最弱の意志
最弱とは、心の強さこそが、その真髄である。
「アスト君の……お母さんが……」
「ああ。母さんは、死んだんだ。俺が生まれた時に」
「ヴァリアードの死より、三年後。つまり、僕達が生まれた年に、アストさんは生まれました。しかし、それでは最低でも、三年。彼の母であるレイラさんは、アストさんを三年もの間、その体の中に維持し続けた事になります」
リエルは、どこか哀しげな声で、さらなる事実を告げる。
その言葉に、すぐさまレーネが疑問を吐く。
「三年……!?それって、現実的に可能なの!?」
「ええ。ですから、僕の中では、2つの疑問があります。レイラ・レーヴァテインが特殊な能力を持っていたのか――ヴァリアード・レーヴァテインが、今も生きているか」
それを聞いた全員が、有り得ないと思った。そして、ニサムが小さく呟く。
「バカな……」
「現実的ではありませんが、下手に否定も出来ません。少し前なら兎も角、今の時代では、人間族は『能力』を持ちます。それは可能性だけで言ってしまえば、どんな有り得ない事象も、実現することを可能にするのですから」
「死んだとされているヴァリアードが、生きている可能性も、か……」
ウルファは、その可能性が存在することを理解している。そして、ウルファに限らず、ここにいる全員が。
「今のリエルが提示した可能性が有り得る確率は、どちらも0.1%以下だ。本来であれば、即座に有り得ないと断ずるべき可能性だ」
ニサムの計算は、そう告げたらしい。
しかし、それをチュルネが否定する。
「その0.1%を100%にするのが、能力なんでしょ?アタシの【断絶】と同じように」
「ええ。だからこそ、全ての可能性を考えなければいけません。一歩間違えれば、取り返しがつかなく事すら、有り得るのですから……しかし現状、僕が気にするのは別の事です」
「えっと…………」
困った様子で、アリスが何かを考えている。
「……アリス?」
そんな姿が少し心配になって、声をかける。
すると、やっとといった感じに、アリスが俺に話しかける。
「あ……えと…………アスト君は……どうして……世界を征服しようとするの……?」
「そりゃ、世界が戦争なんてつまらない事をまた起こそうとして」
即座に返す俺の言葉を、即座にアリスが否定する。
「ちがう……アスト君は……もっと別の……革命を……起こそうとしてる……?」
「…………」
俺は、黙った。いや、黙ってしまった、といった方が正しいだろう。
「……あっ……えと……ごめんね……変な事――」
「惜しいな」
「えっ?」
アリスは驚いたみたいだ。まあ、あり得ないと自覚している言葉が、全く違った訳ではなかったのだから。
そして俺は、惜しいと言った理由を告げる。
「革命を起こそうとしたのは、俺じゃない。俺の親父だ」
「アスト君の……父さんが……?」
アリスは静かに驚く。
そして俺は、とある事を決める。
「1つ、面白い事教えてやるよ。俺の親父の能力の事」
「……前々から気にはなっていました。何故、ヴァリアードは世界に反逆したのか?」
「親父の能力は、すっげーシンプルなモノなんだ」
「彼は、政治家の中でも、特に高い地位にいました。世界中の常識を変えるとまでは行かずとも、世界的にも大きな発言件を有していました。加えて、そのような位置にいるのであれば、自分が望む方向に政治を進めていたでしょう」
「親父は革命しようとしたんじゃない。能力によって、革命する事を強いられたんだ」
「であるならば、それに相応の理由があったハズです。そして、僕が考えた中で、僕が最も有力だと考えているのは――」
「親父の能力は、【革命】。――意思を持った能力だ」
「彼の能力が『意思を持つ能力』である可能性です。そして、能力の内容は――」
「――自分が知り得る、全ての世界の意識を、自分の手で変えるまで、自身が滅ぶ事が無くなる。それが親父の――」
「――それがヴァリアードの能力であった。これが僕の考えた、僕自身が最も有力だと思う説です」
「能力が……意思を持つ、じゃと……!?」
「つーか……自分が知り得る世界を変えない限り、死なねえってのか……!?」
二人の疑問も、もっともである。そのような能力は、現状において存在しないと同義である故に。
そして、クピディの言葉が、更に動揺を引き起こす。
