17 魔瘴獣・Ⅰ
「……く、来るぞ!」
「構えろォっ!」
忙しない動作で、賊の男たちは攻撃へ備える。
だが、二人にとって敵ではなかった。
賊が抱える最大の問題。それは「統率が取れていない点」だ。
武器は剣や弓矢など各種揃っている。魔術は言うまでもない。服装も軽装と言えど全身はチェインメイルで固めている。
しかし、いくら装備が万全でも攻撃タイミングがバラバラだ。牽制や誘導の一撃もなく、唯々相手を殺そうと「個人個人が」躍起になっている。
そんな寄せ集めの集団など、物の数ではない。
ロクな戦略など必要なしに各個撃破で足る。それぞれの戦闘能力が高くない点も、攻略の容易さに拍車を掛けていた。
対する迅とレイル――。
彼らは急造コンビであるにも拘わらず「機械のような精密さ」で機動していた。
個々の戦闘能力が極めて高い水準だからこそ、実現する領域なのだろう。
「ぐぇ」
「ひ、ッ!」
「うぁああアアあ!? う、腕がァっ!」
各所から次々と悲鳴が上がる。
加えて飛び交う攻撃魔術、そのどれ一つとして二人を穿つ事は無かった。
統率の取れていない魔術の網をかいくぐり、一人、また一人と。
迅は腕を切り落としてゆく。
レイルも負けてはいない。
魔術と剣術を状況に応じて放ち、賊の数を確実に減らしていた。
「へぇ……やるじゃねぇか、レイル!」
「学校ではこれでも『校内一の戦闘力』なんて言われててね。ジンと戦うまでは久しく負けを経験していなかったんだよ。……信じてくれないだろうけど!」
「信じるさ。さっきのでお前の戦闘力は大体分かってる」
「ははっ……じゃあ残りを片付けようか!」
「ああ!」
嬉々として、躍動するが如く。
二人は丘をステージとした大立ち回りを続行する。
すでに迅は「魔術を伴った戦闘」に慣れていた。
レイルの防御魔術すら必要とせず、光の刃を避け続ける。
その、常軌を逸した機動力に誰も追いつけない。
ただ魔術を放ち、避けられ、接近を許し、呆然と右腕を切断される――。そんな結末が幾つも展開されていた。時折、複数の敵による同時攻撃を受ける瞬間も存在した。
が、そういった手合いには。
「!? な、何だ! あの男が使っている武器は!?」
――ドォン。
無常で無機質で、極めて無慈悲。
そんな銃声が、丘に響き渡る。
「回避が間に合わない」そう判断した相手へは銃撃を叩き込んで、魔術を発動される前に封殺するという手段を取っているのだ。
弾丸節約は常に念頭に置いているが、背に腹は代えられない。
一発、また一発。
銃声が繰り返し木霊する。
「ぐ、ぅ!」
「がは」
「っ! ……ぎぎ、っ……!」
銃声から少し遅れて、野盗は倒れ込んでゆく。
物理障壁を展開する暇さえ与えない。『絶牙:Lv99』の早打ちは、敵を撃ち漏らす事など有り得なかった。
「っははは! さすがだね、ジン! 僕がかなわないワケだ!」
一方、レイルの戦術は熟練の闘士のようだ。
まずは敵の魔術を障壁で確実に受けてから、次撃を放っている。
誰一人として逃がしてはいない。
基本に忠実、故に絶対的な強さを感じさせる戦い方と言える。
そんな二人を極めて不愉快そうに眺める視線があった。
マチスだ。
「――あああああ。やっぱり駄目かあ! コイツら金だけ貰って使えねーの何のって!」
苛立ちに任せて、倒れた足下の賊に蹴りをくれている。
彼の言動から察するに、やはり金で雇われた連中だったのだろう。
迅には気の毒な感情など一切存在しない。が、このまま出血多量で死なれても寝覚めが悪い。
駆逐の手を止め、手近に倒れる「無力化した」賊へと声を掛けた。
「とっとと失せろ。今なら治癒魔術で腕も接合できるだろ」
迅の忠告に賊たちは悔しそうな表情を作る。
がそれも一瞬の事。すぐに血塗れの右手をおさえながら、森の奥へと姿を消してゆく。
一人、また一人……。
誰もが攻撃を忘れていた。撤退する負傷者たちを黙って眺めている。
結果、この丘に残されたのは――迅、レイル、マチス。そして半数を失った賊たち。
