の後ろを守るよ。弓姫たちは姫様を案内してやってくれ!」
「分かりました。アダとチュスは姫様の前を歩かせます。わたしは騎士様の後ろを進みます」
「分かったわ。じゃあ、行くわ」
「あの姫、嫌い……口先だけだ。どうして他国の姫なんかが私の国の薬を取っていくの? 理解出来ない」
アダ姫のぼやきに、チュスは悪知恵を思い付きふたりで声をひそめた。
「それはいいね、そうしよ。さすがチュスね、これならあの姫も泣いて謝るに違いないわ」
やめるなら今の内、ね。こんな所で引き返すくらいなら国の王女になんてなる資格もないわ。わたしには何の力も無い。騎士の様に強くも無い。だけれど、負けたくない! ルフィーナ・ジュルツはこんなことで立ち止まるわけには行かないのよ。そうでなければ、騎士たちにも認められないわ。負けるものか!
「本当に1人ずつしか進めない不安定な道なのね。進むにつれて霧も濃くなってきたわ。アダ、チュス。あなたたちが前にいてくれて良かったわ」
「……」
変ね? すぐ前を歩いているはずなのに返事がないわ。まさか、足を踏み外したとかではないわよね?
「セラ! ミラ! あなたたちはわたしの声が聞こえるかしら?」
「聞こえてるぜ、ルフィーナ様」
「姫様、どうかしたのですか?」
「わたしの前を歩いていたアダとチュスの姿が見えないわ。どこへ行ったのかしら」
ゴオォォ……
……え? なに、この音。
「ルフィーナ様! 谷底から強い風が吹きあがってくる! しっかり岩肌に掴まっててくれ!」
セラの声が響いていた。でも、その声が今のわたしに聞こえて来る余裕なんて無かった。
ここから落ちたら……わたし、もう会えない――カンラート、シャンタル、お父様……アスティン――
怖い……怖い怖い、怖い――あ、足が動かない。ふ、震えが止まらないわ……嫌、嫌だわ……こんな、こんなところでわたしは立ち止まるわけには行かない……う、動きなさいよ、わたしの足!
「姫様! ゆっくり、落ち着いて歩を進めて下さい。わたしが姫様をお助けします」
ミラからの声がわたしに届いた。この声を聞き入れてしまえばどんなに楽か。そう思っていたけれど、きっと、試されている。助けの声はわたし自身の甘えによるものなんだ。そう思った。
「いらないわ!! わたしが……ルフィーナ・ジュルツ王女は谷底まで下りてやるんだから! こ、こんな所で立ち止まって涙を流していては、みなに合わせる顔がないわ。わたしは王女になるの! 負けてたまるものですか!」
「ふぅーん……意外と根性あるんだ」
「その声はアダね?」
「意地悪するつもりだったけどやめてあげる。私の背中を見ながら付いて来て。チュスは上空の鳥を寄せ付けないように弓を放ち続けているから。私が下へ案内する」
強風が吹いていてわたしの後ろにいたセラ、ミラは付いて来れていないみたいだった。やはりさっきの声はアダとチュスのふたりによるものだった。
わたしに意地悪をするつもりでどこかに隠れていたふたり。底の見えない崖下、あおって来る風……行く手を阻む霧は、わたしをいつまでも挫けさせようとしていた。
そうして、震える足や体を抑えながらわたしは谷底へたどり着くことが出来た。谷底へ着くと今まで吹いていた風はピタリと止み、音も無い静かな場所がわたしを出迎えた。
「……これが万能草ね」
「ホントはここは他国の人間が入れない場所。谷の主に認められなければ立ち入ることも出来ない。でも、あなたは王女になる。そうでしょ? ルフィーナ姫」
女王ディーサに言われた通り、アダ姫は意図的に風と霧を起こしていた。ルフィーナ姫の本当の心を読むために。怖い、嫌だ。その言葉だけを繰り返し叫んでいたルフィーナ姫。
帰りたい。その言葉だけを出さなかったことで、霧の姫であるアダは認めるしかなかった。口先だけの姫かと思っていた彼女は、認めざるを得ないと思えた。
「ええ、勿論よ! わたしは王女になるのが運命なの!」
谷の主? だから騎士のセラが付いてこれなかったのかしら? 何かある場所だと思っていたけれど、この子たちの仕業でもあったのね。
「ミストゥーニの地はあなたを正当な王として認めた。だから、万能草を摘む資格があなたには許された」
「ありがとう、アダ姫」
「騎士の傷を治したら覚悟してよね。私があなたの指導をするのだから」
「ふふっ、ありがと」
正当な王女……そんなこと今まで考えたことも無かったわ。それでも、引かずに進んだ結果がこれだと言うのなら、わたしは迷わずその道へ進むわ!
これでカンラートの傷を治すことが出来るのね……あぁ、カンラート。愛しの兄様――