「有り得ない事じゃないのよ。過去に一度、意思を持つ能力を宿した人間がいたわ」
「ええ……旧世界連合創立者。ヴァイル・レビンズがそれに該当する、とされています。そして彼の能力は、【名王】。自分が知る世界中に、自分が認識されない限り、死なない能力です」
「何か……似た雰囲気の能力だな」
ウルファがそう言うのには、世界と不死の共通点がある故に。
「意思が無くとも、これらの様な世界中に関わる能力は存在しました。政府はこの能力を『特異能力』の中でもさらに強力な、『世界能力』と呼称することにしたのです」
「『世界能力』……何だか、実感がわかないね」
この世に五と無いそれに、センカは冷静に、自分の思った事を言う。
「世界。アスト。該当?(世界中に影響する能力であれば、アストの能力も該当しないのか?)」
少し間を置いて、メリアーネが疑問を投げ掛ける。
その言葉の意味を理解してから、リエルが言う。
「……アストさんの能力は、政府に知られていません。内容も、数も。それに彼の能力は、ある意味で『特異能力』とも『世界能力』とも、一線を画す能力ですよ。強いて名付けるなら――『心能力』、ですかね」
「意思を持った……不死の能力……」
驚くのも、無理はない。そんな能力、俺だって聞いた事がないから。
だが、不死は不死でも、条件があった。死なないための条件が。そして、それはあくまで革命を起こさなければ有り得なかった。だが、親父は革命を起こした。それが意味することは、ただ1つ。
「……親父は死んだ。確かに、な。けど、それは俺が生まれる三年前じゃない。俺が生まれる一年ぐらい前だ」
「え……それじゃあ……」
「……革命は、成功とも言えない成功だったらしい。だが、親父が死んだことは、親父が知る世界、その全ての認識が変わったことを意味したんだろうな。多分だけど」
全部理解できてるのは、きっと親父だけだ。
「アスト君は……悲しくないの?……お母さんも……お父さんも死んで……」
「最初は悲しかったさ。同時に、孤独感も感じた。皆、親ってのがいる中で、俺だけが違った……ここら辺を考えると、俺はアイツに親近感でも感じてたのかな」
ふと、昔の記憶が蘇る。
ただ独り、何ともない疑問を、何にともなく問い続ける少年と。
ただ独り、孤独に悲しみを感じ、ずっと孤独でいつづけた少女。
「でもさ。アイツに会って、少しだけ変われた。最初は俺自身でも気づかないような、俺自身の我が儘だった」
独りでいつつげた少女の手をとって、何処かへとつれ行く少年。
「仲間がいたって、勝手に思い込んで。ちょっと嬉しかったんだ。俺と同じなヤツがいたんだって」
そこは――丘ではなく、学院の屋上。
「一年ちょっとだった。でも、その間で、アイツは変わっていった」
悲しげだった少女が、見知らぬ人達と仲良くなり、少年がまた孤独に包まれたとき。
「つまんなかった……いや、悔しかった。それでも――嬉しかった。俺に向かって、『昔みたいに楽しませてよ』、なんて言ってくれてさ」
それは、少女が悲しげな少年の手をとって、あの時と同じように学院の屋上で、星を見上げた。
「アイツが俺に道を示してくれた……アイツが俺に希望をくれた。そして、だからこそ――悲しみは深かった」
――夕暮れ。少年は独り、墓石の前で項垂れる。
「あの時、俺は決めたんだ。俺がアイツのようになるんだって。俺を救ってくれたように、俺も誰かを救うって」
いないはずの少女の声が、ただ幻のように響く。
「アイツみたいに――『楽しい事をしようよ』ってさ」
少年は変わった。少女のように。
「だから、俺を変えてくれたアイツの想いを無駄にしないためにも、俺は楽しい事をやりつづける。つまんなさそうにしてるやつがいたら、無理矢理にでも楽しくさせてやる。それが、アイツのやり方だったから」
再び、少年は少女の手をとり、駆け出す。その先は、学院の屋上ではなく、とある丘で空を見上げる二人の姿が過る。
「……想い……」
「……アイツの名前は、フィア・ナルシェルス。人間族で、能力を持ってたんだ。能力は【心渡】。能力を与える能力だ」
「ふぇ……?」
一瞬理解できなかったのか、アリスの口からそんな声が漏れる。それを気にせず、俺は続ける。
「俺のこの能力は……フィアに貰ったんだ」
