19.くつろぎの日々
「姫様。あの、先程からわたしが頂いているスープの量が目を離した隙に減っているのですが……」
「あら? それは気付かなかったわ。追加で頂いてくればいいのね?」
「いえ、姫様の手を煩わせるわけにはいきません。私が再度、行ってまいります」
そう言うとカンラートはすぐに立ち上がって、お代わりを貰いに行ってしまった。ふふ、いつ気付いてくれるのか楽しみだわ。
わたしとカンラートは国王に名を教えて頂くこともないまま、城を後にして城下の街の宿で暖を取っている。城の者と違って、城下の民はわたしたちを温かく出迎えてくれたのが意外だった。心を閉ざしているのは城の者だけで民とは関係のないこと。このことがわたしには分からないことだった。
「姫様、戻りました」
「早かったわね。それは何かしら?」
「はい、麦のパンも頂きました。これでお腹を空かせることはないでしょう」
カンラートはスープのお皿とパンを机に置き、すぐに口にすることなく窓から外を見遣っている。わたしはその隙に、彼が持ってきたスープを口にして麦パンも頬張ろうとした時だった。
「――ルフィーナ」
「あ、あら? な、何かしらカンラート」
「おかしいと思っていたが、ルフィーナの仕業だったか。何故、人の物まで欲張ろうとする! キミも少しは王女殿下としての品格が出て来たと思っていたのに、てんで変わっていないではないか」
「あ、あはは……ひ、人は簡単には直らないものよ。それに、わたしはいたずらを直せだなんて言われても嫌よ。こればかりはやめられないし、やめてはいけないことなのよ」
「なるほど……アスティンの苦労と涙の理由が今、分かった。ルフィーナは女の武器を使ってはいないが、アスティンにはそれで十分すぎる程の攻撃だったというわけだな」
「女の武器って何かしら?」
「ふっ、ルフィーナが使っても嘘泣きにしかならないだろう。見え透いた嘘や、分かりやすいいたずらと同じだしな。それにこの国の王に通用するとは思えないからな」
「ふぅん。カンラートも言うようになったわね、本当に。カンラートだって同じじゃない! 武器は滅多に使うものではないのでしょう? わたしも武器は使わないわ」
そう言えばカンラートが剣を使ってる所を見たことがないわね。ほとんど盾か、通常の投げや払いしか見ていないわ。
「騎士が剣を抜くときは戦場での時か、必ず護らなければならない時だ。今みたいにルフィーナの傍にいる時には使う機会もないよ」
「じゃあ、アスティンが正式に騎士として認められた時でも剣は使わないの?」
「いや、それを決めるのはキミだよ」
「何のこと?」
「ルフィーナ。キミが王女になった時の初めての命は、アスティンを正騎士として任命することなんだ。もちろん彼を認めるには、いくつもの試練を乗り越えた証が必要ではあるけどね」
「わたしがアスティンを認めなければいけないということ? それではわたしが認めない限り、アスティンはずっと、見習い騎士のままということになるの?」
「そうだよ」
「そ、そんな……そんなこと」
「出来ないかい?」
「そんな面白いことが出来ると言うのね?」
「ル、ルフィーナ……キミって子は。とは言え、彼も今は試練の最中だろう。そしてその試練は、想像を絶するものなんだ。そうした苦労も伴うということを心に留めておいてくれ」
「ええ、もちろんよ。あなただってその試練を乗り越えて来ているじゃない。だから今こうして、わたしの傍に付いてくれている。あなたがいてくれて本当に助かっているのよ。わたしの騎士がカンラートで良かったわ!」
「姫様……私めには勿体無いお言葉。私こそ、ルフィーナ姫と共に居られて光栄ですよ」
コンコン……
「ルフィーナ姫はおいででしょうか?」
「我が姫君に何か?」
「我が王が城を出て、城下の街へおいでになります。故に、姫君にはお知らせ致したく参りました」
扉を開けずに声だけを聞かせて来るなんて、思いきり怪しいわね。ここはカンラートの言う通りにした方が良さそうね。
「お知らせについては、誠に感謝致す。せっかく来て頂いて申し訳ないが、姫君は休まれておいでだ。この事は姫君にお伝えしておきます故、このままお帰り頂いてもらう事をお許し願いたい」
「畏まりました。では、そのように……」
冷酷な王が城下の民と戯れでもするのかしら? 何かキナ臭いわね。それもわざわざわたしに知らせるなんて。
「姫様。この国の王が何を考え、何を企んでいるのか分かりかねます。しかし、民の前に姿を現すということであれば、人柄を見る機会ととらえるべきでしょうな」
「そうね。企みが何なのかは分からないことだけど、民とどれだけの絆があるのかを確かめられるのは確かね」
危険が無いとは言い切れないわ。それでも、わたしにはカンラートが付いているもの。臆することなんてないわね。
「騎士カンラート。城下の街で国王の姿を確かめるわ! お供してちょうだい」
「はっ! 姫様には指一本、触れさせぬ壁となってご覧に入れましょう」
フフ、機会を頂いたわ。何が起こるかは分からないけれど、必ず、閉ざした心をこじ開けてやるわ。




