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10 幼馴染

 老婆ベラの店を出て、二人揃って大通りを歩く。


 店に入る前は人影がまばらだったが、今では様々な店舗で人々が動きまわっている。今は9時頃だろうか。

 迅は歩きながら店を一つ一つ確認してゆく。


 建ち並んでいるのは八百屋や肉屋などと思しき店舗――。目当ての物を売っている訳ではない。が、どうやら野菜や肉などは元の世界の物と変わりないと理解した。

 八百屋の軒先に見えるのはキャベツ、ジャガイモ、トマト……その他どれも見た事のある野菜ばかり。一方肉屋の前面には干し肉や各種生肉が並んでいるが、その奥には飼育された鶏や羊の姿が確認できる。日本でも目する機会の多い食材である。

 やはり食の違いについては心配せずとも良さそうだ、と迅は胸を撫で下ろした。


「何さっきからジロジロ見てんの?」


 隣を歩くソフィアがそう問う。


「そんなお上りさんみたいにキョロキョロしないでよね……恥ずかしいから。ただでさえこのエピーヌは田舎なのよ?」

「あ、いや……実は欲しい物があってさ。それがこの町で売ってないか見てたんだよ」

「欲しい物って?」

「9mmパラベラム弾」

「きゅーみりぱらべらむだん……? 何ソレ? ここらじゃ聞いた事ないわね」

「だよな。――分かってる。試しに言ってみただけだ」


 それでも一縷の望みを抱きつつ、大通りを歩く。

 通りを進むにつれて徐々に人影も多くなってきた。建ち並んだ店から次々に店主が出てきて、こちらへと近寄ってくる。


「ん……?」


 いや、様子がおかしい。彼らはソフィアと迅を交互に見ている。

 何事かと対応に迷っていると、迅とソフィアはあっと言う間に取り囲まれてしまった。

 敵か――そう身構えた迅ではあったが。


「そ、ソフィア?」

「どうしたんだよオマエっ!?」

「珍しいな、男連れなのかよ! こいつぁ明日は雨だぜ!」


 誰も彼も友好的すぎる表情で口々にソフィアへと声を掛ける。どうやら知り合いらしい。ソフィアも笑顔で彼らに応じる。


「……お、おはよう。朝からどうしたのみんな?」

「いや。どうしたも何も。ソフィアが男を連れて歩いていたら驚くぜ、そりゃあ」

「お! この男の子が新顔だね? ソフィアちゃんを落とすだなんてやるじゃないか!」

「ちっ違うわよおばさんっ! コイツはただ行きがかりで……!」

「ハイハイ分かった、これ持っていきな!」

「ウオオオオオぃソフィアぁアッ、ウチの息子の嫁になってくれるんじゃないのか?」

「だ、誰がそんな事誓ったのよ! デタラメ言わないで!」

「クうっ……! コイツは餞別だ、持っていけ!」「良かったねぇソフィア、あんたはもっと幸せになっていい娘なんだ」「お祝いだよ持っていきな!」「あ、俺もやるぜ、今日採れたばかりのタマネギだ!」「私もお祝いだよー!」


 囲まれ、騒がれ、祝われ、物を与えられ……。

 やがて彼らは目的を果たすと徐々にその人数を減らし、ソフィアと迅の周囲から立ち去り始める。最後の一人が消えるとようやく中心部だった地点が露わとなった。

 ソフィアが呆然と「お祝い」を抱えて立ちつくす姿が。


「……完全に勘違いされてたわね」

「お、俺としてもいい迷惑だぜ、ちゃんと後で釈明してくれよ。でもいい人ばっかりだな。この町」

「ま、まぁ。それは否定しないけど?」


 ソフィアが頬を朱に染めた。自分の町が褒められて嬉しいのだろう。


「……昨日、ウチに来たマチスって奴を覚えてる?」

「ん。あぁ――、あの」


 許嫁の、とは言わなかった。

 迅の相槌を引き継いでソフィアは語り始める。


「あいつの父親が今のエピーヌ領主なんだけど、その前の領主って誰だったと思う?」

「突然だな。分からん」

私の身内だったのよ(・・・・・・・・・)

「……へぇ。でも今は違うよな。領主を退いたってワケか?」

「うん。と言うより『退かざるを得なかった』かな。事故で死んじゃったの。だから領主の家族だった私とレイルは、小さい頃あの領主館に住んでいたのよ」


 ソフィアが通りの上方へと顎をしゃくる。

 その先には、一際目立つ三階建ての建物がどっしりと構えている。


「デカい屋敷だなー。遊び場に苦労しなさそうだ」

「でも『領主の身内』っていう肩書きが取れたら、屋敷を出なきゃいけなくて。王都の命令だから逆らえなかった。私とレイルは放り出されたわ。住居の目処すら立たないままに」

「酷い話だな……」

「でもそこからが嬉しかった。話を聞きつけた町の人たちが集まって、私たちの家を造ってくれたのよ。さっきみたいに食べ物も持ち寄ってきてくれて、お金まで貸してくれたわ。『出世払いだ!』なんて鍛冶屋の旦那さんは言ってたっけ」

「はは……何かイイな。そういうのって」

「でしょ? この町ってほんと嫌になるほど田舎よ、それは認めるわ。……でも」


 みんないい人ばっかりなのよ――。そうソフィアは結んだ。


「……ふふっ」

「な、何だよ?」

「ううん。嬉しくて」

「嬉しい?」

「迅が自然に気付いてくれた事が嬉しいの。『みんないい人ばかりだ』って!」


 クルリと身を翻すソフィア。

 そして横顔だけをこちらに見せると、喜色に満ちた笑顔を披露した。

 満開の、花のような屈託のない笑みだった。思わず笑い返してしまう程の可憐さ。「純真無垢」という言葉は、正に今の彼女を指すのではないか。そう迅は思ってしまった。


 スキュラを追撃していた際の彼女の形相を思い浮かべる。

 それは必死で攻撃的で、「鬼気迫る」という喩えが相応しいものだった。だが、それは恩を返す以上に強い「この町を護りたい」という決意の迸りだったのだろう。

 彼女はこの若さで、既に多くの物を背負っているのだ。


「……あ、そういえばソフィア。お前って何歳なんだ?」

「十六よ。レイルは一つ下の十五歳。それがどうかした?」

「別に。大変だなーと思って」

「どういう意味よそれ。――でも、私もジンが何歳か訊いてなかったわね。何歳なの?」

「多分十八歳くらい」

「た、多分!? くらい!? 何それ!?」

「俺を昔から知ってる幼馴染がいるんだが、ソイツに訊いても同じ答えだろうさ。安心しろ、間違いなくお前よりは年上だよ」

「ん……幼馴染?」

「ああ。ガキの頃からずっと一緒に『組織』で仕事をこなしてきたんだ。今回の異世界にも一緒に飛ばされてるハズなんだが……どこで何やってんだか」

「……ふーん。あ、あのさ。それって女の子なの?」

「女の子ってくらい可愛げがありゃいいんだがな。たまにヤバい感じになるのがどうにも恐ろしいヤツだぜ」

「へぇ。そう。そうなんだ。幼馴染……女の子の……」


 ソフィアは突然、黙してしまった。

 幼馴染。その単語が出た途端、妙な表情を作ったままで。


「どうした? 何か変だぞ?」

「べべべべ別にっ!」


 迅に背を向けるソフィア。

 彼女は自分だけに聞こえる声量で、呟いていた。


(――だったら! こんなデートみたいな事してんじゃないわよ! バカ……っ!)

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