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45 わりと痛いヤツだった


 レイルの瞼が小さく動いた。


「……――――、ん。っ」


 身体を小さく蠢かせ、光へと反応する。


 自分は今、身体を横たえているのだ――。レイルはそう理解した。

 その重力へと身を任せたまま、瞳をゆっくりと開く。

 途端、血に染まった青年の姿を視界に捉えた。


「おっ? 眼が覚めたか、レイル!」


 諏雷迅。

 彼が心底嬉しそうな表情で、レイルの目覚めを歓迎している。


「じ、ジン……?」

「体調はどうだ? ソフィアは『心配には及ばない』って言ってたんだが……」

「う、ん。……あの、ここは」

「フロエ樹海の深部だ。エピーヌからはだいぶ離れちまったが、その分ベディウスを警戒しないで済んでるな。今も追って来てはいないようだし、どうやらマチスの言ってた事は正しかったみたいだ」

「ッ!? そ、そうだ! あの魔瘴獣と戦って、……――――ッ、っ!?」


 一瞬身を起こそうとしたレイル。が、身体がガクリと折れ、元の横たわる体勢に戻ってしまった。


「あー……無理すんな無理すんな。本来なら死んでるケガから復活した直後なんだ」

「っ……! ごめん、ジン。また僕が……ジンの足を引っ張ったんだね…………?」

「気に病むなよ。変なこと言うけど、むしろお前が戦闘不能になってくれて助かったぜ。こっちとしても撤退の口実ができたんだしな。あのまま戦闘を続けたところで所詮は消耗戦――。どうせ勝ち目なんて無かった」

「……くそ。こんなんじゃ駄目だ。こんなんじゃ……」

「だから気に病むなって。……まぁ、生きてて良かったじゃねぇか。それだけでも良しとしようぜ」


 慰めだろう。故に反論も肯定も出来なかった。

 それはあの戦場でも同様だった。何もできず、ただ文字通りのお荷物となって。

 レイルは悔しさに唇を噛む。黙って横になったまま、せめて眼球だけを動かして状況把握に努めてみようと決意した。


 ――周囲を見渡す。

 一面に広がる、宏大無辺な樹木の群れ。それが自分たちを取り囲んでいる。

 まるで無言の圧力を伴っているように錯覚した。この樹海そのものが持つ威圧感、あるいは以前より聞き及んでいた噂がそう感じさせるのかもしれない。

 曰く。入ったら最後、魔術に絡め取られて戻れない――。

 また曰く。最奥部には人喰らいの一族が罠を展開し――。

 かような類の眉唾な伝承が、エピーヌでは長く語り継がれていたのだった。

 正直、レイルはこの手の話題には取り合わなかった。冒険心が躍らないし、何より信憑性が無いからだ。「戻ってきた者が居ないのに、人喰らいの事を知っているのはおかしいよ」。常に人にそう答えてきた。稀とはいえ、探索者が森に入ることもあるのを加味すると、あまりにも話が矛盾している。


 ……が。こうして初めて深部まで至り、初めて納得した。

 このフロエ樹海という地が持つ「圧力」を。


「……何だかなあ」


 思わずレイルは首を振った。

 一度、死に近付いて以来、モノの見方が変わってしまった気がする。自嘲に近い笑いすら口元に浮かべてしまう。


 ――と。居るはずの人物がいない事に気が付いた。それも、二人。


「あれ……? ジン、そういえば姉さんとアオイは?」

「蒼衣はこれから向かう先のルート確認中だ。ソフィアは何とか途中で合流できて、今は樹の上で……探索魔術? とかいう魔術を使って偵察中だな。……――ほら」


 そう言うと、迅は真上を指差した。

 自然とレイルの視線もそちらへと向かう。


 まず目に入ったのは……月。

 煌々と、爛々と輝くそれは、樹上にスッと立つ少女へと逆光を与え、彼女の後ろ姿を蠱惑的に彩っていた。

 手元の魔術――探索魔術であろう――を消滅させると同時。彼女は下にいる弟に気がついたらしい。その表情を綻ばせ、歓喜の感情を表現した。


「あっ、レイル! 目が覚めたの!?」


 ソフィア・グロースロンド。

 久方ぶりに見る、彼女の晴れやかな笑顔であった。


「姉さん……」

「身体は? どう!? どこもおかしい所は無い?」

「う、うん。大丈夫だよ。まだ立てないけど、ただの体力の消耗だと思う」

「そ。良かった!」

「感謝しとけよーレイル。ソフィア、お前をここまで背負いながら治癒魔術で回復させてたんだからな。その細い身ひとつで」

「え……。あ、ありがとう……姉さん」

「あれくらい楽勝よ。問題は『魔瘴獣が私を逃がしてくれない』って事くらいだったけど、まぁそれもジンとアオイのお蔭でどうにか回避出来たし。……――っ、と」


 ストン、と。

 ソフィアは軽快に芝の上へと着地した。重さを感じさせない動作である。


「……で? どうだったんだ?」

「駄目ね。エピーヌは生半可な戦術じゃ突破できそうもないわ」

「まぁ作戦については後からゆっくりと考えようぜ。とにかく今は、……風呂だ」

「ええそうね。最優先はそれよ。うん」

「え、風呂?」

「身体が血で汚れに汚れてるからな。ちょうど蒼衣が……――って、噂をすれば」


 言葉を切った迅の視線が、森の奥へと向かう。

 すると木々が作り出す闇をかきわけて、蒼衣がゆっくりと姿を見せた。迅と同様、全身が血と泥に汚れている。一瞬ギョッとしたレイルであったが、迅と同様にそれが彼女自身の血ではないとすぐに理解した。


