24.ヤキモチ妬きのヴァルキリー
シャンティに任じられ、フィアナ王女の城に来ている。城と言っても大勢の兵士がいるわけでは無く、言葉は悪いけど小ぢんまりとした造りのお城に過ぎない。フィアナ王女には側近の者が付いているだけで、他国の様な物々しさは感じられない所だった。
「見習い騎士アスティン・ラケンリース、ただ今参上仕りましてございます」
「ふふっ、そうかしこまらなくてもいいのよ? アスティンくん」
「えっ?」
「驚いたかもしれないけれど、ここにはわたしと側近が少しいるだけで兵士はいないの。だからアスティンがかしこまった挨拶をすると、何だか緊張をしてしまうの」
「ご、ごめんなさい」
「大きく成長していても、あなたの優しさは変わっていなくてとても嬉しく思います。アスティンくん、歩けるところは限られるけれど、一緒に城下町を歩いて頂けないかしら?」
「は、はい! もちろんです」
こうして間近でフィアナ王女のお顔を拝見していると、血の繋がりは無いとは言え、ルフィーナのお姉さんなんだなと感じてしまう。まさかこんな形で出会えるとは思っていなかったけど、僕はずっと緊張しっぱなしだった。ルフィーナに感じる想いとは違うけど、何だかとても気恥ずかしい。
「よければ歩きながら沢山お話をしていただけたら嬉しいですわ」
「よ、喜んでお供いたします! フィアナ様」
「アスティンくんにそう言われると不思議な感じを受けてしまうわ。よかったら、好きなように呼んで頂けないかしら?」
「えーと……フィアナお姉さん。で、どうでしょうか?」
「では、それでお願いね」
幼い頃から知っているとはいえ、王女様のことをお姉さんと呼ぶなんて想像していなかった。それでも何だか、幼い頃よりも距離が近くなったことに嬉しい想いが込み上がった。
× × ×
いつからこんなに貧弱な想いを抱くようになったのだろうか。フィアナ王女と会ってる間、シャンタルは一人、物思いにふけていた。ヴァルキリーと謳われながら、各地を転戦しひたすら戦いの日々に明け暮れていたシャンタルは戸惑っていた。
ただ一人の見習い騎士の為に動くようになるとは、正直思ってなかったシャンタル。出会った頃に比べればだいぶマシになって来たアスティン。騎士としての動きが出来るかどうかは何とも言えない。
「アスティンは見目こそ成長著しいが、心は相変わらず子供のままだ」
普段から騎士鎧を外すことなく過ごしているシャンタルは、アスティンの護衛ぶりを確かめようと防御力の持たない衣服を身に着けて、城下町で様子を窺うことにしていた。
フィアナ王女の国は、あのルフィーナが捕らわれた国とは違って好戦的ではないことを知るシャンタル。鎧を着けなくとも問題は起きないだろうと彼女は踏んでいた。
「ぬ……アレは!? あやつめ……王女殿下に何をデレデレしているのだ」
※
「アスティン、もう少し歩幅を狭めて頂けないかしら」
「も、申し訳ございません」
ルフィーナのお姉さんだった王女様。身分の違いにも緊張しているけど、別の意味でも緊張を隠せずに僕は無意識に歩く速度を早めてしまっていた。護衛の騎士は付かず離れずが基本だとカンラートに聞いたことがあるにも関わらず、それすら出来ない自分だった。
「アスティン。近くに寄ってくださる?」
「え、それは……」
いいのかな……なんて思いながらも、フィアナお姉さんに寄り添う様な形で、僕は町を歩いている。気恥ずかしさで顔が赤くなり、フィアナお姉さんをまともに見られない。
「アスティンめ……何を浮かれているのだ。こ、こうなれば……」
王女様と歩く騎士の僕は、周りからどう見られているのだろうか。でも、驚くほどに城下町の民は王女様の姿に敬う姿勢を見せないどころか、あまり関心を持っていないように見えた。反対に、騎士姿の僕には何とも言えない視線を突き刺していることも感じられた。
道標のない国の民は、何を思って過ごしているのだろう。そして華やかなジュルツの国から、王女として戻られたフィアナ様のお気持ちはどうなのだろう……長く平和では無かった国、地図から消された国にお一人で住まわれるなんてあんまりだよ。
「アスティン、どうかしたかしら?」
「ぼ、僕はこの国にいる限り、フィアナお姉さんを護ります。だから、どうか……僕の傍を離れずにご安心頂きたいと思って――」
パシッ――
「ったた……な、何かが当たって痛い気がする」
「アスティン、どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです」
気のせいだよね……?
