13 チュートリアル
「……行くぞ!」
「いいぜ。いつでも来な」
「武器は」
「必要ねぇよ」
「何……?」
怒りに剣を揺すらせたレイルに構わず、迅は語る。
「お前に言っても分かんねぇだろうがよ。……昔、RPGのテレビゲームをやった時だ。最初の戦闘が始まると、操作説明を兼ねたチュートリアルが始まるんだよ。戦闘の基本を教えてくれるんだ」
「ふぅん。そのチュートリアルとやらがどうしたと?」
「これがそれだ」
レイルは硬直した。
迅の眼を真っ直ぐに睨む。あまりの言動に反応を忘れてしまったのだ。
陣の言動は「お前は異世界の戦闘を教えてくれるザコだ」としか受け取れないのだから。
レイルは完全に見くびられている。最早誰の目にも明らかだ。
にも拘わらず、レイルは迅の言動に顔を伏しただけだった。
そして――ただ、笑った。
「ははははっ。……へぇ? 僕は『異世界最初の基本レベルの敵』って事?」
「そう言ってんだろ」
「……これを見てもそう言えるか!」
叫んだ瞬間、周囲の熱量が上昇した。
錯覚ではない。レイルを中心点として急激に熱気が放たれたのだ。魔術を知らない迅でもその原因は理解できた。
『レイルの剣』だ。その刀身が紅く朱く、耀いている。
「――剣に『魔術付与』した。これが僕の戦い方だ」
チリ、チリと。
剣が揺れる度、微細な火花が弾け飛ぶ。
「今、この剣は攻撃魔術『爆炎招来』の属性を得ている。つまり『刀身がどこかへ衝突した瞬間に爆発する』って事だね。それは、あなたの身体とて例外ではない」
「なるほど……完全に殺す気ってワケね」
「安心していいよ、あなたは死なない。――手足が千切れても、僕が治癒魔術で回復するからさあッ!」
ゾッとする発言。
それを伴って、レイルの侵攻は開始された。
まず飛んできたのは、――上段からの振り下ろし。
迅は後ろに飛び退いてそれを回避する。が、足下に想像以上の浮遊感を得た。
原因は理解している。「爆発」だ。
剣が地面に衝突し、付与された魔術が爆発を巻き起こしているのだった。
「っとと」
着地が乱れる迅。レイルはそれを見逃さない。
ビュン、ビュンと二太刀。左右に斬り払い、迅を追撃する。
体勢を落として避けた迅の頭部を、火花が舞った。
「甘いよ!」
しゃがんだ迅の眼前に、今度は「蹴り」が飛んできた。
腕を交差させて防御。迅は後方へと飛ばされる。
視線を前へ。
……途端、硬直する。
レイルは広げた手をこちらにかざしていた。
「魔術が飛んでくる」。直感がそう告げていた。
迅は次に取るべき手段を模索する。
――横へと避ければ飛んでくるのは横薙ぎの剣。ならば上へ逃げるべきか。……否、今の体勢を低くした状態ではモーションが大きすぎる、追撃のいい的だ。後方に退く選択は更に有り得ない。魔術が飛んでくるのに後ろへ逃げてどうする。
故に、自然と手段は絞られた。
「な、ッ!」
レイルが眼を見開く。
迅が突っ込んできたからだ。地を蹴って、体勢を低くしたまま。
(魔術を放つ相手に真っ向勝負……!?)
理解できなかった。
この場では「防御魔術で受ける」のが定石。魔術を使えぬ迅が取るべき手段は「とにかく回避に集中する」だ。
最善手を捨ててまで前に出てくる理由は何だ。
発動前に自分を斃そうという目論みだろうか――。
だが、すぐに理解「させられた」。その予測は勘違いだったと。
「ぐ――――、!」
お返しとばかりに飛んできた、横払いの上段蹴り。
それが魔術発動寸前のレイルの手を蹴飛ばし、魔術の発動を拒んだ。
次いで、――流れるように次撃が放たれる。
「ご、ほっ!」
鳩尾に突き刺さった、迅の蹴り。
それが狙い澄ました一撃と化し、レイルの隙を穿っている。攻撃を読まれ、何ら防御対策を取っていない腹部に向かって。
肺の空気全てが吐き出されて、レイルは膝を折った。
視界が歪む。頭部がフラつく。
受けた一撃を耐えつつ歯を食いしばるレイル。片膝を付いて前方を睨むと――、
「どうした。それで終わりか」
迅は、待っていた。レイルが立ち上がるのを。
トドメを刺すのに絶好の機会を捨てて。
「どうせこんな機会は何度でも訪れる」とでも言わんが如く。
レイルは怒りで血が上るのを感じた。
「く……――馬鹿にするな!」
冷静さを欠いたままレイルは飛びかかってゆく。それが迅の策略とも気付かずに。
曇天は、今にも雨を降り注がんといった様子だった。