不慮の事故により、息絶えかけた状態で、少女は少年に手を伸ばす。淡い、命の灯火にも見える光は、少年の体内へと入り、少年は能力を得た。無能から能力を持つ者へと――最も大切な命を、犠牲に。
俺は、ゆっくりと。あの時のことを、思い出していた――
いつも通りの日々だった。
ただ、少年は少女と森で遊んでいた。
いつも通り、ただ遊んでいただけだった。
だが、それは壊された。
一本の木の陰から、誰かが短刀を投げる。
それは少年に向かい飛んでいた。
だが、少女はそれに素早く反応し――自らを盾にする形で、少年を守った。
少女の周りは、血で赤く染まっている。
「フィア……ねえ、フィア!」
そこに、少年が駆け寄る。
少女がその声を聞き、目を開ける。
「アス……ト……?」
「フィア……大丈夫だよね……死んだりしないよね……?」
「あ……はは……どう、かなぁ……」
少年の心配を他所に、少女は笑って返した。
しかし、少年も、少女自身も気がついていた。少女は、どうあっても助からないと。
「ねえフィア。これから沢山、いろんな楽しい事があるんだよ?いろんな事をして、いろんなものを見て、いろんな友達が出来たり……」
「そう……だね……」
必死に言葉を並べる少年。だが、言葉を並べるだけでは、生き長らえさせることなどは不可能である。
「死なないでよ……だって、まだ楽しい事があるんだよ……?ここで死んだら、全部……全部、ダメになっちゃうんだよ!?」
荒げた声は、悲しみに満ちていて、少年は今にも泣き出しそうだった。
「……う、ん……もっと……アスト、と……一緒に……いろ、んな……こと……」
「ダメだよ!死んじゃったら!もう……もうフィアとも会えなくなるんだよ!?それでいいの!?」
この時、少女の意識は遠ざかりつつあった。
少女は、せめて最後にと、少年の名を呼ぶ。
「…………アスト……こっち……」
「……何?」
少女の手は少年の頬を包み、少女からは淡い光の玉が、3つ漏れ出す。
「……お願い……私は……もう、ダメ、だから……せめて……これで……この、力で……」
「フィア……?」
「…………世界に、いっぱい……楽しいって……気持ち……広、げて……あげて……?」
この行為の意味を知った少年は、さらに声を荒くする。
「ヤだ……イヤだよ!フィアがいなくなるなら、能力なんてあっても意味なんてない!いらないよ!フィアが生きてよ!能力なんて一生無くたっていい!だから……だから……!」
「……私は……一緒に……いる、よ……この力が……その……あか…し……」
淡い光は少年の中へ消え、少女の意識が消え行く。
「フィア…………」
わかっていた。しかし、認めたくなかった。
「ねえ……アスト……最、後に……1つ、だけ……」
「…………」
少女の手は少年の顔を引き、その唇と唇を重ね合わせる。
そして、少女の顔が離れる。
「アスト……大好き………だったよ…………だ、か……ら…………い、つ……か………また……もう…一……度…………あの……空………を………………」
少女は、泣いた。泣きながら――目を閉じた。
「フィア……ねえ、フィア……フィア…………目を開けてよ……まだ、おやすみの時間、じゃっ……」
少年から、涙が溢れる。涙は少女の顔に落ちても、少女の目が開くことはない。
少女から返ってくるのは、何時までも続く沈黙であった。
「……………………」
「フィアっ……ねえ……おきてよっ……ねえっ……フィア……う…ぐっ……ねえ……ねえ……!」
少年は、泣きながらも必死に、物言わぬ亡骸に、訴え続けた。
――傍に咲いていた青い薔薇は、血を被り、紅く染まっていた。
後に来た大人たちが来たが、すでにフィアに命はなく。
とある木の傍には、とある『カード』が落ちていた。
それは、とある組織を証明するカード。
――『アリスの信徒』。それから少年は、その存在を追い続けた。
「もう、決めたんだ。つまんないことも、悔しいことも、辛いことも、悲しいこともある。でも、それも全部ひっくるめて、『楽しいこと』にするんだ。それが、俺とフィアが望んだ事だから」
「フィア…………うう……?」
みると、アリスが頭を抑えている。
「……アリス、どうした?」
「えと……フィアっていう人を……私は、知ってる……?」
「え?」
