小見山香美の十四年戦争
小見山香美も戦っていた。人よりも少し良く見える目をしても見えない何かと戦っていた。
非力でも無力でも孤独でも、手段が純然たる正義でなくても、戦い続けていた。
彼女は孤独ではあったが、何にも代え難い友人がいた。自分がどれだけその友人のために尽くそうと友人は彼女のためには尽くさない。どれだけ愛を与えても、愛は帰ってこない。
憧れの人が友人にはいた。手の届かない次元にいるのに、そのくせブラックホールのような吸引力で人を惹きつける怪物、それが友人の憧れの人だ。
勝とうとも思えなかったし、ましてや勝てると思えなかった。だけど幸いにも友人もその憧れの人を見上げるだけに留まっていた。
そうだ、憧れの人がどれだけ偉業であろうとどれだけ異形であろうと、友人の側に立っていて、友人から名前や愛称で呼ばれる一番近くて親しいのは自分だった。近づけないけど誰よりも近い位置に彼女は満足し幸福を感じ、そして孤独だった。
とある日、憧れの人が雲に隠れるように姿を見せなくなった。彼女に人生の転換期が到来したかと思われたが、やはり友人はずっと見上げていた。夜でも昼でも、晴れでも雨でも、四六時中も見上げていた。辛くないといえば嘘になる。二人きりなのに遠い別の人のことを熱く語られたら、身を焦がすほどに嫉妬する。だけどもそれを理解できるのもまた自分だけだった。やはり彼女には自分しかいないのだ。
そんな不便ではあるが不幸ではない彼女にも悲劇は存在した。
側に友人がいない。体中の皮膚や骨が入れ替わる前から傍に寄り添い続けてきた友人が離れて行く。
彼女は不甲斐ないことに距離を縮める術を知らない。何故なら友人が、友人からいつも近づいてきたために、近い距離を保つ手段をこの歳になるまで知ることが出来なかった。
知ってはいないものの、だから諦める彼女ではない。知らないなら知らないなりに迷い、悩み、そして誤った。自分の首を絞める握手を選んでしまった。
よりにもよって友人が最も憎む敵といえるべき存在と手を組み、そして卑劣な騙し討ちに手を染めた。年端もいかない子供を罠にはめた。さらに子供を悪と決め付けて罪悪感を拭い、心の平穏を保とうとした。初対面なのに純粋に慕ってくれたにも関わらずだった。
小見山香美は戦い疲れていた。非力で無力で孤独ながらも必死に抗い、そして疲弊した。
全身に力が入らない。電池を切れられたロボットというのはこういう感覚なのだろう、とのほほんと考えていた。
(充分に戦ったよね……これ以上の戦いなんて何の意味もないから……もう、休んでもいいよね)
このまま寝落ちする時のように感覚を失い、真っ暗闇に身を投げ出したかった。
しかし、それを許さない人物がいた。
「こみやん」
どれだけ高機能な目覚まし時計よりも目が覚めてしまう声が聞こえてしまった。
離れ離れになっていた友人が目の前で自分の名を呼び、手を差し伸べていた。
「一緒にウチらのスケアリー・モンスターを取り返そうっす」
友人は彼女のためだけに尽くさないし、愛を返さないどころか愛にも一生気付かないだろう。
それでも小見山香美は、
「……もう、しょうがないなぁ。瑠璃ちゃんだけだと頼りないからね」
手を握り返して立ち上がった。




