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03 第5魔術

 陽が落ち、夕方になった。


 迅はソフィアと彼女の家へと連れ立って歩く。

 ここがどこかは知れずとも、夕日は平等に美しさを見せている。ソフィアの家は町の本通りからは大きく外れた場所に建っているらしく、二人はかなりの距離を歩いていた。


「あれが私の家よ、スライ」


 そう言ったソフィアが指さした方を見る。

 木造の平屋建てのその家は、大通りの方で見た形状より若干頼りなさが感じられた。使っている素材の差だろうか。何にせよ助かる事に変わりは無い。


「……なぁソフィア。その『スライ』っての、やめてくれないか?」

「え? 名前、スライなんでしょ? どうして?」

「元の世界と違って、姓と名が逆らしいんだよ。つまり名前は『迅』だ」

「あぁ、――家の名前が先に来るのね、あなたの居た地域では。じゃあ『ジン』。私の厚意で宿を得られる事に感謝するようにっ!」


 笑顔でそう告げるソフィアに反論すら浮かばない。

 正直、渡りに船だった。泊まる場所どころか、夕食のアテすら無かったのだから。加えてソフィアのような美少女の家に招待されるなど、今まで経験すら――。


「――い、いや違う! 断じてそんな事考えてねぇぞ俺はッ!」

「ふぇっ!? き、急に何? 黙り込んだと思ったら突然叫び出すなんて……大丈夫?」

「……だ、大丈夫、です」

「知り合ってまだ間もないけれど……あなたって割と独り言多いのね?」


 二人は揃って家の入り口をくぐる。


 迅は室内を眺めた。十畳程度の広間の他は扉が二つほど目につく。あれがソフィアとレイルの部屋なのだろうか、と推察できた。先刻の斬りかかってきたソフィアの弟・レイルはまだ帰宅していないらしい。


 ソフィアは殺風景なこのリビング唯一の調度品である椅子に腰かけ、迅へ「正面に座って」と勧めた。

 大人しく椅子につく迅。

 正面の美少女は「さて」と話を切り出す。


「あなた、何者なの」

「……俺が訊きたいくらいなんだよね、それ」

「はぐらかさないで。スキュラをあの速さで斃す人間なんて前代未聞よ。挙げ句、魔術が使えないだなんて……有り得ないわ。身体の一部を失ったならともかく、そんな様子も無いし。記憶喪失じゃないんでしょう? ――だったら自分が来た場所くらい、教えてくれたって――、」

「日本だ」

「……ニホン」

「防衛省の非公式組織である統幕三室の実働部隊。そこでガキの頃から『仕事』を続けてきた。お前と会う数時間前までは斑祈物理学研究所で任務中だったんだ。俺の作戦時コードは『MT:5G39』。多数の警備兵や警戒システムを突破し、研究所最奥まで到達するまでは良かった。仲間たちのサポートもあったからな。だがそこで接触対象である斑祈の仕組んだ策略により、俺は――……、」

「ち、ちょーっと待った! 待ったーっ!」

「……俺の言ってる事、全然理解できねぇだろ」

「……うん」

「だから明かさなかったんだよ。どうせ『妄想癖がある』なんて疑われそうだから」

「か、勝手に決め付けないでよね! 私には理解する知識だってあるわ! だからちゃんと話してよ、最初から全部!」


 ……仕方がない。彼女には一切合切を解説する必要がある。初めから。

 きょとんとするソフィアへ、迅は己の置かれている「状況」の説明を開始した。


 ――まずは自分の元いた世界がどんな所か。あんな魔物など存在しなかった事に加え、ソフィアが行使したような魔術など誰も使えないという事。そして自分がこの異世界へと飛ばされた経緯。「仕事」周辺の説明は最低限に抑え、斑祈の策略でこの世界に来たのだ、という結論――。