「……何時も元気で……皆を引っ張って……ちょっとワガママだけど……優しくて……」
「何で、アリスがフィアの事……」
気になって、質問を投げ掛けた、その時。
「う……ああっ!」
突然、アリスが苦しそうにして――
「アリス!?おい!」
「え……あ……【心結】……?」
能力の名を、呟いた。
「『心種能力』?なにそれ」
初めて聞いたであろう言葉に、チュルネが不思議そうにする。
「能力名に『心』の文字を持つ能力の、個人的な総称です。例外なく戦闘的要素を持たず、人同士の関わりなどによって、真髄が発揮されます。それに……幼少期からアストさんを知る人なら、一人だけ心当たりがあるはずです。アストさんでも、アリスさんでもない、ソウルシリーズの持ち主を」
「……フィアの事かい?」
仲良くなったのは数年前ではあるが、センカは昔からアストを知っている。幼いアストと、その傍らにいた少女も。
「ええ。【心渡】と言われる能力の所持者ですね。能力の詳細はわかりませんが、死の間際に三回アストさんに使ったことが分かっています」
「そして、アスト君の持つ能力全てが、『心』に関与している。偶然にしては、出来すぎてるね」
それについては、リエルも同様の疑問を持っていた。
「フィア。能力。全部。心?(フィアの能力で渡される能力は、全部『心』の文字を持つのかな?)」
「恐らくはね。確証もなければ、試す事もできないけど」
試す事ができない理由は、言うまでもないことだ。
そこに、暫く黙っていたウルファが、口を開く。
「あー。ちょっといいか?」
「なんですか?」
「話をぶった切っちまうみたいで悪いがよ……なーんか、こう……地に足の付かない感じって言うか、ふわふわしてるって言うか……」
「言われてみれば、確かに……」
レーネも同じ感覚を覚える。
みると、全員がそう感じ始めていたようだった。
「……気づいてなかったんですか?」
1人、冷静なリエルが口にする。
「むしろ、どうしてお前はそんなに冷静なんだよ……」
「……はあ……皆さん、あれを見てください」
そう指を差した先には――
「んだよ、ただの山じゃねえか。あれがどうかしたのか?」
「何か気になる点は?」
「はあ?んなもんあるわけねえだろ」
「…………む?あんな場所に、山なんてあったかのう……?」
「あ。それアタシも思った」
ふいのミューリエスの発言に、チュルネが反応する。
「私のメモリーデータに、あの座標に山など存在しない」
その一言で、全員が首をかしげる。
「となると……山が現れたのか?」
そのレーネの疑問は、即座に否定される。
「違います。大地その物が動いてるんですよ。さっきウルファさんが言ったのは、大地が浮いてるせいでしょうね」
「「「……は?」」」
その場の、殆どの人間が、そう口から溢した。
「試しにニサムさん。ちょっと地面の底を調べてください」
「う、うむ…………――10メートル程深くに、特殊な金属が確認された」
「じゃあ次です。地下深く、それ以上に深くを、広い範囲で調べてください」
「む………………」
機械族とは言え、少し時間がかかるようだ。
そうして待つこと、10数秒。
「……膨大な量の、特殊金属の反応が……確認された」
「はい。ニサムさんはもう気がついていると思いますが――これは、古に開発された、超巨大特殊移動要塞式戦闘型機械族。まあ、要するに――ちょっと特殊な戦艦です」
その場の殆どの人間が、口を閉じることが出来なかった。
偶然立ち寄った猫は、呑気に欠伸をしていた。
「ふん……ヴァリアードは、あんなモノを隠し持っていたのか?」
「古代の産物だ。偶然見つけたと判断するが妥当……しかし、どうかな……」
「……ヤツはアレを最初から知っていたと?」
「あり得ない訳ではないさ。時に偶然は、その名を借りた必然によって、引き起こされる……」
「相変わらず、貴様の言う事は難解なものだ」
「ふっ……」
「……手始めに、我は1万程度の軍勢でも送るが……貴様はどうする?」
「ふむ……静観するとしよう。そのような大所帯では、兵同士での争いが起きかねんからな。……しかし1万とはな。手始めにしては、やけに数が多いではないか」
「この程度も退けられぬようであれば、世界の危機などとは到底呼べん。ここで死ぬようであれば、ヴァリアードの血を継ぐものであれども、所詮はその程度だったと言うことだ」
