28.信じ合う者たちの為に
雪原国家レイリィアル。カンラートには棒叩きを負わせ、わたしには頬叩きと牢獄入り。それにはさすがに参るしかなかった。寸での所で、ジュルツ騎士団の団長と騎士たちがわたしたちを救いに来てくれた。
アスティンのお父様でもある騎士団長は、その御姿を見ただけで気品と威厳を備えているように感じられた。あぁ、アスティンもいつかああなるのかしら。ああはならなくても、騎士として成長するだけでわたしは満足。だから、それまではわたしもあなたもお互いに耐えて過ごしたいものね。
「ルフィーナ、このままレイリィアルを足早に出て行く。それでいいのだな?」
「……ええ、それがこの国にとっても、カンラートにとっても最善、最良の選択だと思うわ。馬車の用意は出来ているのでしょう?」
「あぁ、御者も馬車も、団長殿の手引きでいつでも出発出来るようだ」
さっさと冷酷な国から出て行きたい。そう思って、馬車に乗り込もうとした時だった。カンラートが見守る中、わたしに近付いて来た子供がそのまま、わたしの服の袖を引っ張って来た。
咄嗟のことで、カンラートも制することが出来なかったけれど、子供のすることだから問題はないはずだわ。たとえここがそういう国だとしても、少なくとも民たちに罪は無いのだから。
「あら? 何かわたしに用が?」
「あ、あの……お姫さま、大丈夫?」
「む? ルフィーナ姫、この子供、もしや……」
見たことがあると思ったら、冷酷王に叩かれそうになった子供ね。その代わりにわたしが頬をたたかれてしまったのだけれど。そっか、そうよね……黙って出て行くのもそれはそれで、ここの王と同じになってしまうわ。
「カンラート、出発を遅めるわ! それでよろしいかしら?」
「は、私めは姫様の騎士にござりまする。それに、出発などいつでも出来まする。ここの民たちに罪など無く、私も助けられたことに礼を言わねばなりませぬ。姫様と共に、城下町にて滞在しとうございます」
「ふふっ、さすがね。さすがわたくしのお兄さまだわ! 以心伝心ということかしらね」
いくらひどいことをされたといっても、礼儀を欠いてはお父様やお母様にお叱りを受けてしまうわ。民たちとの交わりをすることは、せめてものお礼になるかもしれないわね。
こうして、わたしとカンラートはレイリィアル国の城下の宿に再び、お世話になることになった。もちろん、これは国王などにではなく、この国の民たちの心の為にそうすると決めたことだった。
「ルフィーナ。同じ宿でいいのか? あの子供の親からの声を何故、断ったのだ? 厚意を示してくれたのに何故だ?」
「ふふっ、カンラートったら、あまりに叩かれ過ぎて騎士としての威厳を失くしてしまったのかしら? それとも、民の情に服してしまったのかしらね」
「そ、そうではないぞ? 痛みなど何ともない。だが、民が他国の騎士と姫を頼っていること自体が問題なのだ。それに応えてやるのも、せめてもの情では無いのか?」
「お兄さまは間違っているわ! 考えても見なさい。今は城の中に引っ込んでいるあの国王が、また気まぐれで城下に出て来ないとも限らないのよ? それでもし、わたくしたちが民の家に在していたらどうなるというの? カンラート。あなた、それでも副団長なのかしら? アスティンの様な見習い騎士ではないのだから、そうしたことも慎んで欲しいわ。だからこそ、同じ宿に泊まるの。理解出来たかしら?」
まったく、カンラートは本調子ではないってことが分かりやす過ぎるわ。騎士団が近くに留まっているからこそ、出発を遅められるというのに。アスティンのお父様がいなければ、わたしたちは敵の手に落ちていたのは間違いなかったわ。