「あら、そう言えばシャンタルはあなたの近くにはいらっしゃらないの?」
「シャンティ……シャンタルは、特に何も言ってはいなかったです」
「ふふ。彼女のことを愛称で呼んでいるのね。珍しいこともあるものね。彼女の想い人にも、そう呼ばせたことなんてないはずなのに。よほどアスティンが気に入っているのね」
バシッバシッ――
「いたた……痛い。やっぱり、痛い」
見ると僕の足元には小石が散らばっていて、明らかに投げられていたことが分かってしまう。
「あの、先程から石をぶつけられているみたいなんですが……、フィアナお姉さんの傍を歩く騎士は歓迎されていないのでしょうか」
「おかしいわ。確かに他国の騎士を見るのは珍しいことかもしれないけれど、本当に石をぶつけてくる民はいないと思っていたのだけれど」
「あ! ど、どうやらあの辺りにいる女性が石を投げて来ているように見えます」
「(――あれは……シャンタル? ……もしかしてヴァルキリーはわたしと彼の寄り添いに腹を立てているのかしら。ふふっ、あの子も大変な相手が出来たのね。もちろん、私もヴァルキリーもアスティンに向けている想いは恋とは異なるものに違いないわ。シャンタル、そしてルフィーナ。どうか、今この時この日々だけはアスティンの近くにいることを許してね。この穏やかで争いの起こらない時の流れを、彼と一緒に過ごしたいの)」
ヴァルキリーには悪いと思いつつ、フィアナはアスティンに体を寄せていた。
「アスティンくん、こうしてあなたの傍にいることはとても幸せに思えるわ。どうか、わたしを許してね」
「……? ぼ、僕もフィアナお姉さんと一緒にいれて嬉しいです!」
「(私は恐らくあの子とは会えない。あの子を近くに感じられるアスティンに触れることを許してね)」
「なっ、ななな!? お、お姉さん? な、何でそんなことを」
精一杯の背伸びをして、フィアナはアスティンの頬に口付けを添えた。
「見習い騎士アスティン・ラケンリース。今日はありがとう。数日の後、あなたに騎士の試練を命じます。心して向かうことを約束して頂けますか?」
「わ、分かりました」
「では、わたくしはお城へ戻るわ。側近の迎えがいますのでお見送りは無用です。では、よろしく頼みましたわ」
な、何だったんだろう……? いきなりキ、キスされるなんて。あのお姉さんが僕にキス――
「王女様に接吻を受けて随分と嬉しそうなのだな……?」
「へ? ど、どなたでしょうか?」
「ほう……? お前の私への想いとはそんなものだったのか……」
えっ、もしかして……綺麗な顔立ちと長い髪。聞き慣れた通る声。ま、まさか、シャンティ!?
「そ、そんなことは無くてでもあの……」
「ふ、まぁいい。憧れのお姉さんと私は違うのだからな。たっぷりと、お前に修行をくれてやろう。それが私からお前への愛情だ」
「はひっ!」
こうしてどこからか小石をぶつけられた以外は、大きな問題も無くフィアナ王女様とのひとときは無事に終えることが出来た。そして、数日後……僕は覚悟を持って王女殿下の護衛試練に挑むこととなる――




