20.捕らわれの姫君
20.捕らわれの姫君
雪原の国レイリィアルに来てからわたしたちは、城下の宿にいてばかりで全く国王には会えていない。おかげでわたしのいたずら心は日に日に膨らみ始め、カンラートで紛らわすことが多くなった。
アスティンと似た感じでいたずらをしていても違和感を感じなくて、ついつい彼に甘えるようになっていた。カンラートに抱く想いはアスティンに抱くものとは違うけれど、それでも彼の近くにいるとすごく安らいでいて、離れたくない想いが増すようになっていた。
そこにきて、扉の向こう側から知らされた国王の城下御忍びは、わたしとカンラートの運命を変えるのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなり、わたしたちは行動を起こすことを決めた。
「姫様。話の真意は定かではありませぬが、ここは民に混じって王の様子を窺うとしましょう」
「ということは、カンラートはわたしの兄様として振る舞うのね?」
「私が姫様の兄でございますか?」
「ほら、兄様。言葉遣いが違うわ。それと、服装もそのままだとおかしいわ」
わたしもカンラートも見た目ですぐにばれてしまうわ。ここは民として振る舞わなければ。
「……ルフィーナ。騎士の格好ではダメなのか? 万が一のことがあると軽装のままでは君を守れないんだぞ?」
「さすがに民に対して危険なことをするとは考えられないわ。でもそうね……危険なことがあったらどうにも出来ないのは困るわよね。いいわ、ダガーを腰に忍ばせることだけは認めてあげる」
「それなら何とかなるかもしれないな。しかしルフィーナ。キミに何かあっては陛下はもちろん、アスティンも悲しむことになるのだぞ? それでも私……いや、俺に兄を演じてもらいたいのかい?」
「あら、あなたは悲しんではくれないの? それに演じるのではなくて、あなたはわたしの兄様なの。これだけは譲れないわ」
わたしのせめてもの気持ちと想いをあなたには感じて欲しい。
「キミが何かあったら俺は……悲しむ前に俺もお伴するさ。だが、そうならないしさせるつもりはない。そうじゃないとこの先もルフィーナのいたずらやわがままを受け止めることが出来なくなってしまうからね」
「……カンラート」
わたしがアスティンを想う気持ちに変わりはないわ。それでも、カンラート……わたし、あなたのことが――
思わず言葉に出しそうになった所で、外から喧騒と言っていいほどの活気が聞こえて来る。
「ルフィーナ、どうやら来たようだ。今すぐ外に出よう」
「え、ええ。分かったわ、兄様」
レイリィアル城下――
宿の外に出てすぐにわたしはカンラートの腕にくっついて、甘えを見せた。カンラートも、わたしを妹として扱ってくれているのか、黙って素直にしてくれている。
「うふふっ、兄様と一緒にこうして歩けるなんてとっても嬉しいわ」
「ル、ルフィーナ……そ、そんなにくっつくな。恥ずかしいだろ」
「あら、どうして? わたしはこんなにも兄様が大好きなのに」
「こ、困る……ルフィーナが魅力的すぎて困ってしまうじゃないか」
「そうなの? そう言われるとわたしまで照れてしまうわ」
――こんなにも心が躍るのはいつ以来なのかしら。傍にいるのはアスティンでは無くて、騎士カンラートだと言うのに。わたしは兄様と妹と言う立場を利用して、彼への秘めた想いをこの時だけは隠すことなく開放させていた。叶わぬ想いだということも承知の上で――
国王様がお見えになられてるそうだ。「君たちも見に行くといい」と、近くの人から声をかけられたわたしたちは兄妹のスキンシップを止めて、王の姿を見に行くことにした。
国王とおぼしき人物は民衆の前からははっきり見えずにいた。それでも、明らかに物々しい出で立ちの兵士が脇を固め、近付く民を寄せ付けない態度と動きを見せている。
そんな中、子供が王に近付こうとして駆け寄って行くと、兵は囲いを解いて王の姿を堂々と見せつけ、子供を王の元へ走らせた。
「あら、子供には優しいのかしら。防御を解いて出迎えるなんて、冷血な王らしからぬことをするのね」
「……いや、あれは」
「――えっ?」
瞬きをした次の瞬間、目を疑う光景と、非道な王の姿を目の当たりにする。あろうことか、喜びながら駆け寄る子供を力の限りに払いのけ、道に投げ飛ばしてしまった。幸いなことに子供はすぐに起き上がったものの、何が起きたのか分からずに王の近くから逃げられずにいるみたいだった。
「ゆ、許せないわ……! あんな小さな子供を払いのけるなんて、一国の王がすることじゃないわ」
今すぐ子供の所に行こうとするわたしを制して、カンラートは子供の前に寄って庇っている。
「貴様は何者だ? 何故、余の邪魔をする……」
「俺はただの民だ。民の子は国の財産だろう? それが王のすることか! あなたはどういうつもりでここを歩いている? 王の威厳を見せつけるのはいい王とは呼べない」
「民風情が何をほざく。王とは威厳を見せるものだ。弱き王、民の味方をする王なぞ必要ではない。貴様の様な奴はこの国には要らぬ。こやつを捕らえ、牢に閉じ込めよ」
「お待ちなさい! その男を連れて行くことはわたしが許さないわ」
「ルフィーナ! 来ては駄目だ」
「……お前は招かれざる姫か。ではこの男は騎士だな。ますます許し難し……この娘も捕らえろ」
「わたくしはジュツルの王女、ルフィーナ。王を守護する兵たち、その武器を収めなさい! わたくしの騎士カンラートに手出しすること、許しませぬ」
冷血で非道な振る舞いを平気でする王は絶対、許さないわ。わたしはこんなことをされるためにこの国に来たわけではないのよ。子供や、民、そしてカンラートへの行いを許すわけにはいかない。そう思って、私は冷血な王の前に立ち塞がった。
「小賢しい小娘め……」
刹那、王が振りかざした右手はわたしの頬を容赦なく、叩いていた。途端にわたしの頬は赤みを帯びていて、痛みと痺れの様なものを感じたものの、負けることなく王をじっと見据えていた。
「……貴様!」
「好きなだけ叩くがいいわ。それでもあなたが王を名乗りたいのであれば、わたしはあなたを許すことは出来ない!」
「姫様っ!!」
あぁ、カンラート。わたし、やってしまったわ。でも、あなたが捕らわれたら悲しいもの。
「(騎士カンラート、今は耐えなさい。あなたにその子供を託すわ。どうか、その子を守り通しなさい。わたしのことは心配いらないわ)」
「……亡国の姫を捕らえよ。その騎士は棒叩きに処し、城下に捨て置け」
「は」
こうしてわたしはレイリィアル国王によって、牢に捕らえられてしまった。
どこまで冷血なのかしらね。他国の者を冷遇どころか、牢にまでご招待していただけるなんて……予想は出来ていたことだわ。やはりわたしを陥れる為の誘いだったのは明白ね。それでも、カンラートが心配だわ。どうか、騎士カンラートをお守りください。
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「ひ、姫様……ぐっ……」
やはり姫様に逆らってでも鎧を纏うべきであったな。ふ……他国の騎士と姫君にこの仕打ちか。情けないことだな。ここの王も、私も。それでも、城下で姫様と歩いた時の喜びは他に代えられようのない心を感じた。シャンタルに似た姫君……あなたに会いたい……
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――む、ここに倒れているはカンラートか!? 皆の者、至急にカンラートを手当てせよ!