「す、すまぬ。そうであったな……確かに浅慮であった。民の事を第一に考えねばならぬ騎士であるのに、私は目先の事しか頭に無かったようだ。申し訳ありませぬ、ルフィーナ姫」
「わ、分かればいいのよ。それに、わたしとふたりだけでいるのだから、畏まらないで欲しいわ」
「あぁ、そうだったな。民たちの前でも、騎士としてではなくお前の兄として、接するとしよう」
「お願いね、お兄さま」
世話の焼けるお兄さま。それでも、あなたが助けに来てくれた姿、声は、他の誰よりも愛しくて……とても嬉しかった。まだまだ考えが頑なではあるけれど、騎士カンラート。あなたがわたしの騎士で良かった。
翌日になり、わたしとカンラートは普通のお洋服に着替えて、助けた子供のお家にお邪魔することとなった。それでも、わたしたちの正体はすでに民たちには分かられていたのだけれど、変に畏まらなくていいと思ったのか、とても身近に接して来てくれた。
「おふたりはご兄弟なのですか?」
「むっ? い、いや……」
「ええ! そうですわ! それも普通の兄と妹の関係ではないの。わたしたちは、愛し合って――」
「いやっ、普通すぎる兄妹なのですよ。はははは!」
「むー……」
「そ、そうでしたか。ご兄弟でしかも姫様と騎士様とは、ご苦労がおありなのでしょうね?」
「大したことは無いわ。わたしはまだ一国の姫に過ぎないの。ゆくゆくは王女となるのだけれど、そうなるまでは、ここにいる兄……騎士のカンラートが助けてくれているのだから、それほど苦労は無いわね」
実際に兄妹で姫と騎士だったら、それはそれでどうなるか分からないわね。それこそ、アスティンが正式な騎士になれば、カンラートお兄さまとしょっちゅう口喧嘩を始めてしまいそうね。
「ふふふっ」
「ん? 何か失礼なことでも思っていたのだろう? 分かるぞ、お前のことはな」
「失礼ね! そういうお兄さまは何を考えているのかしらね?」
「そ、それはだな……この先のこととか色々だ」
「ふぅん? 気になるわね」
やっぱり普通のお洋服を着ていても、騎士としての気持ちは捨てきれないのね。
「ルフィーナ様とカンラート様。あの、我が国王に代わって、お二方にお詫びを申し上げます。他国から来られた姫様と騎士様に失礼な振る舞いと、所業をしたこと……国民として、謝っても謝りきれません。ですが、どうか……覚えて頂ければ幸いに思います。王は変わらずとも、わたし達はお二方への恩を忘れはしませんし、再びこの地を訪れる時には精一杯の歓迎を致します。どうか、今回の事はお許しを……」
「お姫様、ごめんなさいです。助けてくれてありがと……」
「頭をお上げなさい。あなたたち国民あっての王なのです。ですから、これからも王を支えて、穏やかに過ごされることを望みますわ。キミも、元気で過ごしてね」
「ありがとうございます。お辛いことをされても、そんなお言葉をかけて頂けるなんて嬉しいです。わたし達は、ジュルツの国の方たちには絶対に敵意を抱きません。どうか、このことを忘れずに国を出て頂ければ喜びに堪えません」
「分かりました。では、我が国でもそうお伝えいたします。王よりも民を想えと。出来得るならば、戦など起こさぬことをお約束致しとうございまする。どうか、お元気にお過ごしくだされ」
こうして、わたしとカンラートは民たちに厚く迎えられ、その想いと願いを受け止めてこの国を出ることとなった。カンラートの言葉通り、出来得るならばわたしもレイリィアルとは戦いたくないわ。
「では、ルフィーナ。出立をしようか」
「ええ、参りましょう!」
体の痛みも心の痛みも味わってしまったけれど、冷酷な国の中にありながらも温かな心を持った民たちがいる。その事が分かっただけでも、この国の将来は決して暗いものではないのかもしれない。そう信じて、わたしと騎士カンラートは先へと馬車を進ませた。




