26.あなたを信じています。
26.あなたを信じています。
「アスティン! しっかりしなさい! アスティン――」
誰かの声が僕に向かって投げられているみたいだ。さっきまで僕は何かの衝撃で飛ばされ、壁にぶつかってしまい自分に一体何が起きたのか分からない状態だった。
壁にぶつかったことで一時的に焦点が合わずにいたものの、声のする方に目を向けるとフィアナ様が心配そうに僕を見つめていた。
「っぅ……ぼ、僕は大丈夫です。頭に少したんこぶが出来たくらいで」
「アスティンくん、見せて」
少し離れた所にいたのに、フィアナ様はすぐに寄って僕の頭に手を触れている。何だか幼き頃と同じ事をされていて、照れくさかった。優しい手で撫でられながらふと周りを見回して気付いたのは、出口に向かって歩いていたはずの僕たちは王たちの墓に戻されているということが分かった。
「フィアナ様。あの、どうしてまたお墓に戻っているんでしょうか?」
「それは……」
何かバツの悪そうな顔で僕を見るフィアナ様。少しだけ下を向き、決意を固めたのか僕にその理由を話し始めた。
「アスティン。どうしてあなたとここに来たのかを話します。それを聞いてもわたしのことを信じ、許して頂けるかどうか……」
「僕はあなたを信じていますから大丈夫です」
僕の言葉に、フィアナ様は意を決して話しだした。
「――わたしの国、リーニズは争いの絶えない国だったの。わたしが幼き頃からずっとどこかの国と戦をしていたの。ここに眠る王たちのほとんどは戦で亡くなっているわ。戦続きで国は疲弊し、かつて王を守護していた騎士たちは次々と倒れてしまったの」
「そ、それでは、フィアナ様の国に騎士が……いえ、兵士が見当たらないのはそのせい?」
「ええ、それもあるわ。争いの火種は次第に国王と直属の騎士に向けられるようになって、国内で戦火が起きたわ。戦いはこの地で何度も繰り返されて、そして……わたしたちが今いるこの場所で多くの兵と騎士が犠牲になってしまったわ。王を守護する筈の騎士同士がいがみ合いを始めてしまったのが発端でもあるけれど……」
「えっと、それはどうしてですか? 何故騎士が争いを……」
「王は騎士たちを信じていなかったから。力を示す騎士が気に入らなかったとも聞いているわ。王にとっては、騎士の存在を疎ましくさえ思っていた。王は直属の騎士に命じ、反骨心のある騎士とここで戦えと言ったわ。この場所で戦わせ、王の周りから騎士をいなくさせたわ」
「そ、それじゃあ、ここって……騎士たちのお墓みたいなものなんじゃ……?」
「いいえ。墓は王だけ。騎士は魂の行き場が無いまま、この地に留まっているわ。さっきアスティンが見た人は人ではないけれど、かつては騎士だったものなの……」
「ど、どうして僕がフィアナ様の護衛騎士として呼ばれたのですか?」
話を聞く限りじゃ、騎士を無用と感じた王が追い出して必要ではなくなった過去の存在のはずなのに。
「騎士を信じなかった王は、わたしの父なの。ここで犠牲となった騎士は王に信じてもらえなかった無念の思いがあっていつまでも彷徨い続けているわ。騎士のアスティンとここへ来たのは、王のわたしを信じて欲しいから。だから――」
「僕がフィアナ王女を信じ続ければ魂は浮かばれる……ということでしょうか」
「確証はないの……そして勝手なことをアスティンにお願いしているのも事実。あなたが騎士というだけなのにごめんなさい……」
フィアナ様の父様がしたことをフィアナ様が償うなんて……
「僕は大丈夫です! 謝らないで下さい。謝るのはむしろ僕の方なんです」
「え?」
「騎士といっても、見習い騎士なので何だか申し訳なくて」
「まあ、アスティンたら……ふふっ。こんな場所で不謹慎だけれど笑えるなんて、やっぱりキミがあの子の相手で良かったわ」
良かった。フィアナ様の表情が明るくなった。暗く厳しい過去のことは分からないことだけど、今の王は騎士を信じてるってことを僕が教えないと駄目だ!
「ところで……あの、どうしてシャンティでは駄目だったのですか?」
「当時はヴァルキリーなんていなかったというのもあるけれど、彼女はわたしよりもあなたに対しての想いが強いわ。だから、わたしへの信頼に対しては自信が持てなかったの」
そうか……。確かに昔は女騎士はいなかったかもしれない。それに、シャンティはフィアナ様のことをあまり知らないこともあるかもしれない。
「シャンタルはわたしに嫉妬も……いえ、何でもないわ」
「……?」
「アスティン。出てくる亡霊たちはみな、騎士なの。だから、あなたが相手をしなければならないけれど、どうかお願い……」
ああ、そうか。昔も今もフィアナ様が儚く見えたのは、このことがあったからなんだ。頼りないかもしれないけど、フィアナ様には安心をしてもらわないと試練を終えた内に入らないよね。
「分かりました! フィアナ様をお守りしながら出口へご案内します! どうか、最後まで僕を……騎士を信じてお進み下さい」
「――アスティン。ありがとう」
再び僕がフィアナ様の前に立ち、出口へ向かって歩き出した。シャンティやルフィーナの方が色々な意味で怖いし、騎士が相手なら亡霊だとしても怖くはない。
「……現れました」
「アスティン、気をつけて」
さっきは油断だったけど、今度は負けない。何度もシャンティとバッシュの練習をしたんだ。出来るはず。
ウゥ…………
向かってくる亡霊騎士に対してバッシュで防いで払うと、彼?は一瞬、動きを止めた。その隙に、フィアナ様を出口へ向かわせた。亡霊騎士は僕にしか向かって来ないみたいだ。
「フィアナ様。どうかお先に出口へお向かい下さい。僕が殿を務めます! そして、僕が外に出てくるのを信じてお待ちください」
「……アスティン、どうか無理をしないで。そして、どうか無事に出てきて! わたくしも貴方を信じています」
勝てる相手じゃないことは分かってるけど、それでもフィアナ様をきちんと外に送って、最後まで僕は貴女を信じて出て見せます。