 畳み掛けるように、雪崩のように。迅の独白は時を経るにつれて熱を帯びていった。

 もはや迅にソフィアを省みる余裕は無い。この数時間で鬱屈した思い、その全てを口に出して放っていた。その間も彼女は黙って迅の独白を受け容れ続ける。


 こうして数分後。迅の説明は一通りの終着を見た。


「……ってワケだ。……――悪い。一方的に話し過ぎだな」


 事ここに至りようやく、迅は彼女を置いてきぼりで話した事を悔やんでいた。

 拒絶を覚悟で、ソフィアの反応を待ち続ける迅。

 彼女の第一声は。


「ふーん。つまりジンは『次元転移(エクサ・シフト)』に巻き込まれたって事?」


 拒絶ではなかった。意外にも。


「な、何つーか……アレだな。理解が早くて助かるな……?」

「だってジンが別次元から来たのならそういう事でしょ? ……でもそのムラキって男、『第五魔術』を復活させたんだとしたら大変な話ね」

「――第五、魔術?」

「本当に知らないんだ……。いいわ、説明してあげる。基本から全部」


 ソフィアが得意げに場を牽引している。予想外の展開に面食らうが、この世界の法則や常識を学ぶのに丁度良い機会だ。迅は黙ってソフィアの講義を傾聴する事に決めた。


 まず手始めに。そう前置きして彼女は掌を開き「ボッ」と焔を出現させた。


「おおっ。炎だ……!」

「例えば今、私が発現した『火炎発現(フラム)』。これは攻撃魔術と呼ばれているわ」

「文字通りの攻撃に使われる魔術って事か?」

「そうね。出力は術者の魔力調整でいくらでも変更可能。他にも『魔力付与(エンチャント)』や『光捉嚆矢(リヒト)』なんて術が攻撃魔術に分類されるわね。まぁそれらはいずれ見せてあげるとして」

 迅が頷くのを見て、ソフィアは手元の炎を吹き消した。

「で、次。――ジン。突然だけど、私を殴って(・・・・・)

「殴る!? お前……まさかドM少女だったのか? マジかよ!?」

「何アホ抜かしてんのよッ! 馬鹿言ってないで早くっ!」


 釈然としない思いを抱えつつ。

 迅はあくまで軽く、努めて弱く。ソフィアへと拳を突き出した。

 途端。掌をかざした彼女を起点に衝撃が発生し、迅の身体が後方へと弾かれた。


「――ッ!? ……な、何だ!? 俺の攻撃が阻まれたぞ!」

「今のが『物理障壁(ドゥーロ)』。防御魔術における基本中の基本よ。物理的な攻撃を弾く効果があるの。あなたの気持ちが入ってない攻撃くらいなら最低魔力で防げたわね」

「じ、女子をマジで殴る趣味なんてねぇよ! ――しかし便利だな、その防御魔術」

「もっと便利な魔術もあるわよ? 探索魔術、それと治癒魔術。これは一例を披露するのが面倒くさいから端折るわね」

「端折るのかよ。別に俺で試しても構わないんだぞ?」

「いいの? 行方不明になってもらったり、自傷行為に及んでもらう必要があるんだけど」

「……やっぱ無しで」

「でしょ。だから端折るわ。――まぁとにかく」


 話を切り替えるようにソフィアは佇まいを正した。


「今説明した攻撃、防御、探索、治癒……。この四種類の魔術を統合して『四術(しじゅつ)』と呼称しているわ。でもその四つどれにも当てはまらない術もある。第五魔術と呼ばれるソレはあまりの危険さ故、王都で研究が禁じられているのよ。過去には使用できた人も居るらしいんだけれどね。つまりは――」

