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今、くそ田舎でこれを書いている。テキーラを飲んでいるが、ライムも塩もなく、つまみはチーズ鱈で、味気ない。明日、ライムと塩と燻製の魚か、悪くてもカルパスを買ってこよう。一つ覚えたぞ。
なんにも家具はない。プレステツーと、エレキギターと、油絵を描く道具と、描きかけの絵(ぜんぜん進めていない! 油絵は、一つの色を塗ると、三日ぐらい待たないと進めないし、後片付けがとてつもなく面倒くさい。それで、進まない。絵の内容は、今見ると、消失点が中心にあって、そこに向かって道が伸びていて、手前に赤い革ジャンを着た男がうなだれていて、周りには周囲を拒絶するような、変な色の壁がある。背後で街灯が照らされている。道の両脇にはビルが建っているが、消失点に向かって折れ曲がっている。そして、おれには絵心がないことがわかる。)パソコンもある。ネット環境はない。今まで使っていたパソコンがついに引越しの時壊れたみたいで、六千円のボロを買った。それで今、こう書いている。つまり、もし誰かがこの文を見てるとしたら、おれはいじましくも通勤途中のネットカフェに行き、投稿している。パソコンにはとりあえず、楽譜を書くソフトと、文章を書くソフトをUSBでいれた。ゲームも少しあるが、ダイレクトエックスがなくて起動しない。明日、ネカフェに行った時ダウンロードしよう。
たわごとをやめて、日記をはじめる。まあ、暇つぶしにはなると思うし、バロウズの、無意識から意識を掬いだすという一節が本当に思えて仕方ないから。たわごとはテーマを決めて書いていたので、無意識にはならない。紙媒体で書いたほうが良いことはわかるが、酔ってると、後から見たときに何を書いてるかわからない。覗き見られることもある。それで、おれが自殺をやってみる前に書いた、鬱の一番低い時に書いた日記を見られ、そこに、ある奴の悪口をさんざ書いていたので、そいつは実家に帰ったので、家具をいくつか持ってくる話になっていたのだが、おれは手洗いで洗濯物を洗っている。まぁ、クソ高いベースを置いて帰ったので、その内帰ってくるだろう……あ、それでそいつがインターネットの手続きの問い合わせをしてくれていたので、おれが今やるとダブルブッキングになりそうだし、面倒くさくて、していない。
くそ田舎だ。コンビニは十分歩いた所にしかない。コインランドリーすらない。地獄以下だ。おれはずっと、都会で育った。今このキーボードにすら、たばこの灰が詰まって打ちにくくて、いらいらしている。しかし、キーボードを買いに行く店すらない。くそ以下だ。
おれは文が書くのが下手で、それにイライラする。なぜかというと、人にものが伝わらないから。最近ニーチェを読んでいる。なんだか、すばらしい書とか、そういう邦題のやつ。ニーチェは考え方がおれに似ていて、怖くなるときがある。超人思想だとか、そういうもの。誰も頼らず、自分だけを信じ、恩義背がましくならない。おれはさしずめ、知能の足りないニーチェ。と、ここで鱈チーズがなくなった。テキーラはクセが強い。つまみがないと、飲めない。まぁ、飲むけどね。グラスにはジョジョのDIOと承太郎が書かれている。おれの友達からくれたもので、一番くじでダブったらしい。これで飲む酒はうまい気がする。最高にハイ、って奴だな。ははは……
今日ヘッドフォンを買った。前のPCにつっこんでた曲たち、まぁ、Nirvanaとか、Pistolsとかそういうものは聞けないが、PVを見たいがためにUSBに入れてた曲は聴ける。それは良かった。
洗濯物を手洗いするとき、みじめ。石鹸を泡立て、Nirvanaのシャツにつけ、洗う。原始人になった気分だ。洗濯機のすごさがわかる。脱水機能の偉大さを感じる。まぁ、いい経験だろう。
犬がおれの背中に乗ってくる。かわいい。なんにせよ、有機生命体との関わりを持つのはいいことだと感じる。
ドウジマの話をどうするか悩む。どうしよう。最後は決まっている。殴ったりする事、つまり苦痛を与える事をコミュニケーションにする事でしか、ドウジマはコミュニケーションを取れないという自分に気づき、悲しくなる。そして、冷たい売春婦の死体の腹に抱きついて、眠るという終わり。おれの話、眠るか笑うかでしか終わってないな。ワンパターンだな。まあ、いいか。
死と笑いは一つの区切りになる。それまでの感情がすべてが、一度リセットにされるから。
死は唯一、ウソでないと感じる。
何人かの人間に、質問をして、女の喜びは何か? ということ。おれはものを書きたいのだが、ものを知らない。だから聞いた。男の喜びは、ガキに戻ることだと思う。アホくさいかな。だからみんな、シド・ヴィシャスに憧れる。ビル・ゲイツに金がなかったら誰もあいつには憧れない。
おれは何を書きたいのだろう?