「……マチス。何故ここまでする必要があるんだ」
問いかけるレイルの声には呆れが含まれていた。
「僕が知る限り、君は下らない理由で人に当たり散らす人間だった」
「『だった』かよ。『じゃなかった』じゃなくて」
「でも……殺そうとまでする人間ではなかったよ。どうしてこんな事を」
「知ったような事を言うなよーレイル。オマエと俺ってそんな仲でもないじゃん」
「なるほど。『お父さんの命令で仕方なく』って事か」
マチスは否定しない。恐らくはレイルの予想どおりなのだろう。
「――オマエは前から気に食わなかったなー、レイル。どこへ行くにもソフィアと一緒。で何をやるにも『でも姉さんも一緒じゃないと』。いいかげん姉離れしろよ、な?」
「親離れしていない君に言われるとは思わなかった」
「イチイチ苛つく奴だなオマエって」
「お互い様でしょ」
「おーい。俺は無視かー?」
二人の会話に無理矢理割り込んで、迅は自己の存在をアピールする。
途端に、マチスの歪んだ表情が一層悪意に染まった。
「……本当に面倒だな、オマエ。まさかここまで腕が立つとは思わなかったよ」
「読みとる努力しろよ、噛み付く相手の力量くらいは。……で? 何で俺を殺そうとするのか、そろそろ話してもいいんじゃねぇの?」
「今から分かるさ。今からね。――オマエら二人とも後悔させてやるからな!」
唯の捨て台詞だと思った。
が、どうやら違ったらしい。
マチスは指笛で高い音を響かせると、二人に対して勝利を確信したような笑みを見せたからだ。
増援だろうかと構える迅とレイル。
果たして、到着したのは増援というよりは「加勢」だった。
一頭の『魔物』が森の奥から姿を見せたのだ。
「何だありゃ……? 狼?」
見覚えのない生物に、迅は戸惑いを覚える。
フォルムは確かに狼に酷似している。が、それ以外の悉くが異様であった。
体毛は紫紺に染め抜かれており、他に類似する生物を想起出来ない。
頭部左右に生える二本の屈曲した角は羊やバイソンのようだが、得も言われぬ禍々しさを放っていた。
牙も数多の肉食獣に比べ何倍も長大で鋭い。低い呻り声が不安を掻き立てる。
そして何より、身体のサイズ。
一般的な狼や大型犬と比べ、二回りほど大きい。ヒグマが最も近い大きさだろうか。
迅は魔物から視線を外してマチスを睨む。
「で。そいつを呼んでどうすんだ?」
「これで形勢逆転さ」
「ワンコ一頭でか? お前って随分おめでたい脳みそしてんだな?」
「それはアンタがこの獣の恐ろしさを知らないからさ。レイルは見覚えがあるよなぁ?」
「……レイル?」
少し離れた位置のレイルの表情を窺う。彼の顔は驚愕で強ばっていた。
「あ、あの獣……っ!? 『魔瘴獣』!?」
「魔瘴獣? 何だよそれ」
「モンスターの中でも、一際強い能力を得た生物をそう呼称するんだ。理性も皆無で、人間に飼い慣らす事など到底不可能。目に付いた生物すべてを殺戮する、悪魔の獣だ」
「……? でもマチスの野郎、普通に飼い慣らしてるみたいだぜ?」
「だから分からないんだ。魔瘴獣に限らず、魔物っていうのは本来人間に従う事なんて無い。でもあの魔瘴獣は違う。マチスの指笛に反応していたし、彼に従っている。なぜ魔瘴獣をああも容易く御しているのか――、」
「違う違う違う違うチガあああうッ! 違うだろぉレイルー!」
マチスの不愉快な大声が、レイルの言葉を断ち切った。
「お前が知りたいのはそっちじゃない! 『何故この魔瘴獣が出てくるのか』だろー!? 自分の感情を誤魔化すなよなぁーっ!」
「レイル……?」
「……」
レイルの眼差しは魔瘴獣にのみ注がれていた。
迅にもマチスにも、野盗にすら構わずに。
「お、おいレイル。マチスの言葉は一体どういう意味なんだ」
「……僕は、あの魔瘴獣に見覚えがある」
ギリリ、と。レイルは歯を強く噛みしめた。
先刻までの焦りは認められない。
今、彼が身を焦がす感情は唯一つ。『怒り』。
迅にも理解出来るほど、レイルは感情を迸らせているのだ。
「あいつは三年前、――兄さんを殺した魔瘴獣だ」