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11 シグ・ザウエルP226

 中央通りを、まるで恋人のように歩いてゆく二人。


「……荷物、増えたなー」

「文句言わない。これ全部善意なんだから」


 数分前の町人たちから頂戴した様々な「贈り物」が、彼らのソフィアに対する想いの強さを物語る。恐ろしい事に、こうして歩いている今も続々と「お祝い」は増殖し続けている。中央通りで「男連れのソフィア」を目撃した町人たちは、誰もが喜色に満ちた顔で店の売り物を手渡してきた。早く誤解を解かなくてはと懸念するのだが、正直この件は大した面倒とも言えない。


 ――当座の問題は。その貰い物すべて(・・・)を、迅が抱えている点だ。

 重い。重すぎる。

 だが男としてそれを口にする訳にはいかない。断じて。


「まぁ……トレーニングと思えば別に、な。うん」


 迅は視線を落として自分の手元を確認する。貰い物は多岐に渡る。――肉、タマネギ、トマト、キャベツ、木の切れ端、馬の皮、金属製のアンクレット、得体の知れぬ液体、雑巾、黒パン……etc。

 大通りほぼ全ての店主がやってきてこの収穫だ。という事は。


「……やっぱり。この世界には、弾丸はおろか火薬すら存在してねぇんだな」


 落胆で肩を落とす迅。荷物を傍らに置き、自分の装備を確認してみた。


 ハンドガン一丁 、十五発入りのマガジン4つ――。魔術の存在するこの世界では些か心許ない。

 迅はこの残された弾丸六十発で、異世界を戦い抜かねばならないのだ。


 銃を手に取り、形状を確認する。

 シグ・ザウエルP226。

 鋼で構成された銃身は黒く、スライド部分のみが白銀に輝いている。各種オプションを装着する為のアンダーレイルも存在するが……この世界においてオプション・パーツが手に入る可能性は、乗った飛行機が落ちる確率よりも低いだろう。

 飛行機の存在すら疑われる世界で喩えに使用するとは――迅は自分のセンスに苦笑した。


「あっ……ねぇジン、それってあなたの世界の武器でしょ?」


 横からヒョイと銃を覗き込むソフィア。その瞳は興味深そうな輝きを宿していた。


「スキュラに使ってたわよね? どういう武器なの?」

「まぁ何つーか……平たく説明すりゃあ『金属の弾を撃ち出す装置』ってとこかな」

「金属の弾?」

「コイツさ」


 マガジンから弾丸を一発取り出してソフィアに見せる。物珍しそうな彼女の視線を受けつつ、迅は弾丸の上部と下部を交互に指差した。


「この弾頭と薬莢は別構造になっててな。薬莢内部には火薬が入ってるんだ」

「か、カヤク……?」

「この世界でいう所の火炎魔術だと思ってくれ。ソイツが薬莢内で爆発(発動)して、この弾頭部を発射するんだ。で、発射された弾丸は、相手の身体に突き刺さってダメージを与える。爆発のきっかけは薬莢後部のプライマーを撃鉄で叩き、炸薬を発火させる事による連鎖爆発で与える、――って感じだ」

「よくわからないけど……随分と面倒なのね」


 迅による必死の説明も、ソフィアには「面倒」の一言で切り捨てられてしまった。


「いちいち爆発させて金属飛ばす意味が分からないわ。攻撃魔術を一発放てば事足りるじゃない、遠距離の敵なんて。しかも撃ち出す装置のほうも無駄に複雑っぽいし」

「……いや、そりゃ魔術が使えたらな?」


 ソフィアの考え方の違いにこの世界の真理を見た。

 彼女たちはまず始めに「魔術ありき」なのだ。現代人が当たり前に電力を使用するように。

 この世界には魔術が存在する。故に、科学は発展しなかった。

 やはり、そもそも科学という概念すら存在しないのではないか。

 科学はつまるところ「便利にする技術」。だがこの世界では「面倒だ」と感じた事柄はすべて魔術で解決できるという事だろう。火薬にしても、ソフィアの発言どおり「飛び道具で攻撃するなら魔術のほうが圧倒的に便利」である。だから、発明されなかった。

 魔術はこの世界の人々の常識として、深く根差しているのだ。


 徐々にこの世界が分かり始めた。迅はようやくここに来て安心感を得はじめている。

 どれもこれも全て、隣を歩く美少女・ソフィアのお蔭だと忘れてはならない。


(……にしても)


