不透明な関係
不透明な関係
夕猫
僕と彼女の関係は、いつだって不透明だ。
僕と彼女が出会ってから、もう六年近く経つ。
小学生が入学して卒業するくらいに時は流れたのかとしみじみ思った。
別に僕と彼女は恋人ではない。ただの友人で、大学で知り合った先輩と後輩の間柄。
ちなみに僕の方が後輩にあたる。
彼女は学部こそ違うが、同じ部に所属する仲間。
僕と彼女はそのとある部室で出会った。
部の扉を叩いたのは僕の方が一日早かったから部内では僕の方が先輩だったのでは、なんてどうでもいいことを考えてみる。
いつも笑顔で周りを明るくする太陽のような女性、僕が感じた彼女の第一印象だ。
自分の意見を持ちながらも行動に移せない僕とは真逆の存在に思えた。
だから当時の僕はそんな彼女を羨ましく思っていた。
そしてこんな先輩になれたら、なんて憧れを抱いたこともあった。そう、あくまで当時は、だ。
今の僕は彼女のことが憎くて、面倒で、煩わしくて、この世の誰よりも大嫌いだ。
しかし、僕はそれ以上に……彼女のことが大好きだった。
一年程で彼女は部活を辞めた。
家庭の事情とか言っていたような気がする。
すごく残念だったが、それでも僕はその部に居続けた。
太陽のような彼女の代わりに、とはいかなくても彼女がいたことをなかったことにしたくなくて、夢中で彼女を演じた。
しかし、僕では彼女に、太陽にはなれなかったようだ。
部は特別盛り上がるわけでも下がるわけでもなく、淡々と活動を続けていった。
そんな中でも彼女とのよくわからない関係は続いた。
特別になるわけでもないが、平凡にもならない。
先が透き通って見えるわけでも、全く見えなくなるわけでもない。
そんな、不透明な関係。
この六年間、彼女とのよくわからない関係が変化することもあったが、すぐ平行線に戻ってしまうような微々たる変化だった。
その中で僕は、彼女の、太陽の本当の姿を見た。
彼女の太陽のような顔は偽りで、本当の彼女は触れたら壊れてしまいそうな薄いガラスのような存在だった。
彼女の本当の姿を見て、僕は彼女のことをただの憧れから、守りたいと思うようになった。
彼女が唯一頼れる存在になりたいなんて、ヒーローみたいなことを思ったこともある。
その思いは彼女によってすべて拒絶されてしまったが……。
彼女の考えていることは当時、考えることを全くしなかった僕にとっては謎以外の何ものでもなかった。
しかし、今なら少しわかる気がする。
すべて理解しているなんて傲慢なことは言わないが、子供のときのような輝きを無くした今の僕なら彼女のことを少しは理解できるようになったと思う。
彼女は、自分が思っているよりも弱くて脆い存在で、誰かの支えを欲しいとは思っていても頼ることが出来ない。
おそらく素直になれずにひねくれているのだろう。
いや、頼り方を知らないだけなのかも知れない。
だから、彼女は僕に頼ろうとはしない。
無意識に頼りたいと思ってはいるのだろうが、これまで僕を傷付けてきた罪悪感からか、その一歩を踏み出せずにいるのかも知れない。
ちなみに彼女が僕になにをしてきたのか、それはご想像にお任せしよう。
僕が彼女の手を引くことは簡単だ。
でも、それではこれまでと変わらない。
彼女はこれから何度も繰り返すだろう。
僕だって、彼女に何度も無償で手を差し伸べるほど優しくはなくなった。
昔、誰かが恋愛は見返りを求めないものだと言っていた。昔の僕はそれに賛同した。
しかし、今の僕は違う。
今の僕は、誰にでも平等に優しく出来るほど心が清らかではないし、好きだから何でもしてあげる、なんてことはもうしない。
見返りのない関係に満足した気になって、自分を偽ることはもう止めたのだ。
我慢することにも、もう疲れていたから。
僕が人一倍、損得を気にするようになってしまったのもそのせいかも知れないなと考えていると、なぜだか笑いが込み上げてきた。理由はわからない。
現在、彼女が一歩を踏み出せずに苦悩する様を見て滑稽だと僕は笑ったが、昔の僕はもどかしそうに彼女を見ていた。その時、昔の僕が僕の前に出て来て言う。
「彼女の特別になれなくても、君は彼女を大切に思っているし、それ以上に助けられてきた。彼女がいたからこそ君がここにいる。助けるべきではないのか? 手を差し伸べるべきではないのか?」
昔の僕は感情でものを言っているようなやつだった。
しかし、僕は正論を武器にすることを覚えてしまった。
僕は昔の僕を押し倒して否定する。
「うるさい、偽善者め。お前だって見返りが欲しいのだろう? 素直にそう言ったらどうだ? 彼女は見返りなんてくれない。いつだって自分勝手だ」
一瞬、自分勝手という言葉が自身の胸に刺さった気がしたが、気づかない振りをした。
昔の僕は悲しそうに僕を見る。
「全くないと言っては嘘になるけど、それ以上に僕は彼女の助けになりたい。彼女という一人の存在が僕を変えてくれた。嫌いである前に大切で、大好きなんだ」
昔の僕を見ているとイライラしてくる。
「ほら、偽善者だ。感情だけでものを言うな! 結局人間は皆、得を求める生き物なんだよ。自覚しろ。大嫌いでいればいいじゃないか。自分を偽って生きるのは楽だろう?」
僕の言葉に昔の僕は一瞬怯むが、聞こうとしない。
「……偽って他の者に縋って生きることは簡単だ。でも、それは君にとって有益とは思えないし、不誠実だ。君だって彼女が嫌いである以上に、大好きなんだろう? 違うか?」
昔の僕の言葉は痛いほど心に刺さる。それでも僕はもう泣きたくないんだ。自分が大事過ぎて、嫌になる。
「うるさいうるさいうるさい。黙れ、黙れよ。僕は……もう、泣きたくないんだ」
僕は、昔の僕を前に泣き出した。
僕を昔の僕は黙って抱きしめた。
感情でものを言っているのはどちらなんだろう。
僕等は、どうしたらいいかわからずに今も葛藤を続けている。
今の僕と昔の僕、正論と感情論、どちらがどちらになっているのか、わからない。
そして、それらが混在する僕の中では今も雨が降っている。
結局のところ僕は、変わらずに彼女が大好きだ。
だから、変わるべきは彼女ではない。今の僕自身なのかも知れない――――――
僕と彼女の関係は、いつまで不透明のままなのだろう?
僕は自身に問いかけた。
終わり
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