34.ルフィーナの意地
「それで、ミラとあなたたち。このまま外へ向かっていいのかしら?」
「はい姫様。地上に上がっていただいて、わたしたちと外門を出て頂く必要があります。そうでないと、他国の方は出られないようになっているんです。そして、外へ出たら姫様だけでは再び、国内に入ることが出来ないので注意をしてくださいね。ですので、何か忘れ物がありましたら今の内に」
「そうね……あっ、先に地上でお待ち頂いててもいいかしら? 忘れ物があるの」
「トロい……」
「早くしてよね」
「はい、お待ちしていますね」
これだけは忘れたくないわ。わたしの彼へのおまじない。
「……む。ル、ルフィーナ……か? どうした……」
「カンラート。わたし、あなたが元気になれるように祈っているわ。そして、しばらくここでお休みしていてね。わたしは負けないから。だから、これはわたしからのおまじないなの」
わたしはカンラートの額に、口づけを添えた。熱だけでも下がっていて欲しい。わたしにもその熱をうつして早く、良くなってね。
「ルフィーナ……どこへ行くん……だ」
「お兄様、わたし行ってくるわ! きっと良くなるから今は……ゆっくり眠っていてね」
「お待たせしたわ。さぁ、行きましょ」
弓腰姫の3人はわたしの前を歩き、外門で立ち止まる。
「チュス、先に行って外の様子を確かめて来て」
「えー? んーじゃあ行ってくる」
「あなた、アダやミラにも役割があるの?」
「さぁー? 姫様は黙って付いて来てよね。足手まといなんでしょ?」
自分で言った言葉だけれど、な、なんかアダ姫とは合わない予感がするわ。ミラは思った通り、姉という感じね。チュスは姉の次にいい子に思えるわ。
「姫様。外には敵の姿はないみたいです。騎士の女性がチュスと待っています。外に出たら、落ち着くまで騎士様とのお話はお控えくださいね」
「ええ、分かったわ」
ミラ姫、アダ姫、二人の後ろを付いて行くと久しぶりに外の世界の景色……と言うよりは、森の中に出て来られた。ここは森の中だったのね……そう言えば何かを忘れている気がするわ。何だったかしら。
そ、そう言えば、馬車と御者! 馬はカンラートと一緒に国に入ったけれど、馬車と御者はどうしたのかしら? すっかり忘れていたわ。それも騎士に聞けばわかるのかしらね。
「ルフィーナ姫様。ご無事で何よりだ。あたしはヴァルキリー配下の騎士、セラフィマさ。詳しくは森を抜けてからにしようか。それと、あたしのことはセラでいいぜ」
「そうね。セラフィマ、よろしく頼むわね」
騎士にも色々いるのね。ヴァルキリー配下ということは、あのシャンタルの部下ってことよね。それにしては、男っぽい女性だわ。話し方もそうだし……でも、その方がいいわね。ふふっ、カンラートの最初の頃に比べたら全然いいわ。
「姫様。間もなく森を抜けます。谷へはそこから相当な距離がありますけど、一緒に歩いて行かれますか? 谷底への道は簡単ではないので、わたしたちだけでも行けます」
「いいえ、わたしが行かなければ意味がないわ。さぁ、向かいましょ」
「ふーん? 姫っぽくないね」
「口だけじゃないの?」
「あん? 何だいこの子供らは。姫様に向かってなんて口の聞き方をしてやがんだぁ?」
「セラフィマ……セラ。いいのよ。この子たちがいなければ、わたしもあなたも先には進めないわ。子供の頃なんてそんなものよ。わたしに比べたら可愛いわ」
そう、わたしの幼き頃はいたずらし放題だったし、アスティンを困らせていつも泣かせていたわ。それに比べたら口が悪い子なんて可愛いものよ。
わたし、大人になったのかな……ねぇ、フィアナお姉様。
ミストゥーニ・バレイ――
