スケアリー・モンスター4
謝りに行こうと決心したのは五時間目開始直後だった。その五時間目と六時間目の間に会いに行くも隣の教室に彼女の姿がなかった。タイミングが合わず、放課後になってしまう。
再度向かうもやはり彼女の姿はない。鞄があるので帰ったわけではない。
思い切って初対面の人に聞く。
「あ、あの!!!」
近距離なのに大声を出してしまう。ボリュームを下げつつ、
「あの、小見山香美、知ってる?」
「あぁ小見山さん? 五時間目から保健室だよ」
「ありがとうございました」
初対面なのに敬語を忘れてしまった。お礼の時はちゃんと言えた。自己評価しながらも、最終的には赤点を出した。親友を保健室に行かせるほど傷つけたのだから当然の結果だ。
廊下をダッシュで駆け抜けて保健室にたどり着いた。ノックして中に入る。
ベッドで眠っているかと思ったが、どのベッドもカーテンが開かれ、空いている。
「あれ、行き違ったかな?」
「誰を探してるの」
保健室の先生がいた。暇だったのか、クロスワードパズルで遊んでいる。
「小見山香美さんは帰りましたか?」
「あぁ帰ったよ。さっき友達が迎えに来てたよ」
親友の友達の存在を知り、軽くショックを受ける。言い方が悪いが寝取られた気分だ。
当たり前の話だが彼女が全て自分の都合の良い存在なはずがない。彼女だって高校に上る前には普通に恋とかするだろう。
「どんな男ですか、そいつぅ!」
「男じゃないわよ、女よ」
ちょっとホッとする。なんだ、女友達か。
だがしかし安心は束の間だった。
「確か迫さんだったかしら」
「迫って……1年1組の」
「そうそう、保浦さんと同じクラスの」
これは最悪な展開だ。まだ男が寝取ったほうがマシだ。
保健室を飛び出して下駄箱に向かう。二人とも上履きだけ残している。小見山の上履きに手を突っ込む。
「まだ温かい!」
そして、またも市中を走る。この前はあっさりと見つかったが今度はどこに行っても見つからなかった。
最後に行き着いた場所は迫邸だった。新築なのか外観がとても綺麗だった。周辺は閑静なニュータウンでどれも新品だったが迫邸はさらに顕著だ。
カメラ付きインターホンを鳴らすも何の反応もない。故障ということはないだろう、何度も鳴らすがうんともすんとも言わない。ドアノブを引っ張るもドアはうんともすんとも言わない。
留守だろうか。庭に回るとテラスがあった。花壇には萎れたヒマワリが生えている。奥には真っ白な家があり、粗末な仕切りをされてて曖昧な境界になっている。半ば庭の土を共有しているかのようだ。
窓の引き戸があるもカーテンは開いてるも鍵は閉まっている。部屋にはきちんと畳まれて積まれた衣服が見える。
頭上から物音がした。見上げてみると二階にも窓があり、カーテンが揺れていた。
どうやら留守ではない。玄関に戻り、インターホンを連打する。するとスピーカーが再生される。最初に聞こえたのは舌打ちだった。
「はい、迫ですー。おっと、これはこれは、保浦さん」
わざとらしい。白々しい。
「プリントを届けに来てくれたんだ、ありがとう。ポストに入れておいて」
「ポストにプリントが入りきらないから開けてくれない?」
「風邪うつしちゃうと悪いから開けられない」
またもいとも容易い嘘をつく。
「そんなに風邪悪いの? 保健室まで来れるのに?」
「……何のことかわからない、それじゃあね」
会話が途切れる、その後ろで声が聞こえる。
「瑠璃ちゃん!」
聞こえたのは一声だけだった。喧嘩したまま離ればなれになった親友が、自分の名前を呼んでいる。
漫画の主人公なら武者震いするところだろう。見せ場が始まる。
助けを求められた瑠璃も震えていた。インターホンも鳴らせないほどに立ち竦んでいた。
恐怖で一歩も動けなくなっていた。呼吸が乱れ始め、初対面の人間と話す時よりも極度の緊張状態に陥っていた。
原因は先日のカメラのせいだ。無謀で矮小で愚図な陰キャラのくせに鞘走ったせいで危うく壊してしまっていた。あの黒髪の少女の助けがなければ何もかもがおしまいだった。
あのカメラは人生の転換期を呼び込んだ。保浦瑠璃から自信を欠落させる負の転換期だった。