 何故この少女は、自分に親切なのだろうか。スキュラという魔物から救った件だけが理由になるとは到底思えない。まさか自分に惚れた――なんて事は無いだろうが、善意の受けっぱなしは信条に反する。何か礼をすべきだ。

 とは言え……手元には銃やら弾丸やら、硝煙臭い武器しか残っていない。


 仕方なしに迅は、銃の排莢口から弾丸を一発抜き、ソフィアへと差し出した。


「ほい」

「え? ……な、何よこれ」

「やるよ。お近づきの記念だ。残弾少ねぇんだから感謝しろよ。これで残り五十九発だ」


 雑でぶっきらぼうな態度にも拘わらず。ソフィアはあくまで優しく、迅の手から9mm弾を受け取った。そして胸元に持っていき、まじまじと弾丸を見つめる。

 視線を伏した彼女の両頬は、――朱が差していた。


「……あ、ありがと」

「お、おう!」

「…………」

「……」

「……………………」

「な、何だよ!? いきなりしおらしくなってんじゃねぇよ!」

「いや、あの。その。男の子から贈り物をされたなんて、あまり経験がないから……」

「へぇ。男からの初の贈り物が弾丸か。……何か、ごめんなさい」

「え? なんで謝るの? 別世界の武器が贈り物なんでしょ? 嬉しいわよ?」


 己の浅はかな行動に後悔を覚える。

 どうかしている。9mm弾を贈呈されて喜ぶ女子など。もう少し記念に相応しい物を贈れば良かった。悔やんだ所で、他にマシな物品を所持してはいないのだが。


 それ以上に問題なのは、この「気まずさ」だ。

 二人とも目を合わせずキョロキョロと視線を泳がせ、落ち着きの無さを全身で表現していた。現代で稀に見る路上パフォーマーとて、ここまでの胡散臭さは放たないだろう。

 迅もソフィアも、こういった事態が極端に苦手なのだ。


 ……駄目だ、無理に何か話題を振る必要がある。

 そう思った迅は以前から聞こうと思っていた事柄を持ち出してみた。


「あ、……ああ! そうだソフィア! お前に訊きたい事があったんだ!」

「なななな、な、何?」

「いやさ。魔術ってのは全員、右手から放つモンなのか?」

「え? うーん……。確かに利き手で放つ人が多いわね。加えて、意識を掌に集中する必要があるから『自分の手を視界に捉えてなければいけない』わ」

「なるほど。じゃあ罪人を連行する時なんかは、後ろ手に拘束すれば魔術は使えなくなるって事だな」

「極小規模な魔術しか行使できないわね。……でも突然ね。どうしたの?」

「お前がスキュラに魔術を放つ瞬間、右手に持っていた剣をわざわざ左手に持ち替えてただろ? アレが気になったんだよ。右手でしか魔術を使えねぇのかな、ってさ」

「よ、よく見てたわね! ひ、ひょっとして……観察してたの?」

「勿論だろ。観察は戦闘の基本――、」

「わ、私を!? 私を観察してたって事!?」

「ちちち違げぇ、誰がお前の身体なんか観察してるか! 魔術発動のプロセスを、」

「身体なんて誰も言ってないじゃないっ……! やっぱ変態なのよ、あなた!」

「お、お前だって俺をチラチラ見てたじゃねぇかよ!」

「いつよ!?」

「スキュラを斃した直後だよ!」

「え、っ!? ……そ、それは」


 突然、ソフィアは大人しくなってしまった。

 あの初めてこの世界に来て、魔物を討伐した直後。ソフィアが何度もチラチラと自分を窺ってきたのが気に掛かっていたのだ。彼女の「眼」が。

 あれは――初対面の迅を誰かと比較するような(・・・・・・・・・・)視線だった。


 努めて真面目な表情で、迅は改めてソフィアを正面に捉える。


「……なぁ、ソフィア」

「な、何よ?」

「どうして俺にここまでしてくれるんだ? この世界を教えてくれただけじゃない。家にも泊めてくれたし、町も案内してくれた。俺が自分の置かれた状況を伝えたから、ってだけじゃ親切な理由が分からねぇよ。気になって仕方ねぇ」


