15 決定的な差
――迅、そしてレイル。
両者の戦闘が開始されてから、既に数十分が経過していた。
丘の一帯は酷い有様だった。
レイルの付与魔術による爆発で、芝のあちこちが剥げ上がり、土の顔を覗かせている。
先刻までの長閑な空気など吹き飛び、今ではその残滓すら感じ取ることは出来ない。
その荒れ果てた丘に、二人はまだ立っていた。
迅は何も口にしない。
戦闘開始から常に、ただ悠然と。レイルがかかって来るに任せている。
一方、レイルは。
「ハァ……! ハァ、…………ッ!」
息が荒くなった。
腕も上がらない。
額を滝のような汗が流れてゆく。
「何で。……何で、当たらない!」
レイルは力を振り絞って剣の柄を握る。
既に刀身からは付加魔力が消失していた。今やただの鉄の塊と化した剣を振り上げ、振り下ろす。
――が、やはり迅にはかすりもしない。
戦闘開始からずっとこうだった。
攻撃、その手段が何一つ、迅に通じないのだ。
剣を振り下ろせば、避けられる。
魔術を放たんとすれば、発動寸前に封殺される。
ならばと脚や拳をもって体術を繰り出せば、受け止められた挙句に投げ飛ばされる。
自分が戦っている相手は、本当に人間なのだろうか――。
レイルはふとそんな考えに囚われた。
まるで空気や霞のような、自然現象を相手取っているかの如き手ごたえの無さ。
否、自然現象ならばまだ良い。隙を見せたら確実に反撃が飛んでくるワケではないのだから。
「……納得だ」
思わずレイルはそう呟いていた。
『お前は異世界最初の雑魚』。戦闘開始直前、迅はレイルをそう値踏みした。
正直、腹が立った。一度も剣を交えていない相手に、そこまでコケにされたという事実が。ならばと躍起になり、今の今まで苛烈な攻撃を放ち続けたのだ。「絶対に発言を撤回させてやる」そう胸に誓って。
だが、今は。
「……納得だよ」
異論が無い。
ここまでの差があるならば、その評価は正に的を射ていた――。
攻撃の手を止め、黙しているレイル。
そんな彼を、迅は黙って睨み付けていた。
「――俺が武器を使わねぇ理由、分かるか」
その問いに返す余裕すら無い。
「『武器を消費したくない』ってのも確かにある。でもな、それ以上に本気でやり合う必要性を感じねぇんだ。今のお前を見てると。……何故そう感じたと思う?」
「…………」
「眼だよ」
「……眼?」
「その『敵を目の前にして泳いでいるような視線』。一体どこ見て戦ってんだよ。ンな目ぇしてたら勝てる戦闘も勝てねぇぞ。……何に迷ってんだ、お前」
答えない。答える義理など何も無い。
そして重苦しい動作でレイルは身を起こす。
――体力はほぼ尽きた。もう攻撃と呼べるような動作は繰り出せそうもない。だが、この男に一太刀すら与えられぬまま終わるなど……死んでも御免だった。
故に、剣を握る。
切っ先は前へ。
もつれる足も一緒に。
身体で向かってゆく、というよりはぶつかってゆくように、レイルは剣を振り下ろす。
眼前の迅めがけ!
「うおおおおおおおぁあああああアアアッ!」
前方の敵は……レイルの咆哮に臆した様子すらない。
むしろその表情を彩るのは「喜悦」だ。
「――それでいい」
迅の対処は極めて機械的だった。
フラつく斬撃を横へのスライド・ステップで回避。
次いでレイルの横に立った迅は大きな一歩を踏み込み、……腰から肩へ、肩から腕へと勢いを載せた。
最速の、拳撃。
それがレイルの右頬を、強かに打ち抜く。
「……ぁ」
グラリ、と。
身体が意志に従わずに崩れてゆくのが分かった。
「少し、頭冷やせ。……最後のは割といい攻撃だったけどな」
迅の言葉が脳で反響する。
視界にも闇が差した。
そして、脚部から力が抜ける。
数秒の後――レイルは意識を完全に途絶した。