44 Time Out
「……どうする、蒼衣」
隣の蒼衣へとそう伺うと、彼女は小首を傾げた。
「『トドメをさすか』という事ですか?」
「ああ。ベディウスは弱っている。また調整されて復活してくるのなら、今ここで完全に殺しきるって手も……」
「――無理、でしょうね」
「だよなぁ……」
「はい。十発超の弾丸を撃ち込んだにも拘わらず、ベディウスはまだ動いています。あの調子ならば更に100発は必要でしょう。しかし、迅の手元に残る弾丸は十数発。……圧倒的に火力が不足しています」
「マグナムなら仕留めきれたかもな。9mm弾じゃなくて」
「無い物ねだりはやめましょう。ここは異世界です。それに、わたしたちの剣の魔力も、…………ほら」
半笑いで短剣をゆらせる蒼衣。
――途端、刀身全体を覆っていた青白い光が微弱になった。
やがてその光は徐々に、徐々に……まるで寿命へと至った白熱電球のように、発光現象を減退させて。最終的に刀身は周囲の闇へと同化した。
魔力が、消滅した。
ソフィアが二人の剣に宿した付与魔術、その限界時間である。
「剣の魔力が消えた。ようするに……もう俺たちに武器は無い。そういう事になるな」
蒼衣は頷いた。
――こちらには、まだ弾丸が十数発残っている。
が、蒼衣の発言どおり、その残弾数すべてを叩き込んだとて、ベディウスを屠り去るには力不足である。ならば剣で攻撃しようにも、今しがた魔力が消滅してしまった。
「あの裂傷へと魔力無しの剣を叩き込む」のも手だろう。が、それは銃弾を撃ち込むよりも軽度なダメージしか期待できない。
つまり、手詰まり。対抗手段が皆無なのだ。
今でさえ消耗が確認されるベディウスだが、再度ここで戦闘を再開させた場合、先刻よりも「多少」戦闘力が落ちた程度の状態で戦うだけに過ぎない。決定打となる武器が無い現状で、である。
嘆息を伴い、迅はベディウスの尋常ならざるしぶとさへ呆れを隠せなかった。
本来、生物は銃弾を十発もくらえば、生存しているだけで脅威である。
にも拘わらず、この魔瘴獣は生命活動を滞りなく続行し、こちらへの迎撃態勢を解こうとしない。野生生物など比較にならない強靭さだ。
装備の不十分もあるだろうが、ベディウスの生命力が限度を超えて異常――。それが目下最大の問題なのだ。
「……魔術師が居ない。その現状が歯がゆいな」
「むしろわたしたちが見逃される機会を得た――。そう考えるほうが良いかもしれませんよ」
蒼衣の言葉ももっともである。
「強化されたベディウスを無傷で退けた」。その事実だけで、今は満足すべきなのだろう。
――と。
「………………グ、ォ、ゥゥウ、ッ……」
ベディウスが、唸りとともに後退を始めた。
摺り足でこちらへの威嚇を続けながら。この場から離脱するつもりなのだろう。
「逃げる気か……?」
ベディウスは以前もこんな動きを見せたことがある。
最初の戦闘時、迅がその左眼を奪った時も、即座に撤退したのだ。
オーヴェルの意識操作の設定によるものなのだろうか。一定以上のダメージを負った場合、瞬時に撤退するよう命じられているのかもしれない。
……が。迅も蒼衣も、追うつもりはなかった。
殺しきることが不可能、それが明確な状況で深追いするのは愚策である。
故に。安堵と苛立ち、双方の感情入り混じる視線でベディウスの撤退を眺め続ける。
――両者睨み合ったまま。
摺り足を続け、その大きな全身が徐々に視界で小さくなってゆく魔瘴獣。
何時まで続くとも知れぬ緊張の果て――。ベディウスは、向こうの茂みへとその身を埋めて、暗闇の奥へと向かい……。
やがて、その姿が視えなくなった。
安心からか。迅と蒼衣は「フゥ」と息を吐いた。
「やれやれ、だな……ソフィアと合流するか」
「ですね。本来、彼女とレイルの撤退を援護するのが目的でしたし。これ以上深追いするのは危険です。残念ながら、こちらには屠り去る手段がもう無いのですから」
踵を返し、ソフィアの去った方角へと足を向ける。
すぐに歩を進め出す二人。
晴れやかでもなく、かといって陰鬱でもない。そんな中途半端な表情である。
都合二度にわたる交戦にもかからず、ベディウスとの決着を先延ばしにしてしまった。
魔術武器など必要充分な装備さえあれば、殺しきる事も可能だっただろう。この世界の常識、そして再三発生する装備問題に足下をすくわれるのが歯がゆい。
ただ、……迅には確信があった。
「あの魔瘴獣とは次も遭遇するだろう」と。
そしてまた、「次に遭う時がどちらかが屠られる時だろう」とも――。
「……血だらけだな。お互いに」
「ですねぇ。――では、温泉に参りましょうか! わたしが見つけたあの温泉に!」
「レイルが言っていたアレか? 確か……『フロエの泉』だっけ? 幸いお前が来た方角と一致してるみたいだし、ちょうどいいか」
「はい♪ お湯の温度もわたし好みで、大変素晴らしいところですよ!」
「風呂かぁ……久しぶりだなぁ。こっちの世界に来てから一度でも入ったっけか……?」
「むっ、ダメですよぉ迅♪ わたしの湯浴み姿を想像したら!」
「だーから想像してねぇっての」
「じゃあソフィアの裸体でも想像してました?」
「ちちちちちちちち違うわッッ! な、何でアイツの名前が出てくるんだよっ!?」
「……なぜ、わたしとソフィアでこうも反応が違うんです? ねぇ?」
チク、チク。
まるで捕食中のキツツキの如く、ナイフの先端で迅の背中をつついてくる蒼衣。その眼鏡の奥の瞳は一切笑っていない。
チク。チク。
なおもささやかな刺激が背中を走る中。迅と蒼衣は樹海へと歩みを向けた。
「さ……さっさと行くぞ。レイルの安否も気に掛かるところだしな?」
「わたしの質問に答えてませんけど? ねぇ?」




