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40 撤退戦・Ⅱ


 トン、と。

 極めて軽い一歩目であった。

 これから攻撃を行う人間の動作には到底思えない。

 ダンスでも踊るのか――蒼衣の動きを見た者の多くはそう感じるのではないか。


 所作と同時、ふわりと艶やかな黒髪が羽根のように広がる。二歩目に至るとその頭髪は風に靡いて、まるで川の流れを思い起こさせた。

 

 三歩目。四歩目。あまりにもゆったりした速度である。

 そして、五歩目で――急激に加速。

 消えた(・・・)


 蒼衣はベディウスへと一瞬で接近したのだ。


「――!」


 声もない。

 バキィン! という聞き慣れない音だけが高く響いた。


「ォォォォオ、グァアアアアアアアァァッ!」

「っと」


 接近して刹那、魔術のこもった短刀で斬り付け、すぐに離脱。ベディウスの反撃を回避がてら跳躍ひとつで戻っていた。迅と並び立っていた元の位置へと。

 これこそが蒼衣の真骨頂――「神速域の身体能力」である。

 迅がフンと鼻で笑う。


「……相変わらずスゲェ速さだな。目で追いきれねぇよ」

「何を言うんですか。わたしが迅に勝っているのはソレくらいしかありませんよ。――さて。どのようなものでしょう。……んっ」


 ピクリと少しだけ眉を微動させる蒼衣。

 視線の先は、斬り付けたベディウスの背中である。そこから「パキパキ」と、断続的に弾ける音が響いているのである。

 少し目をこらせば、すぐに原因は分かった。

 『氷』である。蒼衣が付けた傷口が、氷で広げられているのである。

 一瞬「これに何の意味があるのだろう」と思った。が、裂傷部の外側が氷結した結果、傷口が開いたまま外気に晒されているらしい。お蔭で内部からの出血は止まることがなかった。今も僅かではあるが、傷口から血が流れ出ている。


「傷付ければ付ける程に有利になる魔術――か。長期戦向きだな。次は俺が行くぞ」


 言い捨てて、ダン、と。地を蹴った。

 すぐにベディウスがこちらへと向き直る。次いで超常の速度で、その右手が振り下ろされた。


「グギャア、ア、ア、ア、ア、ア、アアアアァァァァアァアアッ!」

「甘ぇよ!」


 直線的な進行から、急激に90度方向を変えて、回避。

 そのまま右へ。

 つまりは――ベディウスから見て左側へと。自身が数時間前叩き潰した、左目の方向へ向かう。

 狙うは、死角からの攻撃である。


 接近を許したベディウスは若干、身を引いた。この隙を見逃す迅ではない。


「ならコイツは……――どうだよッ!」


 短剣を振り下ろす。魔瘴獣の肩へと。

 ――瞬間、炎が顕現した。

 斬撃の軌跡を紅く朱く。残像のように塗りつぶしてゆく。

 やがて刹那の刻を経ず、火炎を宿した一撃はベディウスの肩へと叩き付けられた。


「――――グギャウォォォォオオオッ!」


 内臓を裏返したかのような、魔瘴獣の悲鳴。

 同時にグォン、と盛大な火柱があがる。


 先刻の蒼衣による斬撃とは異なる現象となった。正反対といっても良い。あのレイルと共闘時の爆発属性ともまた違う。

 言うなれば「可燃物に火をつけたような状態」というべきか。

 一瞬だけ強い発火現象が発生し、傷つけた箇所を焼き焦がしたのだ。そのため出血は抑えられたが、傷口周辺へと広く延焼のダメージを与えていた。


 当たり前のように反撃を回避し、蒼衣とは違って数歩のバックステップで元の位置に戻る迅。

 その表情は得心の感情に満ちている。


「なるほど……ソフィアのヤツ、考えて魔術を付与していったんだな」

「わたしの『氷結』と迅の『火炎』ですね? ……確かに。出血を狙うか、外装表面の破壊を狙うか、用途に合わせた属性を持たせてくれたみたいです。流石はソフィア、あの短時間でそこまで考えていたなんて」

「それだけじゃねぇ。炎を付与したのは、ベディウスの『恐怖を喚起するため』ってのもあると思うぜ」

「恐怖……ですか?」

「ああ。今しがた斬り込んだ時、短剣の炎を目にして、ベディウスが若干身を引いたんだ。思い出したんだろうな。俺に左目を奪われた瞬間を。……――ほら、見てみろよ。俺の方だけをガン睨みしてやがる。俺とお前の両方が斬りつけたってのに」

「きっと迅の事がキライなんですよ、ベディウスは。今までの『お仕事』にだって多かったじゃないですか。迅にそういう反応を示す敵って」

「そういうこと言うか、お前……?」

 

 無下に否定しきれない意見に、迅は頭をくしゃりとやる。

 その一方で、ソフィアの周到さに感心させられていた。蒼衣とてそれは同様であろう。


 前方のベディウスは二度の迎撃に失敗し、怒り心頭といった様子だ。今すぐにでもこちらに飛びかかってきそうな空気があった。

 故に。目は前方から離さない。

 迅は手元だけを動かして、シグ・ザウエルのマガジンを交換する。


「……おや? 何です、迅? このタイミングでいきなり給弾するなんて。魔瘴獣に銃のような物理攻撃は効かないんですよね?」

「効かないな、既に実証済みだ。でも、ひとつ試してみたい事があってさ」

「はぁ。そうなんですか」

「まぁとにかく、この魔術付与(エンチャント)の効果は確認できた。あとはさっきの要領で攻撃を繰り返していこうぜ」

「はい。迅とわたしのコンビなら、意外といけそうな気がしてきました」

「もしかしたら俺たち二人で討伐しちゃうかもな」

「無理でしょう。剣の魔術はあと2分と少ししか保ちません。それに……、」

「あまりイジメすぎたら動物愛護団体やらシー・シェパードから苦情がくる?」

「……迅。シー・シェパードはその名の通り、海洋生物の保護を目的にしている団体です。このベディウスのような陸上生物は保護の対象外ではないでしょうか。そもそも動物愛護の団体すら、この異世界に存在するのかどうか……」

「はは、知ってるって。ワザとワザと!」

「ふふっ……上等ですね、それだけ下らない冗談が言えるのなら♪ ……――さぁ。残り数分、全力で行きましょう!」

「ああ!」


 次は二人、同時に駆けだした。

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