「斑祈がその禁忌の第五魔術である『次元転移(エクサ・シフト)』を実現した、って言いたいんだな」


 迅の結論にソフィアは力強く頷いた。

 だが……迅の表情は晴れない。釈然としないのだ。


 ソフィアには悪いが、彼女の推察は大きく的を外している。

 斑祈は恐らく、大量の演算器や核物質などを利用してこの「異世界へのシフト」という現象を生み出したのだから。あの男の行動に魔術が介入する余地など存在しない。


 しかし、だとしても。「もしや」と迅は考えてしまうのだ。

 あの狂気の鬼才・斑祈であれば、現代日本の科学力で魔術を再現したとしても不思議ではない、と。


「……なぁ、ソフィア」

「何?」

「俺がこの世界に来るキッカケになった男……知らないよな?」

「ムラキ、よね? 聞いたことないわ。このエピーヌの町が小さいって事もあるんでしょうけど」

「だよな……」


 苦笑を伴って迅は頷いた。

 今、ソフィアのこの回答で決意したのだ。


「何故この異世界へと飛ばされたのか」、もうそれを気にするのは止める。今最優先すべきは「飛ばされた他の仲間を発見する事」「この異世界で生きてゆく事」。

 そして何より――「この世界を知る事」だ、と。


「ねぇ、ジン」


 今度はソフィアが心配そうな表情で問うてきた。


「あんたが別世界から来たっていうのは、まぁ分かったわ。信じるわよ。でも、これからどうするつもりなの? 別の世界から来たなら、右も左も分からないじゃない」

「今それをソフィアに聞こうと思っていたところだ。……まず当面は、はぐれた仲間たちを探し出す事に専念しようと思う。元の世界に戻るのはそれが片付いてからだ」

「当てはあるの? お仲間さんの居場所」

「無い。ソフィアに訊きたいのはその部分さ。――この世界で『国家間の移動』ってのは自由に出来るモンなのか?」

「うーん……不法入国って手もあるけれど、大抵は各国の統治者からの書状とかが無いと捕まっちゃうわね」


 つまりは元の世界と同じ取り決めだ。必要な物がパスポートか書状かの違いでしかない。


「となると、不法入国しまくって仲間を捜すしかないのか」

「……大胆な犯行予告ね。そんな事してたら世界中に指名手配されるわよ?」

「他に手段が無いだろ。それとも他に国を渡る方法があるってのか?」


 むふふ、とソフィアは笑った。


「あるわよ。うってつけの職業がね!」

「職業? 何なんだソレ?」

「それに関しては弟のレイルが来てから、……――ほら、噂をすれば!」


 ソフィアがそちらを向くと同時、「キイィ」と扉の軋む音が響いた。


 その向こうに立っていたのはレイル・グロースロンド。ソフィアの弟。

 あの蛇の魔物スキュラを斃した直後、勘違いで迅に斬りかかってきた少年だ。ソフィアの血縁が成せる業か、やはり彼も整った顔をしている。


 レイルは迅を視認すると、すぐに不快そうな表情に変わった。


「……姉さん。その人を家に上げたんだね」

「だ、だって! コイツ、行く所のない根無し草なんだからしょうがないでしょ!? ――そ、それより遅かったわね? 何かあったの?」

「これの手続きのせいだよ」


 そう言うとレイルはテーブルの上に袋を載せた。

 途端、内部から「ジャラジャラ」と小さな金属同士がぶつかり合う「素敵」な音が響く。世界の違いを問わず、この音は人心を時に惑わせ、時に豊かにする効果があるらしい。袋の上部からはその一部が顔を覗かせていた。


 蝋燭の火を反射して強く光る、円形の金属――。「硬貨」だ。


「何だよこれ」

「あなたの取り分だ。昼間に町の大通りでスキュラを討伐しただろう。あの報酬だよ」

「は? い、いや別にいらねぇよ! 大体あの魔物を追ってたのはソフィアだろ? 俺はただの通りがかりに過ぎないんだぜ?」

「だとしても斃したのは姉さんじゃない。トドメを刺したあなたが手にするべきお金だ」

「……じゃあ半分ずつにしないか? 俺が半分、ソフィアが半分だ」

「えっ、いいのジン? 別に私は遠慮なんかしないわよ?」

「ね、姉さん……!」

「何よ!? ウチの財政厳しいんだから、遠慮なんてしてられないでしょ!?」


 釈然としない表情のレイル。だが迅がすぐに袋から報酬を取り出し半分に分け始めると、諦めた様子で腕を組んだ。


「ねぇレイル。結局これ合計で幾ら貰ったの?」

「スキュラ一匹だから一万エクスだよ」

「市場価格が下がってるんだっけ、そういえば。……私たちの生活も困窮する一方ね」

「なぁソフィア、一万エクスってのは通貨単位だろ? どのくらいの額なんだ?」

「んー。剣が一本買えるか買えないか、ってところかしら。――あぁそういえば、まだ説明してなかったわね。私たち兄妹は、あのスキュラみたいに『町に侵入した魔物』を退治して日々の生活費を稼いでいるのよ」

「ハンターみたいなモンか」

「みたい、じゃなくてハンターそのものよ。私とレイルの学費も、自分たちで稼いで通っているんだから」

「学校行ってんのか、お前たち」

「勿論。この国じゃ『十六歳までは教育機関で学ぶ』って決まりだから。――まぁ、その生活もそろそろ(・・・・)終わるけれどね(・・・・・・・)

