22.ルフィーナとカンラート:後編
「では参ろうぞ」
「ははっ」
アルヴォネン団長以下、騎士団総勢8名でレイリィアル城へ向かうこととなった。彼の全身は激痛が駆け巡っていたけれど、牢に閉じ込められているわたしの心の痛みに比べれば、どうということはなかった。
見慣れぬ鎧を纏う騎士団の行進に、城下の人の表情は一様に驚きを隠せずにいるようだった。他国を侵すつもりなど、騎士団には毛頭なかった。怪訝そうに見つめる民に申し訳なく思った彼らは、この時ばかりは心を閉ざして進むほかなかった。
「時にカンラートよ」
「はっ」
「何故、騎士の鎧を脱ぎ捨てて姫君と戯れていた?」
「それは……私からお願いした次第にござりまする。ルフィーナ姫の心の拠り所となるためにしたことでございます」
「……そうか。ならばよい」
「(恐らく、団長殿は分かられておいでだ。とは言え、此度のことは私の失態に過ぎない。姫様には詫びをするだけでは済まされないだろう。お助けしたらその時は……)」
「止まれ! 何用か」
「我らはジュルツ国王直属騎士団である。レイリィアル国王に取次ぎを願うものだ。門を開け、謁見の間へお通し願いたい」
「そこで待て」
「あい、わかった。では、問答無用で通らせて頂く」
門は数人の兵士で守っていた。だが時間をかけることは無用と判断して城内へ突き進む。ジュルツ騎士団の姿と威勢に、城の兵士たちは動揺し立ち竦んでいるようだった。
それでも全ての兵士が竦むことは無く、槍と剣を構えて向かって来ている。王と同様に、好戦的のようだった。
「カンラート。ここは我らが壁となろう。お主は牢へ向かえ。手傷を負っていても、牢の兵士ごときに負けはしないだろう」
「お心遣い、感謝いたします」
牢に閉じ込められてからどれほどの時間が経ったのだろう。わたしの心は寂しさを募らせるばかりだった。牢から見た外の世界は吹雪くことなく、陽の光が時折わたしの視界へ飛び込んできているくらい眩しい。牢番と話すこと以外に、わたしは横になって眠ることしか無かった。
今が何時なのか分からずに眠っていると、どこからかこちらへ向かって駆けて来る音が聞こえて来る。喧騒とは無縁のこの場所に、息を切らせながら懸命に駆ける足音。
瞼を閉じて暗闇が広がる中、待ち望んでいたひとの声がわたしを呼び起こした。
『ルフィーナ!!』
来てくれた。来てくれると信じていた。わたしと彼。互いの想いが通じ合った瞬間だった――
「カンラート!」
牢番の姿は無く、牢の扉は開いていた。気付いた時にはすぐさまカンラートのもとへ駆けて抱きついていた。
「あぁ、カンラート……やっぱり来てくれたのね! 待ちくたびれてしまったわ」
「すまない。だが俺もキミに逢いたかった! 敬愛なる我が姫よ……」
互いに抱き締め合い、互いを感じていると鎧で隠し切れない無数の傷が、わたしの視界に飛び込んで来た。
「カンラート、わたしのために……こんな傷を負わせてしまって」
騎士の鎧を外させたわたしのせいでこんな傷を負わせるなんて……わたしのせいで負わせてしまった。
「キミのせいではないよ……だから、どうか俺の為に涙を流さないでくれ。愛しの姫よ……」
彼に言われるまで気付かないほどに、透明な二粒の水滴をこぼし続けていた。彼の優しい指が涙の滴を拭ってくれている。彼の手はわたしの頬に触れ、冷血な王に叩かれた痛みを忘れさせてくれた。
「ルフィーナ。キミの痛みは我が痛み。こんな騎士の傍にいては申し訳が立たない。件の事が済んだら、キミの傍には他の騎士を……」
「馬鹿言わないで! あなたの代わりなんていないわ。そんなこと、わたしは許さないわ! わたしの騎士はカンラート、あなたしかいないの。だからお願い、城への帰還を遂げるまで、どうか一緒にいて」
「悲しませてすまない……分かった、キミの傍には俺が付いているよ」
互いの想いを確かめ合っていた中、団長の声が奥の方から届いた。
「カンラート、氷の門は開かれた。姫君と共に向かうがよい」
「ルフィーナ、共に行こう」
「ええ」
レイリィアル国王のいる間に辿り着くと、王以外の者たち全てが我が騎士らによって動きを封じられていた。私はルフィーナの傍に付きながら、彼女と王の成り行きを見守ることとした。
「……貴様らは何故此の様な事をした」
「わたしはあなたの国を侵すつもりも、滅するつもりもないわ。あなたとお話をしたかった。それだけのことよ。城下での行い、そして民と子供への行いは許すことは出来ない」
「ではどうする。他国の姫が余を断つのか?」
「どうもしないわ。こうするだけよ!」
静寂の中、心の痛みを伴いながらわたしの手は王の頬に当てていた。
「貴様!?」
冷血な王の頬に手を当てたと同時に、カンラートの前で流した涙の痕を消せないまま、再び涙は頬を伝って滴り落ちた。
「……何故、泣く」
「あなたと通じ合うことが出来ない、そんなわたしが悔しくて、悲しいからよ……」
「理解出来ぬ」
「……わたしはこの国が雪に囲まれて素敵だと感じていたわ。城下の民も温かった。貴方だけが心を閉ざしていた。開こうとしなかった。わたしはそれがとても悲しくて辛いわ……」
「……」
「王を守護する城の兵士たち、騒がせてしまってごめんなさい。わたしたちは明日、ここを発ちます。でもどうか、民や、国のみんなを慈しむことを忘れないで欲しいの。どうかお願い……」
「ルフィーナ」
「それでは、失礼するわ」
わたしの言葉は涙以上に、これ以上出すことが叶わなかった。居続けることの出来ない気持ちが込み上がり、王の間から踵を返して場を後にした。
「レイリィアルの国王よ。我が姫君の御心をしかと受け止め、変わることを期待する。我らはそなたらを侵すつもりはない。姫君と共に明日、発つ」
「アスティンの父君だったかしら? わたしとカンラートを見守って頂けて感謝するわ」
「ルフィーナ姫はご立派になられたな。我が息子も姫君に見合うくらいに成長を遂げているとよいのだが」
「それなら心配ないわ! アスティンならきっと、少しはマシになって帰還するはずよ! わたしはそれがとても楽しみなの」
「……ふ。ルフィーナ姫、そなたと共にゆく騎士カンラートをよろしく頼む」
「当然よ! わたしとカンラートは愛し合っているのだから!」
「ルフィーナ、待て……それは誤解を招く――」
「姫よ。くれぐれも息子を泣かせないように頼むぞ……」
「ええ」
「ではカンラート。しかと頼むぞ! レイリィアルについては我らが成り行きを見守る……お主は姫君を護れ」
「はっ! 必ずや」
わたしとカンラートは騎士団に助け出され、レイリィアル国を脱した。今回はわたしもカンラートにとっても、一つの試練を乗り越えた出来事だったに違いなかった。
騎士団とは別の道を進み、わたしたちは先の国へ向けて動き出した――




