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05 夜の訪問

「やあーソフィア! 無事なようで何よりだよぉ!」


 静寂湛えし夜にそぐわぬ軽薄な口調――。迅の第一印象はそれだった。

 一目で「あ、ロクな人間じゃねぇな」と察してしまったのだ。塗りつけるような鬱陶しいこの声色は、意識しなければ出せる類のものではない。


 来訪者はその声以上に軽薄な笑みで、ソフィアを睨め付けている。

 ソフィアは溜息一つ。そちらに歩み寄って、無理矢理扉を……「閉めた」。


「――こんばんはマチス。そしておやすみなさい」

「え? ……ちょ、ちょーっと!? まぁまぁ待ちなよ! 待ちなってば!」

「何か用なの? 私もう寝るんだけど」

「き、君がスキュラに襲われていたと聞いてね? どうなの? 怪我は?」

「いつの話してるのよ。今さら昼の件を心配されてもね」

「見たところ怪我は無いようだけど……いやあ良かった! 俺も駆け付けようかという場面だからねぇ!」

「あなたが来た所で餌になるだけでしょう、マチス」

「喜んで餌になるさ。君がそれで助かるなら……ね?」

「その気も無いのに言わないで鬱陶しい」

「つれないねぇー。まぁそんな気の強い所、嫌いじゃないんだよね」


 迅は扉の隙間から、マチスと呼ばれた少年を観察してみる。

 顔は妙な余裕に満ちているが、ストレスを知らぬ者特有の幼さを感じる。貴族とまではいかぬともそれに近い家柄だろう。表情も一つ一つが不自然に歪んでおり「相手の気持ちを考える」といった感情が抜け落ちていた。


