スケアリー・モンスター9
瞬が抜けてからしばらく瑠璃はスケアリー・モンスターの集会に顔を出さなかった。学校にはちゃんと行ってたものの、授業中は人形のように座っているだけだった。小見山とも話す機会が無くなっていた。彼女の顔を見るたびに思い出しくないことを思い出すから避けてすらいた。
とある日も廊下で小見山を見かけると顔を合わせないように避けるために窓際に寄って黄昏れる。あれから蝉の声を一度も聞いていない。全部土の中に帰ってしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、不意に肩を脱臼寸前まで強い力で引かれる。
「う、うわ、なんすか!」
「瑠璃ちゃん!」
「こみや……ん、何なんすか」
「瑠璃ちゃん……なんでスケアリー・モンスターに来ないの」
「そんなウチなんかがいなくても大丈夫っすよ」
「今ね……ちょっと空気がおかしくなってきたの」
「そりゃそうっすよ、ボスが抜けたんすから」
「ボスは関係ないの。お願いだから、またスケアリー・モンスターに来て」
袖を引かれ、瑠璃はとりあえず行くことに決めた。そして異変を目の当たりにする。
トップが変われば組織は変わる。それが零細ならより顕著になる。
安寧で和気藹々としていた空気はなく、そこはさながら社長室のようだった。
気弱で口数の少ない佐藤の肩を、胡桃が力強く叩く。
「おうおう! 元気にしてたか、伊藤」
「あはは、元気です……あと私は佐藤です……痛い……」
「相変わらず辛気臭いなぁ、加藤はぁ!」
「佐藤です……」
佐藤だけじゃない。絡まれた皆がヘコヘコと頭を下げながら、愛想笑いを浮かべている。言っておくがここはオフィスじゃない、倉庫だ。
居心地の悪さだけでなく、出席率も下がっている。必ず顔を出すような人も今日はいない。
「何があったんすか」
「それがね、この間、不良が乗り込んできて暴れまわったの」
「大丈夫だったんすか!?」
「うん、一人だけだったから胡桃さんがすぐに追い返してくれて。それからは頭が上がらなくなって」
「……だからって、あんな横暴を許していいんすか」
沸々と怒りが煮えたぎる。無気力から抜け出せるかとにわかに思えた。
「おう、瑠璃じゃん。久しぶりぃ〜〜〜〜〜〜」
胡桃が腕を強引に絡めて首を絞めにかかるも怯まない。
「なんだ、夏風邪で休んでたのか? そういやこの間大変なことがあってさ、ここに不良が迷い込んでよぉ」
「そうっす、それでお話があるんすよ」
「お話? そんな必要あるのか? それを倒して、はいオシマイだが」
「はっ……何を言っているんすか」
腕が息の根を止めにかかる。思わず呻いてしまう。
「わかんねーか? お前がいてもいなくても何も変わらねぇんだよ。大丈夫だっつーことよ」
耳元で囁かれるとタバコの臭い、ツバがかかり、不快なことこの上ないが避けも解けも出来なかった。
「あっははは、心配すんなっての!」
顔が赤くなるのを見計らって解放される。肺が急な呼吸の拡張に対応しきれず、咳き込んでしまう。
「大丈夫!? 瑠璃ちゃん!」
駆け寄って背中を擦る小見山。
「……」
労いの一言もなく、じっと嫌悪の眼差しを胡桃に向ける瑠璃。
「心配し過ぎなんだよ、一人娘の親父かって」
どこからか持ち込んだと思われる、表面の一部が破けて綿がはみ出たソファーに胡桃は腰を掛ける。
「いつの間にこんな物を持ってきたんすか」
「あぁ、一週間前だったかな……念動力の奴らに運んでもらったんだ。ここから10分くらいのゴミ捨て場から」
「ひどいっす! そんなことしていいんすか!」
「当然の報酬だ」
「報酬? あんたが何をしたって言うんすか!」
「鳥頭かよ。追っ払った報酬だよ。ギブアンドテイクだ。これからも頑張る前払いでもあるけど」
「前払い……?」
「そうだよ、前払い。実はついさっき前で襲われたところだ。相手は高校生だったかな?」
瑠璃や小見山だけでない、周りにも動揺が広がる。
報復があったのだろう。抗争は続いている。よく見ると額に擦り傷がある。どうやら無傷の完勝ではなかったようだ。もしかしたら服の下にも怪我があるかもしれない。
「なーに心配すんな。全部任せてくれよ、戦艦に乗ったつもりでいてくれ」
当の本人は肘をついてのんびりしているが、
「……ボスに報告するっす」
すぐさまスマートフォンで電話をする。
迅速かつ賢明な判断だった。
しかしそれは上手く行けばの話だった。
「……あれ?」
いくらコールしても繋がらず、留守番電話に回される。
何度も何度もかけ直すも一向に出る気配はなかった。
必死な姿が滑稽なのか、胡桃は寝転びながら腹を抱えて笑う。
「出ないだろう? そうさ、ボスは忙しいんだ」
「そんなはずないっす、ボスはいつだってウチラの」
笑いをピタリと止め、
「甘えんな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
轟々とコンクリートの壁の中で残響する。
ソファから飛び上がり、羅刹の如き剣幕でまくし立てる。
「ボスがいなくちゃ何もできねーのか、お前は! ボスはな、自分の意志で降りたんだ! そしてあたしは託された! 助けてくださいってのはな、あの人への裏切り行為だ!」
タバコの臭いに大量のツバ。今は不快感より恐怖が上回っている。
本気の姿に、手も足も息も出なかった。
不意に胸をどつかれる。息が苦しくなかったのでそこまで強い力ではなかったが、後ろに倒れそうになるも踏みとどまる。
「お前とは覚悟が違うんだ。余計な真似をするな」
そう言ってソファに寝転び、欠伸をする。猫のように眠っていたかと、凶暴な咆哮を見せつけてくる、まるでライオンのような女だった。
「……」
瑠璃はまたも立ち尽くす。腹立たしいけども癪に障るけどもどうしようもなく、正論だったからだ。
「瑠璃ちゃん……」
「こみやん……まだっす、まだ、諦めていないっす。泥船かもしれないっすけど、何とかしてみせるっすから」
勇ましいも、その場では何も出来なかった。帰ってから彼女は本気を出す。机の上には大量のぶどうジュース。そしてPC眼鏡に目薬と長期戦が予想されるために物資は余るほど用意した。
「……あいつには、任せられないっす」
彼女は再びネットの世界に足を踏み入れた。探すのは決まって超能力者。今までと違うのは、弱者に虐げられている人ではなく、より強力な超能力者だ。そして出来るなら年上が良い。
狙いは新たな簒奪者を招聘することだった。トップに据えられなかったとしても今後抗争に巻き込まれた場合の補強にもなる。
その日のうちに終わらせなくてはいけない宿題は放っておいてパソコンに集中する。
検索を全国と範囲を広げすぎたために候補が何件も引っかかるも遠すぎて通えないことに気付く。非現実的だとわかると条件に、せめて県内であることを加える。
すると一件だけが検索に引っかかった。
瑠璃はその華やかでありながら胡散臭さが同居した名前を自然と読み上げていた。
「はなまくらの……魔女?」




