23.試練を待つ日々に
僕とシャンティがフィアナ王女の国に来てから数日が経っていた。王女の護衛を試練として言われてから、城から何の沙汰も無いままだった。シャンティいわく、やはり僕では心許ないと判断して、他の騎士を探している最中なのではないかとまで言われてしまった。
「シャンティ、難しい顔をしているけどどうかしたの?」
城の外で僕は変わらずの鍛錬を続けている。シャンティは常に僕の傍にいてくれている。ただ、彼女は難しい顔をしたりする時があって、何か悩み事があるのだろうかと心配になっていた。
常に強く、凛々しい彼女が物憂げな表情をしていることがどうにも不安になり、展開が分かりつつも僕はシャンティの顔を覗き込んだ。
「……むぅ……ん? ア、アスティン!? 貴様!! な、何をしている!」
「ご、ごめんなさいっ! い、いや、あの……何か悩んでいるのかな……と」
「私が悩んでいる……だと? そうだな、悩んでいる。何故いつまでも、お前は成長をしてくれないのかとな」
「えええっ!? そ、そうなんだ。ご、ごめんなさい……」
そうか、そうだよね。最高のヴァルキリーの下にいるのに、いつまでもあがいているんだし、シャンティも悲しい表情を浮かべるよね……僕も悲しくなって、泣き顔を作ってしまう。
「す、すまぬ。じょ、冗談だ。な、泣くな」
「シャンティが冗談を!?」
初めて出会った時から彼女は徐々に打ち解けて来たとは言え、とても冗談を言う様な人では無かった。それなのに冗談を言うなんて、これから先にとてつもないことが起きそうで恐怖を感じてしまった。
「……アスティン」
「え?」
「お前……今、私を笑っていただろう? そして失礼なことを思っていたのではないのか」
「と、とんでもないです! いつになく、可愛いな……と思っていただけです!」
「ほぅ……」
や、やばい。これ、絶対怒ってる反応だ。
「フフッ……可愛い、か。あの御方が夢中になるのも分かる気がするな。アスティン、お前はどこかあいつに似ている。真面目で正直者で、憎めない所がそっくりだ」
「へ?」
「こうして長い時を一緒に過ごしていると、お前のことをとても気にかけてしまう自分がいる。まぁ、あいつは簡単に泣かぬが。涙を見せるアスティンは素直で可愛がりのある弟のように思える」
シャンタルは僕を見ているようで、どこかの誰かを想いながら語り掛けている。そんな気がした。
「アスティン、試練に備えてお前に盾の使用を認めてやる。使い方は忘れてはいないだろう?」
「は、はいっ。えと、盾だけですか?」
「お前に剣はまだ早い! 武器は無くとも護れるのが騎士だ。お前はここまで基礎ばかりしていて気付いていないが、確実に耐ええる身体になって来ているのは認めよう。他に必要なのは、何度も口にしているが」
「想いと心の強さ! ですよね」
「途中で私の言葉を遮る許可は出していない! 罰として、辺りを走って来い」
「えええ……」
「ほら、行ってこい!」
「はぃっ」
「アスティンか。カンラートとは似てもいないではないか。だが、放っておけない子だ。傍に置いておかねば心配で眠れぬ。ヴァルキリーのわたしが、このようなことを考えるようになるとはな」
シャンタルは優しい目で、精一杯走るアスティンを眺めていた。
「はぁはぁはぁはぁ……は、走って来ました」
「あぁ……」
「……えっ?」
彼女は突然、僕の頭を撫でて来た。思いがけないことに、動揺を隠せない。
「シャ、シャンティ……? ど、どうしたの」
「気にするな。時には褒めることもある……さぁ、次は盾を使ってバッシュの練習をしろ」
「わ、分かりました」
指示に従ってすぐに、盾を手にして攻撃防御の練習をするアスティン。彼を見ながら首を傾げ、シャンタルは自分の気持ちが分からなくなっていた。
「アスティンの情に絆されたか……? いや、気のせいだろう。在ってはならぬことだ」
※
「お呼びでございますか? フィアナ様」
「ヴァルキリー。数日後、わたくしは城下町を歩きます。その時に、アスティンを護衛として傍に付かさせます。もっとも、我が国の民は騎士を見たことが無いですから、石でも投げつけられるやもしれませんね」
「その点につきましては彼奴の頑丈さは保証致します。畏れながら……本当に与えうる試練はソレではないと思われますが」
「分かっております。ですが、わたくしは妹の婚約者である彼と町を出歩きたいのです。あの城にいた頃は、騎士と共に歩くことなど無かったことです。あの子はまだ見習い騎士ではありますが、幼き頃より比べれば、騎士として十分な心を備えていると感じるのです。まずは、試練とは関係の無い城下町の出歩きを許して頂けないかしら?」
「そういう御心でしたら私は御止め致しませぬ。しかしアスティンはまだ護衛を出来るほどの強き心を備えておりませぬ。殿下にもしものことがありましても如何ともし難く……」
「大丈夫ですわ。そういう時にはシャンタル。貴女がわたくし、いえ、アスティンを護るのでしょう?」
心の内を読まれた、そう思ったシャンタルはルフィーナにして、フィアナ王女あり。と同時に、敵わない相手であると認めた。
「畏まりました。では出来うる限りを以って、陰ながらご助力致します。ですが、くれぐれもご油断なきよう……」
「……ええ、承知致しましたわ」
※
「えっ? とうとう護衛ですか? な、何だかドキドキしてしまいますね」
「よいか、此度の護衛は試練の内に入らぬ。故に、さほど難しさを感じぬかもしれぬが、油断はするな」
「は! 見習い騎士アスティン、命によりフィアナ王女殿下をお守り致します」
アスティン初の実戦。シャンタルは彼のことが心配でならなかった。しかしこれを機に、彼も自分自身も、心を入れられればいいと彼女は思った。