 迅の問いが意外だったのか。ソフィアは少し思案し、小さく笑った。

 数秒前までとは百八十度違う雰囲気を放つ彼女に、迅は意図せず引き込まれてしまう。


「ふーん。私の事、親切だと思ってたんだ?」

「はぐらかすなよ」

「ゴメンゴメン。でも確かに。何でだろう。……似てるから、かしら」

「似てる? 誰に」

「大切な人」


 「その大切な人が、俺と比べていた人間なのか」。

 無論、そこまでは訊かなかった。訊ける訳も無い。訊いたところで「彼女を傷付ける結果しか生まないのではないか」と察してしまったから。

 そして、その推察は恐らく正しいのだろう。


 ソフィアの表情が、暗い翳りを見せたのだ。


「お、い。ソフィア?」


 ――この少女は、誰だ?


 迅の思考は混乱の渦中に叩き落とされた。

 理解している。彼女は間違いなくソフィア・グロースロンドだ。昨日出会った魔術師の少女だ。

 そう理解しているのに、迅には眼前にいる少女が、ソフィアだとはどうしても思えずにいる。あれ程に元気だった彼女が、今では吹けば飛んでしまいそうな儚さを纏ってるのだから。

 まるで、別人だ。


 ざああぁっ。

 風が凪いで、彼女の長い髪をふわりと巻き上げた。


 彼女はクルリと背を向ける。

 その表情がどのような色をしているのか、今はもう確認することは叶わない。


「……もう町の事は大体分かったでしょ。今度はジン一人でエピーヌを廻ってみたらどう? 私は弟を捜しながら家に戻ってるからさ。その荷物も家に持っていくわ」

「――あぁ」


 先刻までの友好的な態度はどこへやら。

 ソフィアは荷物を持ち、迅を置き去りにして。そのまま大通りから姿を消してしまった。


「…………余計なこと、言っちまったかな」


 結果。迅は、大通りに一人取り残されてしまった。


 ソフィア一人が消えただけで途端に寂しい気分に晒されてしまう。異世界に墜ちて以来、彼女が自分の中で大きな存在となっていた事を、今更のように実感してしまった。


 軽率すぎた己の言動を反省する。

 あまり彼女の事情に首を突っ込むのは利口ではない――。

 何故ソフィアとレイルの姉弟に、ここまで入れ込んでしまうのか。彼ら二人を取り巻く妙な空気。それが気に食わなかった……そんな気がしている。

 いずれにせよ。果ての見えぬ禅問答だ。


「さて、――どうしようか」


 ソフィアはもう居ない。彼女の家に戻ろうにも、気まずさの残る今は避けたいところだ。となればこの大通りを抜け、酒場などで情報を集めるべきだろうか。

 答えの出ない思索を繰り広げていると。


「ん……? アンタ、ソフィアちゃんと歩いてた子じゃないかい?」


 と声を掛けられた。

 歳の頃は四十代前後。人当たりの良さそうなおばさんである。


「ソフィアちゃんはどうしたんだい。喧嘩でもした?」

「何なんだろ……喧嘩、なのかな」

「ちゃんと謝っておきな? あんまりあの娘に面倒かけんじゃないよ、恋人ならさ」

「……はぁ」


 最早反論する気も起きない。黙っておばさんの言うに任せておく。


「大体、あの娘は強気そうに見えて結構苦労してんだ。アンタもそれ解ってやんなきゃ駄目だよ? そもそも恋人ってだけでみんな驚いてるんだから」

「そうなんスか」

「馬鹿領主の馬鹿息子のせいでね。レイルもあの娘の将来の件でかなり悩んでるようだし……。さっきも沈んだ顔で歩いてたよ」

「さ、さっき!? ソフィアの弟を見たんスか?!」

「あぁ町外れの丘に向かっていったね。あの子お気に入りの場所さ。……――ホラ、あそこだよ」


 彼女が指差す方向へと迅は振り向いた。発言通り町の外れに位置しており、木々が密生する森の向こうが高台になっている。あの場所に立てば見晴らしはかなりのものだろう。


 レイルが、あの場所にいる。――取るべき行動は一つしか無かった。


「ありがとよ、おばさんっ!」

「あ、ちょっとアンタ!? 何だい急に!」


 戸惑う彼女を尻目に。迅は丘の方角へと一気に駆け始めた。

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