32.確固たる忠誠
「シャンティーーー!!! 待って、僕を置いて行かないで!」
「な……何故、アスティンが追いかけて来たのだ? あいつは我のことを拒み、嫌い、不必要と宣告したのではないのか!? それなのになぜあんなにも、必死な泣き顔を我に見せて来るのだ? ……あんな、あんな顔を」
「どこを見ている! 騎士。国境を侵す輩よ、ここで果てろ!」
槍を兵士に見せてしまったシャンタル。大ごとにするつもりも無かった彼女は、先程まで見せていた敵意を捨て、槍を地面に捨て置いていた。
国境兵が剣を振り上げた所で、彼女は目を閉じていた。閉じた直後、劈くような音が彼女の耳に届く。不思議に思ったシャンタルの目の前では彼の悲痛な表情と、必死な動きがそこにあった。
「な、何故、兵士と剣を交えている? 何故、我の元へ戻って来たのだ! アスティン!」
「だ、大丈夫? シャンティ。や、やっぱり、シャンティから授かった剣はすごいよ。兵の攻撃を抑えるんだから……」
「やめろ! これ以上手を出せば、アスティンも国には帰れぬぞ! お前にはあの御方が――」
「うっぐ……い、今ここで貴女を失う方が僕は嫌だ。だ、だから、僕は貴女を守ります……」
「我のせいであの御方とアスティンを哀しませることなど許されぬ。あってはならぬことなのに何故、我は動けぬのだ」
「僕はここで貴女と果てるなら、そ、それでもいい」
アスティンの剣の腕では限界が来ていた。抵抗の意思をすでに無くしていたシャンタルは、アスティンと共に斬られる覚悟を決め、再び目を閉じた。アスティンも覚悟を決め、ふたりで目を閉じた――
振り下ろされる剣の気配を感じた時、兵が突如として攻撃を止め、門の向こう側へ一斉に戻って行く足音を感じたふたり。
「――え?」
思わず声を出したアスティン。恐る恐る目を開けて、兵のいた場所を見つめた。アスティンとシャンタルの目に飛び込んできた光景は、引き上げていく兵とすれ違った見慣れた女騎士が、ふたりの元へと向かって来る姿だった。
「おふたりとも大丈夫ですか? シャンタル様、アスティン、危機一髪でしたね! でももう平気ですよ。国境の兵に国王陛下の印を見せたら逆に謝罪を頂きましたから」
「我は大事ない。ユディタ、よく来てくれた。礼を言う」
「ふはぁ~……よ、よかったぁ」
もうダメかと思ってた。僕のことでシャンティを傷つけ、ルフィーナにも会えなくなるだなんて寒気を感じた。腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。
「さて、私はお先に町へ戻りますね。では」
「あぁ」
危険を見越して派遣された騎士ユディタ。このことに気付いたシャンタルの脳裏には、「国王陛下には一生頭を上げることは出来ぬ」そう思いながら、アスティンへ向き直した。
「アスティン。何故、剣を交えた? リーニズの地でも剣を抜くことの無かったお前が何故だ。答えろ!」
僕を見下ろす彼女の眼光は、許すことのない問いを投げかけて来ている。でも、僕の答えは決まっている。
「リーニズの地では相手が例え、亡霊であっても同じ騎士だったので剣を抜くことは出来ませんでした。だけど、今回は事情が明らかに違いました。シャンティが目の前で斬られそうになっている。僕は、そんなの見過ごせるわけ無かった。それに、シャンティは言ってくれました。もしもの時には剣を使えと……だ、だから使いました。ごめんなさい……」
あぁ、これでシャンティには完全に見放されてしまうのかな。でも、もしもの時が今だったんだ。だから、剣を抜くしか無かった。
「シャン……」
「バカッ! バカモンがッッ!! な、何故そんな、そんな私の為に剣を使うんだ! アスティン、お前はバカだ。だが、嫌いじゃないバカだ……嫌いになんてなれるはずもない――アスティン……」
地面に手を付く僕に抱きつくシャンティ。またしても僕は彼女を泣かせてしまった。彼女の長い髪に触れられながら、彼女の香りが僕を落ち着かせる。
「シャンティ。僕は貴女を想っています。す、好きなんです。で、でも、それでも……僕は、僕の心は……」
シャンタルのカンラートへの想いは、アスティンにぶつけられていた。それがかえって、アスティンの心へ負担を負わせていたということに、シャンタルは想いを巡らせた。カンラートとは別にアスティンのことが好き。それは彼女にとって、嘘偽りではない。
それではシャンタルもアスティンも罪悪を背負ったままになる。そう思った彼女は、覚悟を決めて彼に想いを伝えることを決めた。忠実な想いを――
「アスティン・ラケンリース。我にお主の手を差し出せ」
「は、はっ!」
言われた通り、僕はシャンティに左手を差し出した。
「我、シャンタル・ヴァルティア。アスティン・ラケンリースにその名を預け、忠誠を以って一生を捧げることを誓う!」
えっ……シャンティが僕に忠誠!? な、なんで……?
