18.冷血に注ぐ熱き氷
ジュルツ城――
「……そうか、会ったか。よい、下がれ」
「はっ」
「陛下、あの子とアスティンがお会いしたのですね?」
「うむ。ヴァルキリーは厳しい心を持ってはいるが、アスティンの気持ちを汲めぬほど冷たくは無い。故に彼女に命を下していたのだが、上手く行ったようだ」
「それではアスティンは騎士として成長している……そうなのですね」
「もちろん試練はこれからであろうし、それだけではないだろうが、彼奴の意志は固まったようだ」
国王の娘であるルフィーナ姫。そんな彼女にも乗り越えなければならないことが待ち受けている。愛娘でお転婆娘の彼女を、国王であり父でもある彼は、何も心配などしていなかった。むしろそのことにどう感じるのか、それだけを考えていた。
「残るは我が娘……か」
「あなた、ルフィーナでしたら何も心配も問題……はありますけど、幼き頃より変わらない慈しみの心を持てばきっと、変えて行ける。そういう娘ですわ」
「ふむ。そうだな……ガンディスト国での報告を聞いた時はどうなることかと気を揉んでいたが、その後は思った以上に成長をしているようだな。姫と見習い騎士……ふ、あの子らが帰還する日を楽しみに待つとしようか」
× × × × ×
「カンラート、だいぶ冷えるわね。ここからあとどのくらいで着くの?」
「もうしばらくの辛抱ですよ。姫様、窓から外をご覧ください。間もなく国境に差し掛かりますが、わが国では見られない光景が視界に入って来ることでしょう」
「あら、それは何かしら?」
「私の言葉で聞くよりも、姫様ご自身の目でご確認頂くと、喜びも感動も一入でしょう」
カンラートの言葉を信じて国境を越えた辺りから、外の様子を窺っていると、一面に広がる雪景色がわたしの視界に飛び込んできた。雪の白さが寒さと陽の光に相まって、とても眩しく感じられた。
「カンラート、すごいわ。わたしの視界を純白で埋め尽くしているわ!」
「姫様にとっては初めての光景ですよね。我が国は南に位置しておりますから、寒さと雪には無縁でございました。外に出られると一層の寒さを感じられるかと思いますが、喜びの熱さで寒さも吹き飛ばれるかと思われますよ」
「ふふふっ。あなたもだいぶわたしのことを分かって来ているのね。その通りよ!」
カンラートはホッと息をついた。ルフィーナ姫が、とても健やかに過ごしているのを目の当たりにしたからだ。むしろこれから訪れる雪中の国家で、心を保ち続けられるかを心配していた。
「果たして氷は上手く融けて下さるだろうか。いかに姫様であろうとも、上手くは行かぬだろう」
レイリィアル国・城門――
「止まれ! 何用か」
「失礼した。我が名はジュルツ国、騎士カンラート。こちらは、ジュルツ国、姫君ルフィーナ様でございまする。此度、こちらへ参ったことはすでに伝わっているかと思われますが……」
「そこで待て」
一筋縄では行かない閉ざされた国。それが、レイリィアル。自分たちの意思など、まるで関係が無い国は本当のようだったとカンラートは感じた。国内に入らなければ姫に申し訳が立たない。それどころか、失礼極まりないと思う彼は焦りを見せていた。
「カンラート、何故進まないのかしら?」
「あっ、も、申し訳ございませぬ……ま、間もなく入国出来るはずです」
「そう? では馬車の中で待っているわね」
ここで追い返されるのではないだろうか。彼は馬と御者のことにも気を揉んでいた。もし長き刻を待たねばならぬ場合は、戻らざるを得ないのではないのかと心配を募らせていた。
「……許可が下りた。進め」
「承知致した」
さすがに国内へは入れることを知り、一先ず胸をなで下ろすカンラート。
「姫様、もうすぐ地に足をお付け出来まする」
「分かったわ。カンラートもようやく一息つけるようで何よりだわ」
レイリィアル城――
「姫様、この先が謁見の間でございます。御足元にお気を付けてお進みくだされ」
「ええ、ありがとう。それにしてもわたし、何か悪いことでもしたのかしら?」
他国の人間を受け入れない態度を示すレイリィアル。さすがのルフィーナ姫も気付いていたことに、不安を覚えるカンラート。
「お初にお目にかかります。ジュルツ国より参りました、騎士カンラートにござりまする。こちらは、我が国の姫君にして、次期王女殿下であらせられる御方、ルフィーナ・ジュルツ様にございます」
「ルフィーナ・ジュルツですわ。以後、お見知りおきを賜りますようお願い申し上げますわ」
「……して、何用か?」
「此度は、ルフィーナ姫との親睦を賜りたく……」
「我が国の領土を侵す為に来たのではないのか?」
カンラートの心中は穏やかではいられなかった。
「(なんたる無礼! なんたる言い方だ。それが国の主の言葉だと言うのか? 姫様に失礼にも程がありすぎるではないか!)」
「あなたは国王陛下……なのかしら? こんなにも素敵な白銀の草原が広がる中に住まわれているのに、心は凍てついて、固まっているのね。どうしてそんなにも威嚇をされておいでなの?」
「……答える義理なぞない」
「姫様に無礼ですぞ!」
「カンラート、お下がりなさい。それでもいいわ。わたしは雪の生まれない国より、こちらへ参りましたわ。穏やかで暖かいジュルツの温もりで、閉ざされた氷を温めて差し上げますわ」
「余は失礼する」
「なっ……!?」
「構わないわ」
名も名乗らずに中座する国王に、彼はルフィーナがいる前で、地団駄を踏んで怒りを露わにしていた。
「なんたる態度、なんたる愚行。一国の王がすることではない!」
「カンラートも熱くなることがあるのね。ふふ、初めの頃とは大違いね」
「ひ、姫様。め、面目ございませぬ。し、しかし……」
「この国に春は訪れるの?」
「いえ、北に位置しているレイリィアルは年中、雪が降り注ぐ地でございます。ですから、自然と人々の態度や言動にも表れてしまっているやもしれませぬ」
「そうなのね。陽の光が鏡のように反射して、とても美しい世界が広がっている所なのにそんなにも閉ざしているだなんて勿体無いわね」
「も、勿体無いでございますか?」
「そうよ。それならそれで少しずつ融かしていければいいわ。せっかくこうしてこの国に来れたんですもの。わたしは必ず、国の人たちの心を動かして見せるわ。カンラート、長く滞在することになるかもしれないけれど、よいかしら?」
「ははっ! 騎士カンラート。ルフィーナ姫様のご意思を尊重して参る所存でございまする」
「(ルフィーナ姫様は本当に随分と成長された。今すぐ王女殿下とお呼びしても問題の無い位に、ご立派な御姿と気品をそなえられた。何よりも歳を重ねられて、美しさは一層の輝きを放たれておいでだ)」
「カンラート? どうかしたの?」
「い、いえ。姫様に見惚れておりました」
「ありがとう。でもそれは、あなたの想い人さんに言ってあげてね」
「はっ」
色んな国を見て来たけれど、ここは頑なすぎるのね。ふふ、いいわ。わたしを泣かせて追い出そうと言うのなら、容赦なく向かわせていただくわ。まるで意地を張った子供の様な国は、わたしが何とかしてみせるわ。