「……? ――あれ、そういえばお前たち兄妹の両親は?」

「とっくに死んだわ。他の身内も、町に入り込んだ魔物にやられちゃってね。それがきっかけでハンターになったのよ。町に侵入する魔物が許せなかったの」

「う……悪い。深く考えずに訊いちまった」

「気にしないで」


 小さく笑いながらそう答えるソフィアに気が休まった。

 だが、隣のレイルは一瞬表情が苦々しいモノに変わった……のは気のせいだろうか。


 気を取り直すように迅は「しかし大変だな、その歳で」と話題を継いだ。


「魔物退治って危険な仕事だろ? 誰も手伝ってはくれないのか?」

「まぁ本来は魔物ハンターの仕事なんだけど、このエピーヌで一番魔術が使えて強いのは私、それにレイルだからね。ハンターギルドに無茶言ってお願いしてるって訳。つまり彼らの仕事を奪ってるんだから、手伝うも何もないのよ。むしろ手伝われたら報酬が減っちゃうしね。――ねぇレイル?」


 ソフィアは傍らに立つレイルに同意を求めた。が、レイルの視線はソフィアには向いていない。迅を見下すような形で「フン」と鼻で笑っている。


「姉さん。この人、社会の仕組みすら知らないの? 僕より年上でしょ? よくその歳まで生きていられたね」

「わ、悪かったな!」

「レイルー……あんたって何でそうジンに突っかかっていくの? あの勘違いで斬りかかった事もちゃんと謝った?」

「謝る必要を感じないね。現に無事じゃないか、その人。怪我してないんだから謝る必要なんて無い。と言うかそもそも……その人が好きじゃないんだよ。僕は」


 一つ一つ口から拒絶を並び立てられると、さすがの迅でも気分は沈む一方だ。


「……なぁソフィア。何で俺はお前の弟に嫌われまくってんだ? 何かやったか俺?」

「ご、ごめん。あまり気にしないで? ――ねぇレイル。折角来てくれたお客さんに失礼よ?」

「僕の断りもなく勝手に家に上がって居場所作ってる方が失礼だと思うけど」

「仕方ないじゃない。ジンは事情が事情なんだし」

「事情って何」


 ソフィアは迅へ伺う視線を向けた。「話していい?」という意味だろう。それに対して頷く迅。ソフィアは早速、迅の背負った事情を解説しようと口を開く。

 が、レイルはそれを手で制した。


「待った。――その話は夕食を作りながらにしよう。姉さんもお腹空いてるでしょ?」


 ハッとした顔でソフィアは自分の腹部に手を当てた。迅も思わずその動作を真似る。

 ……言われてみれば。この世界に来てからというもの、何も口にしていない。


 迅はこの家までの道すがら、目に入った店舗などを軽く確認はしている。結果、食物は元の世界とそう大差のないモノと知ったので心配していなかったが……。問題は「この自分を嫌っている少年が施しを与えてくれるのだろうか」という一点に尽きた。


 ソフィアもそれを察したのだろう。レイルに半笑いで問いかける。


「ね、ねぇ……レイルー? お姉ちゃんのお願い、きいてほしいんだけど?」

「分かってる、その人の分も作るよ。そこまで意地悪じゃない」


 迅は胸を撫で下ろした。「ここでメシにありつけなければ自給自足生活への移行も有り得る」と想定していただけに。


 レイルは部屋の一角に設えてある水場で料理を開始した。

 トン、トン、トン、トン――。ナイフで野菜をリズムよく刻む音が奏でられる。それだけで食欲が倍増するというものだ。二人はテーブルからその様子を眺めている。


「なぁソフィア。お前は手伝わないのか?」

「うっ! …………れ、レイルに任せておけば大丈夫だし! 私の出る幕はないわよ!」

「姉さんは料理が壊滅的だからね。前に冗談抜きで死人が出そうになったし」

「レイルッッ! 余計な事をイチイチ言わないでっ!」

「……で? その人の事情って何?」


 調理の手を止めぬまま。レイルは「迅が異世界から来た」件をソフィアから説明された。


 彼はその間も驚いたりする様子は見せない。途中何度か相槌を打ちつつ、淡々と料理を続けている。ソフィアと同様に「この話に嘘は無い」と踏んでいるようだ。

 迅がそう判断した理由は彼の「眼」だ。相手を馬鹿にするでもなく、聞き流している訳でもない。ただ冷静に好奇心と相手の素性への興味が迸る聴き方、そして反応――。過剰な反応は皆無でも、彼の眼がすべてを物語っていた。迅は戦闘時のみならず「人を」必要がある時は、よくこの手法を用いていた。


 やはり、この世界の人々は超常の現象への抵抗が少ないと見える。

 話が面倒でなくて、迅にとっては助かるところではあった。


 ――やがて、空腹が限界に差し掛かった頃。

 香しい匂いが誘惑するが如く、強く漂ってくるのが分かった。


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