「……今でも覚えている。千万に及ぶ軍勢が、たった1人に止められたと知らされた時の、あの感覚……フッ……」
「さあ、貴様らが本当にヴァリアードの息子であるなら、止めて見せるがいい……まずは地球からだ」
「へえ……アメリカが動くんだ。……よし」
「どうしますか、姫様」
「軍に通達。1万人ぐらい、手助けついでに送っといて。ボクも、ああまで言われたら、長くは待ってられないよ。小手調べだ。構成や作戦は軍に一任する」
「わかりました」
「さてと、ボクら――『ドイツ』とアメリカの軍勢、どう対処するかな?」
――ヴィレッジェナード学院、
ポーンと、何かの音が響く。
「……ッ!」
そして突如、リエルが携帯を取り出す。
「お、おい。どうした?」
ウルファの言葉に反応する様子もなく、リエルはただただ、携帯を操作する。
そして、1つため息を吐いてから。
「……早いですね。何が合ったのかは分かりませんが、相当な大所帯です」
「だから、何の事だよ」
「アメリカとドイツが、それぞれ1万……合計2万人の軍隊を、こちらに寄せてくるようですね」
「に……2万!?それって、無茶じゃない!?」
チュルネが驚くのも無理はない。ヴィレッジェナード学院で戦える人物は、精々200人程度しかいないのだから。
「すぐに、とゆう訳ではありませんが……1日もあれば、こちらに着きます」
「1日で、2万もの兵との戦闘の準備をするんだね」
センカが改めて状況を認識させるように言う。
「俄然。燃える」
「2万……勝率は、数で言えば0.1%以下だ」
「こんな時に、アスト達がいないとは……確か、ヴィレッジェナード学院も3学年が旅行中だったハズだし……かくゆう私たちの学年も、半分以上が様々な理由でいないのだがな」
「はあ……もう少し、調整しておきたかったのですが。……皆さん、このあと……よければ今すぐにでも、見せたい物があります」
「見せたいもの?んだよ、そりゃあ」
「見ればわかります。それで……準備をしてからか、今すぐにか。皆さんはどうしたいですか?」
「別に、アタシは今すぐでもいいけど」
「私も、問題ないわ。それに善は急げとも言うし。早いに越したことはないから」
「僕も問題は無いよ。……あ、店の手伝いが……」
「今日。店。休み」
「え?……あ、本当だ。ありがとう、メリア」
「……別に……言っただけ……」
「問題ない。スケジュールには、余裕がある」
「わしも、それほど重要な案件があるわけでもないしのう。今からでも大丈夫じゃ」
「俺も問題ないぜ!楽しそうだし、さっさとやっちまおう!」
「んー、えーと……予定は無かった気がするから、私も大丈夫だと思うよ!覚えてないけど!」
「わかりました。では、ここにいる全員がいいとゆうわけで――…………?」
「どうした?」
「……いえ……1人、足りない気がするのですが……」
「なに言ってんだ。さっきからずっと俺達だけだろ?」
「ですが……確か、天使族の人が――」
「天使族?何言ってんだ。うちのクラスに、天使族なんていないだろうが」
「……それもそうですね。すみません」
「疲れているのではないかのう?休んだほうがよいと思うが」
「いえ、2万もの相手をするのです。休んではいられませんよ」
そんな中、メリアーネが、教室の隅に、何かを見つける。
(白い羽……?なんだろ、これ……)
それを見つめていた――その時。
キイイィィィィン、と。
メリアーネの脳内に、甲高い音が響く。強烈な耳鳴りのような、そうでないような。
「……う!?」
「?……メリア?大丈夫かい?」
声をかけられ、目をさます。
鳴っていた耳鳴りは、突如として収まり、そこにはセンカの心配そうな顔があった。
「……うん……大丈夫……」
「そっか。なら良いけど……無理はしないでね」
メリアーネは、耳鳴りとともに脳裏を過った、謎の天使族を気にしていた。
(……何だったんだろ)
ヴィレッジェナード学院、屋上。
そこには、天使が二人いた。
「……しかし、不便だな。クピーディエ」
甲冑を着た、騎士のような風貌の天使が、そう話しかける。
髪は白く長い。眼は紅く、鋭い。纏うオーラは歴戦の騎士そのもの。それは、一介の兵ではないことを感じさせる。