「アスティン。お前にも我の手を……」
「――あ」
シャンティは僕の前に左手を差し出した。
「アスティン・ラケンリース、この名を預け……シャンタル・ヴァルティアに忠誠と一生を捧げる!」
僕と彼女は互いの左手の甲に、口づけを添えた。
「ふっ……これでお前とは一心同体の関係となったな。お前が私を嫌おうとも私はお前を嫌いになどならぬ。騎士同士の忠誠は確固たるものの証だ。どの道、お前がルフィーナ姫と婚姻されても、私がお前の傍にいることは確実なのだ。私の想い人……いや、婚姻の相手はカンラートなのだからな!」
「へっ!? カッ……カンラート? そ、そんな……シャンティの想い人ってカンラートだったの!?」
「あぁ、そうだ。隠すことでもなかったが、お前に私の名を預けた以上、明かさねばならぬと思った。ショックを受けたか? ルフィーナ姫を想いながらもお前は、私のことが好きだろう? だが互いの想い人は幼き頃より運命っている。時期が来れば打ち明けようと思っていたが……」
「と、とんでもないよ! もっと早くに言ってくれれば良かったのに。シャンティも案外意地悪だなぁ。カンラートは僕の兄みたいなものなんだ。だから、シャンティは最初から姉になるって決まってたようなものじゃないか! そうだよ、だから惹かれたし好きになったんだ。なんだ、そうだったんだ」
あれ、待てよ? 海岸で見たカンラートは必死になってどこかへ走り去った……まさか、あの先には。
「シャンティ……どうして、ルフィーナがあの場所にいたことを教えてくれなかったの?」
「気付いたか。アスティン、逆に聞こう。お前があの御方を救えたのか? 今では無く、あの時のお前の力で。海に来て浮かれ、楽しそうにしていたお前にそのことを伝えたとして救えたか?」
「そ、それは……で、でも、命を懸けて立ち向かえば……」
言葉を遮られた直後、シャンティの手は僕の頬を叩いていた。頬から伝わる咄嗟の痛みは、彼女の心を現わしていた。
「自惚れるな!! 貴様の半端な力でどうにか出来たほど、あの場は簡単では無かった。たとえどうにか出来たとしても、瀕死の姿のお前をあの御方の前にさらけ出せたとでもいうのか?」
「――そ、それは」
「あの御方は私がお救いした。そんな時でもあの御方の心は強くそして、お前のことも気にかけていた。会いたいなんて一言も言わずにだ。だからお前には知らせずにいたのだ。分かってくれ、親愛なるアスティン」
「わ、分かりました。そ、そうだったんだ。だから……」
「分かってくれたようだな。お前とは今後もぶつかることがあるだろう。だが、互いの想いはかけがえのないものだ。その心はいつでもお前と共にあることを忘れないでくれ、アスティン」
「うん、シャンティ! ごめん、ありがとう」
「では、町に戻り、次への行く先に備えるとしよう」
「うんっ!」
カンラートとの運命は確かに決まっている。そして、アスティンも姫との運命が決められている。これで良かったとシャンタルは思っていた。
嬉しそうに町へと戻って行くアスティンを見つめるシャンタル。彼女は彼の背中を見つめながら、想いの言葉を口に出していた。
「この想い。私がアスティンを愛し、運命を共にしたいと言う想いは、私だけのモノとして思うだけにしよう……好きだ、お前を愛している……アスティン――」