何も出来ないまま、玄関に棒立ちする。すると家の中から大きな物音が聞こえてきた。一つではない、何度も連続して聞こえてくる。
嫌な予感が充満する。
「助けに行かなくちゃ……でも行ったところで……助けを呼ぶとか……でも、そんな時間は……」
逡巡だけで指一本動かない。唯一活発に活動していたのは呼吸だけだった。焦りが呼吸を先走らせ、必要以上に換気活動を行ってしまう。次第に手足が痺れ始め、目眩が起きる。
何も出来ないでいると物音が止む。
「香美ちゃん、ごめん……」
身を知る雨が降る。
足音が中から近づいて聞こえてくる。迫なのか、小見山なのか、彼女にはわからない。
逃げるか、それとも立ち向かうか。どちらにも決められず、目の前の開かずのドアが開かれた。
「……っ!」
中からは、笑顔の小見山が飛び出てきた。その勢いで瑠璃に抱きついた。
「瑠璃ちゃん、助かったよ! 瑠璃ちゃんのおかげだよ!」
「……」
最近何が何だかわからなくなることが多い気がする。
首元や背中、尻を触ると確かな感触がある。幽霊や幻の類ではない。
本物だ、本物の小見山香美だった。
無事の再開に瑠璃は、
「……はあ」
宛先のない空返事をしてしまう。
台本があればここは二人で無事の再会に泣いて喜ぶところだが、どうも感動よりも疑問が前に出てしまう。悲劇のヒロインを気取る気はないがいくらなんでも呆気なさすぎて、本当、何が何だかわからなくなっていた。
「……ひょっとして、自分でやっつけたの?」
「そんなわけないよ、黒い人に助けられたの!」
「黒い人ってあの黒い人?」
「あたしが黒い人で通じるってどういうことだよ……」
ドアから続いて、黒髪の少女が現れた。
「……どうして?」
当然の疑問を黒髪の少女は丁寧に説明する。
「テラスの窓があっただろ? あそこから入った」
違うから、そうじゃないから。
「どうして、ここにいるんですか? 何かのイリュージョン? 奇跡?」
「イリュージョンでもなければ奇跡でもない。偶然だよ。必死の形相で街中を走っているお前を見かけて、まさかと思って追いかけてみればここに着いたんだ」
「……奇跡だ」
間違いない、これは奇跡だ。誰がなんというと奇跡だ。
「瑠璃ちゃん、ごめんね。心配させちゃったよね」
小見山は涙を流していた。
「そ、そういえばどうして連れてかれたの? 抵抗できなかったの?」
「迫に私が超能力者だってバレたの。それでバラされたくなかったら言うこと聞けって」
「何をさせられたの!?」
もしや如何わしい行為か? そんな! 二人は女同士だ……!
「炊事洗濯掃除……」
「あ、ごめん……」
「なんで謝るの?」
「とにかく、ごめんなさい。あとたぶんバレたの、ウチが原因だと思う。つい言っちゃったんだ、友達が見たって。友達少ない陰キャラの私が友達なんて言ったら即効特定されちゃうよね」
手癖の悪い迫のことだ、盗む時も決して周囲の警戒を怠らなかったはずだ。
「そうだよ、お前が陰キャラだから、足元を掬われるんだよ」
よたよたと木製バットを杖に現れる迫。外傷が見当たらないのでやはりこの前みたいに顎にフックを受けたのだろう。
「ボコボコにすれば反省するとでも思ったか? なわけねーだろっ。むしろ燃え上がってるわ、瑠璃と黒髪の女の超能力をネットにバラしてやる」
「そんなことしていいのか? ただじゃ置かないぞ」
「おう、なんだ? 殴るのか? いいぜ、両手折っても構わないぞ? 今の時代なら音声でも入力できるからな」
「そうか、だったらあたしは容赦なく奥の手を使うぞ」
「奥の手? なんだよ、言ってみろ!」
脅迫されても黒髪の少女は落ち着きを払っている。
奥の手とは一体何なのか、瑠璃にはわからない。だけどもきっと想像を絶する手段なのだろう。
その手段とは一体何か、黒髪の少女は臆面もなく言い放つ。
「お母さんに言いつけるからな」
「……」
「……」
「……」
その場の全員が沈黙する。
しばらくして迫が確認する。
「は? お母さんに言いつける? ……餓鬼くさっ!」
「そうだよ、あたしのお母さんに言いつける」
間違いない、黒髪の少女はそう言った。
「……本当に想像を絶した……」
瑠璃は愕然とする。もしかして目の前にいる人は世界一馬鹿なのでは。