「いいのよ。仮に疑問を持っても、そうそう気づいたりはしないわ。それにしても、久しぶりかしらね?ヴァルキュエちゃん?」
「こうやって会うたびに、彼らの記憶を一時的に操作しなければならないとは……」
「あら。心が痛いのかしら?」
「……罪悪感はある」
暗い顔で告げる。
「……そう」
(それはつまり、心が痛いって事じゃないのかしら……)
そうは思うが、口にはださない。
「それはそうと、報告は?」
「何も分からないわ。能力が『カオス』による物なのかについても、全くよ」
「そうか……」
ここでクピーディエは、気をほぐすついでに、カマをかけることにする。
「……そう言えば、少し遅れちゃったけど――結婚、おめでとう。どうせ相手はあの悪魔でしょう?」
「へっ!?」
「顔を見ればわかるわ。まあ、結婚までは行かなくても、お付き合いは始めたのかしら?」
勿論ブラフだ。確かに恋愛ごとについては表情からある程度読み取れるが、そこまで万能ではない。そしてそれは、大当たりを引く。
「な、なな何を言っている!?そもそも私は仕事で忙しく、恋愛など――」
「仕事で忙しくて、会えないって?まあ、彼も彼で忙しいみたいだし、いいじゃない。べリアだっけ?」
「…………そう、だ」
少しだけ、ヴァルキュエの顔が赤くなる。
「そうねぇ……この仕事が終わったら、せめてデートでもしてきなさい。仕事は私が持つから」
「で、デート!?……し、しかし……ベリアの予定が空いてるかも分からないのでは……」
「私にツテが無いと思ってるの?そこはうまくやるわよ」
「……服も、何を選べばいいのか……」
「適当に雑誌でも送りつけとくわ。何なら、私が直接指導してもいいわよ」
「他にも、髪型が変だったり、鉄臭かったり、汗臭かったり……しないだろうか……」
「大丈夫よ。条件だけで言えば、あっちも同じようなものよ」
どちらも仕事尽くしに変わりはない。
「う、うう~~…………!も、もういい、私はフィネア様の下に行く!あの方は自由で掴み所がなくて、暴走気味だからな!そう、そのほうがいい!」
恥ずかしくなってきたのだろう、会話を切り上げようとするが――楽しくなってきたクピーディエは、これを逃さなかった。
「ええ。それでいて、ちゃんと結婚してるものね」
そして、ヴァルキュエの精神にダメージを与える。
「~~~~…………!もういいから!さっさと任務に戻れ!」
「あらら。頬を染めちゃって、可愛い~♪」
尚も追撃。
「む……ぐぅ……!」
「あらやだ~!この子ったらウブでホンット~に可愛いわ~♪」
とてもいい笑顔と、とても赤い顔が対峙する。
「こ、これ以上辱しめるようなら、こここ、ここで叩っ切るぞ!!」
「顔を紅くしながらだと、説得力がないわね~」
「くぅ~~~…………!あ、後でちゃんとデぇ…ト、の……じゅ、準備に付き合ってもらうからな!」
ヴァルキュエの顔は、もうこれ以上無いほどに赤い。そう――爆発しそうなほどに。
「何の準備ですって~?聞こえないわ~、もっと大きな声で言ってもらわないと~♪」
両手を広げて、くるくる回りながら言う。陽気に。それが爆弾を爆発させたとも知らずに。
「……(ブチッ)」
ヴォン、と音がなる。見るとそこには、剣を持ったヴァルキュエがいた。
「……あら~……どうして剣を抜いてるのかしら~……?」
嫌な雰囲気を感じる。……殺気だ。それも、純粋な。
「まずはその自慢の胸から切り落としてやる……!」
「目が怖いわよ、ヴァルキュエちゃ――」
言葉を切って、ヴァルキュエの体が刹那の内に距離を詰め、クピーディエの前に現れる。
「ハアッ!!」
力を込めて、剣を全力で縦に振る。そこに滝があれば、恐らく割れていただろう。
それを素手で受け止める。所謂、真剣白羽取りだ。
「危ないわ!暴力はダメよ!調子に乗りすぎたのは悪かったわ!だからね!?剣を収めましょう!?」
冷や汗が凄まじい。
「フーッ!フーッ!」
「ああ、なんだか猫みたい!でも呑気なこと言ってられないわぁ!死にそう!死んじゃいそう!」
「…………次はない」
天使が発してはいけない声で放った、その言葉を最後に、ヴァルキュエは忽然と消える。
「……悪鬼羅刹も生温かったわね……」
九死に一生を得た感覚で、クピーディエは再び戻る。『天使』から、『ヴィレッジェナード学院の生徒』に。