「戻りましたー。……おや、無事起きたのですね、レイル。良かったです♪」

「う、うん。あの……どこに行ってたの?」

「この先の道確認です。樹海ですからね、迷わないようにと」

「行き先って?」

「お前が言ってたじゃねぇか、レイル。『フロエの泉』だよ」

「え!? ふ、フロエの泉!? あそこに行くのっッッ!?」

「ぅおォッ!?」


 突然だった。

 今の今まで横たわっていたレイルが、一瞬で身を起こしたのだ。まるで電気ショックでも与えられたかのように、突然。


 戸惑う迅の肩をガッシと掴み、レイルは鼻息を荒くしている。


「ねぇジンっ! フロエの泉だよね!? そう言ったよね今!!? 言ったよねッッ!」

「お、おぉう……。服が汚れちまったからな。洗濯ついでにひとっ風呂、とでも……、」

「い、いいいい行こう! 行こうよ! こんなモタモタなんてしてられないよっ! 何してるの早くッッ!」


 一人で盛り上がるだけ盛り上がり――。やおら立ち上がって、蒼衣の来た方向へと勝手に進んでゆくレイル。迅、蒼衣、そしてソフィアは、その光景を呆然と眺める他ない。


 ――こんなキャラだっただろうか。

 今まで見た事のないレイルのテンションが、蒼衣と迅の困惑を助長していた。


「……な、何だありゃあ? 急にイキイキと復活しやがったぞ?」

「数時間前まで半死半生だったとは思えませんね……というかレイル、そんなに温泉へ行きたかったんでしょうか?」

「『趣味』なのよ。レイルの」


 ソフィアの言葉に、迅と蒼衣はきょとんとする。


「趣味……ですか?」

「温泉マニアって事か? そりゃまた渋い趣味だなぁ……」

「いえ、好きなのは温泉じゃないの。未知のもの、伝説に語られるもの、誰も発見できていないもの――。そういった類のものへ異様に興味を示すのよ、レイルは」

「へぇ……根っからの探索者タイプってことか。冒険好き男子なんだな」

「冒険好きどころか冒険バカよもう。近くで遺跡が見つかったと聞けば、学校を数日休んでまで観に行くし。クラスメイトが珍しい虫を見つけたら、対抗せずにはいられないし……。もう15になるんだから、もう少し落ち着いてほしいんだけど……」

「……俺たちの時代でいえばオタク気質、カッコよく言えば研究者気質に近いな」

「何となく気持ちは分かるような気がしますけど、ね」

「極めつけはノート(・・・)よ。何か珍しいものを発見するたびに、持ち歩いているノートに記載するクセがあるの。今じゃ『グロースロンド・レポート』なんて呼ばれてて、みんなに呆れられてるんだから」

「あはは……マメが過ぎますね。お姉ちゃんとしては心配じゃないですか?」

「そうなのよ! 心配なのよ! 全く……そんなだから恋人も出来ないのよ。割とモテる方だっていうのに……」

「恋人なんざ居なくていいじゃねぇか。俺に半殺しにされるだけだぞ」

「えっ? な、何……? 今あなた、話の脈絡一切なしで『半殺し』って言わなかった……?」

「気にしないでくださいソフィア。迅の病気みたいなものですから。極めて痛い類の」

「そ、そうなの? よくわからないけど……」

「でもよソフィア。話を戻すけど、レイルって『珍しいものに興味を示す』んだろ? だとすると妙だよな。レイルのヤツ、異世界から来た俺を見ても別にノートに書き込んだりはしてなかったぞ?」

「大して珍しいものとは判断しなかったんじゃないかしら。あなたの事は」

「あ、そう……」


 他に返す言葉もない迅。

 森の奥からは、レイルの焦燥を抑えられない叫びが今も届けられる。


「はやく! 何してるのジン、姉さんっ! アオイが第一発見者なら、同行者である僕たちの名前も歴史に残されるんだよ!? 早く行こうよ!」

「あーはいはーい。今いくぜー」


 頭を掻きながら、三人はレイルの向かった方向へと続く。


 正直……若干、引いた。

 自分を「姉に絡む不審者」と見定め、かかってきた少年。故に第一印象は最悪だった。が、後に彼が背負う現状を知り、年相応の男子とはまた異質なタイプなのだと理解した。

 そう思っていた。今の今まで。

 違う。レイル・グロースロンドは、どんな少年よりも少年だったのだ。

 あの態度で一目瞭然であろう。まるで小学生かといわんばかりの騒ぎっぷり。期待に胸を膨らませているのが明らかである。


 故に、引いた反面、安心もした。

 彼にもこんな一面があったのだ、と。


「……ま、後でいいか」


 レイルの意識が無かった間のことは、道すがら話す事としよう。迅はそう決めた。

 興奮している彼の頭に入る、入らないは別として――。

 温泉というのも良い選択かもしれない。仲間の状態含め、万全の体制で挑みたかったからだ。


 来るべき、オーヴェルとの「最終ラウンド」には。

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