弓腰姫たちに案内されて着いた先は、底の見えない谷だった。ここでは意図的に発生させなくても、深い霧が谷底を隠すように立ち込めていた。ここをどうやって降っていくと言うの? このわたしが……
「姫様、わたしたちが様子を見てきますので、その間に騎士様とお話をしていてください。アダ、チュス、行くわよ」
「オッケー」
「へいへい……」
弓腰姫たちの姿が見えなくなったところで、騎士セラフィマはわたしの前に跪いた。
「先ほどは失礼を致しました。わたくしは、セラフィマと申します。シャンタル様の配下にございます。此度のこと、すでに報せを頂いております。騎士カンラートが負傷により病を患ったとのこと。レイリィアル国でのことがカンラートの体に降りかかっているのでしょう。ルフィーナ様には、カンラートが安静の間、お供をさせて頂きとうございます」
「あなた、セラ……先程の話し方があなたなのではなくて?」
「は。アレは普段用にござりまする。子供相手に斯様な接し方をするのは控えたく思いまして……」
「それなら、あの話し方で構わないわ。騎士言葉はカンラートだけで十分なの。それでも彼は今ではくだけて来たのだけれど。わたしに形式ばった話し方は無用だわ。セラ、あなたもわたしに……ジュルツに忠誠を誓っているのなら、騎士言葉は使わないでいてくれると助かるわ」
そうだわ! わたしが王女になった時には堅苦しさを無くせばいいんだわ。そうすればみんなが気楽な感じになれるわ。ふふ……楽しみね。
「では、ルフィーナ様。まずは報告をするよ。御者と馬なし車だが、森で確保したぜ。だが、御者はだいぶ弱っていた。あの霧にでもやられたんじゃないのか? あたしが手配して近くの町に移動させといた。それについては心配いらないぜ。そして次だ。カンラートの病を治すために何故ルフィーナ様が谷底へ行くんだ? そういうのはあたしに任せてくれないと王に罰せられてしまう」
良かったわ。騎士が来てくれなかったらこの先の移動は馬車なしで、カンラートに……それはそれでいいのだけれど、気を遣わせたくないもの。今回の事もそうよ。わたしが抱えた不安で起こったことなのだから、カンラートが元気になったらそういうことを少なく……いえ、不安にさせることをしてはいけないのだわ!
「セラ。これはわたし自身が決めたことなの。王だとかそんなの関係ないわ。騎士カンラートとは5年も共にいるのよ! 彼には何度も助けてもらっているわ。もちろん、それが騎士として当然のことなのかもしれないわ。けれど、わたしはただ椅子に座るだけの王女になるつもりは無いわ! ここまで尽くしてくれた騎士を救えなくて何が王女よ。そんなのは国王とは呼べないわ! あなたが止めてもわたしは意地でも谷底へ向かうわ。危険なことなのは見れば分かるわ」
「ルフィーナ様。あんたって女は強いな。シャンタルの言う通りの御方だ。あのアスティンが惚れるわけだ。気に入ったよ! あたしもあなたに忠誠を誓わせてもらう。お手を拝借するぜ」
言葉が分かる騎士で良かったわ。シャンタル……アスティンはきっと、彼女に惚れてしまっているに間違いないわ。好きという言葉を簡単に言う男の子ですもの。わたしもカンラートのことを好きになっているのだからおあいこだわ。
それでも、アスティン。あなたが傍にいてくれたらわたしは他に何もいらないわ。またお庭で一緒に遊べたらいいのに――
「姫様。ミラグロス只今、戻りました。谷底へは一本の細い道で下りられます。ただ、途中に上空から人を襲う鳥が現れるかもしれないです。それについてはわたしたちが対します。その為の弓なので。そちらの騎士様も弓をお使いになられますか?」
「ああ。あたしも弓は得意さ。騎士ってのは剣や槍や盾ばっか、持ってるだけじゃねえからな」
「それではミラ、セラ、そして弓腰姫たち、わたしを谷底へ導いて」