多分、不満のことだろう。誰かに不満をわかってほしいし、もしその不満を感じているやつが居れば、一緒になりたいと思う。性的な意味に聞こえるな。そうじゃなくて、ただ一緒の共同体を作りたいという話。おれは一匹狼を気取っているように見えるかもしれないが、そうでもなく、ただただ、少数派であるだけで、そうではない。未だ、人間という種族の本能から抜け出てはいない。それは、寂しさという感情から起こる、群れを作りたいという本能。それから抜け出す事が、超人への一歩だということはわかる。しかし、それはなかなか難しい。ましてや、超人になれば飢え死にするしかない現代の、この、文明化された国にとっては。この壁が、おれの言う、コンドームだとか、見えない壁なのかもしれない。あ、そうだ。不満について具体的に書いておこう。
一全てつながりすぎているという事。ほとんどの人間は当然同じもので、さらに、モノですら、木だったり化石であったりして、共通の祖先を持っている。それが悲しくて仕方ない。
二自分がその中で胸を張り歩けるような脳を持っていないこと。所詮思考というのは本能から経験を通じて出るものだと思うのだけども、おれの場合本能か経験かがおかしくて、普通の人間というか、多数派の人間の思考が出来ない。それで、混ざれなくて、寂しいということ。
三それを踏まえて、人間はただの生物に過ぎないという事を知ろうとしない人間が多すぎて、神秘主義に走ったり、過度にセンチメンタリズムに走ったりすることに、いらついている。人間はただ、生きて、そこに居るだけにしか過ぎない。
最近ちょこちょこ、書いたものが評価されていて、嬉しい。しかし、無言での評価なので、どこが良かったのか、わからなく、怖い。もし、わかりにくい所とかがあったら、ここに感想をつけてくれてもいいし、メッセージで送ってくれてもいい。そうすればおれはお前のペニスかヴァギナをぺろぺろしゃぶるし、お前もおれのペニスをしゃぶることになる。
そういや以前、おれと同じような書いてるやつを集めて、なんかやるという話があったが、とんと話が止まっている。なくなったんだろうか。もしそうなら、おれも似たような事をしてみようかな。好きな文を書く奴を集めて、文をはっつける。ロックフェスみたいな話だな。でもいまんとこ、あんまりそういう奴はいない。一人かたまに二人は居る。でも、無条件に腹を出したくなるようなやつは、居ない。村上龍さんは、無条件に腹を出したくなる。それに、おれの名前も、リュウだし。
不定期でこれを書く。酒を飲んだ夜に。最近、朝から晩まで飲んでいるが。おれの父親はアルコールで体をやられ、母親は精神をやられた。おれにもその血が流れているのだろう。おれがどっちになるのかは、わからない。最近正夢を腐るほど見る。いや、見た。デジャヴュというやつ。カントの定命だかなんだかが本当に感じる。(あ、さっき書いたこととムジュンしてる……)末期だな。あれが本当だとしたら、おれは前の人生でもこれを書いていたのだろう。そして、その内、成功もせず、死んだのだろう。悲しい話だな。成功する夢は見ない。