 ――気に食わない。

 何より気に食わないのは「眼」だ。

 自分が相手よりも上だ、と信じて疑わぬその視線。こういった手合いは会話していても疲れるだけだ。対応しているソフィアを気の毒にさえ感じてしまう。


「ん?」


 ふと迅とマチスの視線が合う。

 瞬間、マチスの眼が別種のモノへと変化……否「豹変」した。


「……おい、ソフィア。その男は誰だい」

「誰だっていいでしょ」

「良くないね。君には俺という男がいるんだからさ。忘れたのかい」

「忘れたわ」

「冗談を聞いてる訳じゃないんだよ。真面目に答えてくれ」

「……あぁ面倒くさい」

「面倒くさい? どういう意味だよそれは。なぁ?」


 声に怒りを滲ませ、マチスはソフィアの腕を掴んだ。


「ちょ、っと。何するのよ!」


 彼女の表情が痛みで一瞬歪んだのも意に介さない。

 この家を訪問した直後とはまるで異なる態度――。マチスは怒りを滲ませている。


「何? 何って君の腕を掴んでいるのさ。逃げないように」

「フン……まるで所有物だとでも言いたそうね」

「そうだ。君の命運は俺が握ってるんだよ? 分かってる? さっきからナメた口きいてるけどさぁ? 少しは立場ってヤツを分からせてあげようか?」

「……放して」

「嫌だね。君は誰のものだっけ? 俺のものだよね? 違うのかい。なぁ?!」

「痛っ……!」

「痛いじゃなくて返事しろよソフィア! おい! 立場を理解し、――……ッッ!」


 マチスの言葉が突然途切れた。

 原因は、迅だ。


「ソフィア、痛いってよ。もうその辺にしとけ」


 一瞬だった。

 迅はテーブルから床を思い切り蹴って、マチスに突進――。勢いを載せたまま、彼の襟首を掴んで横方向へその身体を振り、家の外へと引き倒した。

 そして彼の手の関節を極め、背中で拘束する。


 マチスは何が起こったのか理解できない様子だ。うつ伏せの体勢でキョロキョロと視線を闇夜に漂わせている。「魔物に跳ね飛ばされた」と思ったか周囲を伺っている。

 ――数秒後。ようやく自分の置かれた状況を理解したのだろう。

 彼は、頭上にある迅の顔を睨み付けた。


「な、? ……あ、何してんだよオマエっ!」

「お前が気に入らねぇのはこの俺なんだろうが。八つ当たりはやめておけっての」


 唾を伴った抗議が眼下から届けられる。が、迅は相手にしていない。ただその瞳を哀れむような色に染めて、マチスの拘束を確固たるものにしている。


 と、すぐ隣のソフィアが、ゾッとした顔でこちらを見ていた事に気がついた。


「じ、ジン……?」


 思わず苦笑した。相当に酷い顔をしていたのだろう。

 迅は気を取り直し、「どんな気分だ」と地面で喚き散らすマチスに問う。


「――仕事でさ、俺の。『対象を拘束する』なんてのは朝飯前だ」

「ふ……ふ、ふっざけるなよ! 俺の父さんが貴族と知らないだろオマエッ!」

「いい悲鳴だな。死ぬ瞬間もそうやって喚くのか? 『俺の父さんは貴族だ』ってよ」

「な、何が殺すだよ……!? 出来るワケないだろ、オマエなんかに!」

「殺せるさ。殺してきたからな今まで。殺してやろうか」

「ッ! は……は、放せよ!」

「おっと」


 脅しに怯えたマチスは拘束から逃げだそうとする。だが迅の拘束が強固なため、ジタバタと地面を蠢く結果にしかならない。

 完全に弱い物イジメの構図と化していて、些か嫌気が差してくる。これ以上「銃で追撃」などする訳にもいかない。そもそもこの世界で銃が脅しになるのか疑問だ。

 なので。迅は手の拘束をやめ、マチスを解放した。


「!? ――っ、くそっ! な、何なんだよお前は!?」


 手をさすりつつ、マチスは即座に迅から距離をとった。

 そして視線にありったけの悪意を込めて、こちらを凝視してくる。


「こっ、この野郎が……忘れるなよお前! どうなっても知らないからなあアッ!」


 指差された迅は表情ひとつ変えない。マチスの表情がこちらをチラチラ窺いながら逃げてゆくのをじっと睨み続けている。

 マチスは背を丸めて、そそくさと逃げてゆく。

 やがて彼の姿が通りから消えると――。迅は隣の少女へと苦笑いを与えた。


「……悪いソフィア。余りに苛ついたから手が出ちまった」

「い、いや、別に? あいつには前から面倒掛けられてたし、いい薬よ」


 ソフィアは笑い飛ばしているが……迅の表情は晴れない。


 かような行動、普段の迅では考えられなかった。統幕三室の指示系統は元より、任務中に遭遇した対象以外の人間に至るまで、進んで実力行使した事など無いのだから。異世界に渡ってきた事も手伝い、些か大胆になっているのだろうか。


 だが。当のソフィアは、迅の感情などつゆ知らず。


「……ぁ。ありがと……」


 顔を朱に染めて、今にも消え入りそうな声で礼を述べている。

 感情の暴走に感謝されるとは。迅は苦笑を重ねる他ない。


「……何なんだよアイツ。元の世界でもあそこまで小物くさい奴、居なかったぜ?」

「この町、エピーヌ領主の息子よ。父親の権力を笠に着て好き勝手やってるワケ。だからみんなに嫌われてるわ」

「納得だ。俺も嫌いだし。それより弟はどうすんだ? 今から探しに出るのか?」

「レイルは気にしなくて良いわよ。少ししたら帰ってくるでしょ」

「大丈夫かよ……」

「大丈夫。弟だけどあの子は私よりもしっかりしてるわ。それに行き先も大体目星は付いてる。心配しないで」

「まぁ……お前がそう言うなら?」


 そう言って、迅はソフィアから目線を逸らした。

 気恥ずかしさと自己嫌悪で彼女の顔を直視できないのだ。


 ――何が「八つ当たりはやめろ」だ。

 思わず苦笑する。自分が言えた台詞か。「ソフィアに手を出したマチスが気に食わない」と、結果的に当たり散らした自分が。


 言いようのない感情を頭から追い出すように。

 迅は「食器片付けようぜ」とソフィアに提案するのだった。

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