「おいおいおい、本当に言いつけるのかよ! お前のお母さんすげーな、何者なんだよ」
その発言は迫の哄笑を来す。
「お前の母親に、ここの土地を教えたのがあたしの母親だ」
その発言は迫の恐慌を来す。
「……出鱈目を」
「この土地に家が建ったのは今年の4月。ここに引っ越してきたのが5月」
「…………」
迫が黙るということは出鱈目ではなさそうだ。
「あたしはずっと見てたぞ、この家が出来上がっていく様子を……裏からな」
「まさかあの白い家が……黒髪さんの?」
「黒髪さんって何だよ、あたしの名前は」
「嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
迫が発狂ではなく絶叫する。
「土地を紹介したからなんだ! ただのママ友だろうが!」
「ただのママ友じゃない」
「だったら何だ!」
「会社の上司と部下だ」
「はっ! 言っておくがうちの母親はかなり重役なんだよ! 最近、副社長に出世したんだ! それで親父よりも稼ぎが良いんだ!」
瑠璃と小見山は察する。しかし出来過ぎた話に半信半疑になるも、
「うん、だから、上司なんだって」
揺るがない黒髪の少女の姿に確信する。
「え、えと、つまり……」
迫は混乱している。さもありなん。
「副社長の上司だから……社長……?」
段々といたたまれず、目も当てられなくなってくる。
瑠璃も黒髪の少女も無理に事実を突きつけようとはしなかった。しかしとある1人がぽろりと漏らす。
「すごいね、黒髪さん、社長令嬢なんだ……」
それがトドメだった。
バットと一緒に崩れ落ちる。
「…………嘘だと言ってよ」
そう言って道端の蝉のように動かなくなった。
声をかけるのも憚れる。三人は無言でその場を後にした。自然と向かったのは黒髪の少女の自宅の前だった。
黒髪の少女とは真逆で家の外壁は真っ白だ。
「何から何まで、ありがとうございました」
言えなかったお礼をようやく言えた。
「良いって別に。ただ勝手にやっただけだから」
謙遜するなんて何と奥ゆかしい。
「あぁ、でも、本当にまた何かなりそうだったらすぐに呼んでくれていいから」
「え、でも、お母さんに言いつけるから大丈夫では?」
「馬鹿。それが絶対の抑止力になるとは限らない。人は追いつめられた時こそ何をしでかすか分からない。最後に物を言うのが腕力だ」
それでいて介入してくれる積極さに心を打たれる。
「それじゃあな。暗くなる前に帰れよ」
またもすぐに帰ってしまう。3分しか地球上にいられない正義のヒーローなのだろうか。
「あ、あの! 名前!」
小見山は継ぎ接ぎの言葉で帰りを止めた。
「あぁ、そうだっけな。あたしは」
「はい、保浦瑠璃です! こっちは小見山香美です!」
軍隊のような自己紹介をしてしまう。
そんな慌てん坊な幼なじみに小見山は呆れる。
「……もう私の方まで言わなくていいよ」
「あはは、元気があって良いな」
黒髪の少女は初めて笑顔を見せた。息が止まりそうになる。
「あたしの名前は永谷瞬。まどかは一瞬の瞬の漢字」
名前を知った。だけども言葉にしてもいいものだろうか、とてもじゃないが恐れ多い。
「それじゃあな」
お礼も自己紹介も済んでしまった。残りは別れだけだ。
瑠璃は何としても繋げたかった。目の前にいるけども空よりも遠く高い場所に立っている人ともう少しだけ、ほんの少しだけ、関係を保っていたかった。
名前を呼ぼうとした。だけども名前は言葉にできない。
不意に彼女の代名詞を考えつき、深く考えずに叫んだ。
「ボス!」
瞬は一旦停止する。
「ボスって……あたし?」
「そうです、ボスはボスです!」
「……部下にした覚えないけど」
「覚えがないのは当然! たった今、部下になりました! 家来でも奴隷でもいいです! ボスは私たちに必要な方です!」
「話がまるで見えてこない……」
瑠璃もそれは同じだ。リアルタイムで創作している。
「まだ私たちの脅威を去ったわけじゃありません! これからも助けて欲しいんです!」
なんて身勝手で我儘な物言いなのだろうか、だけど無謀で矮小で愚図な自分にこそ相応しい。
「ボスの力はきっと弱者のためにあるんです! まだまだ理不尽に虐げられている人たちがいるはずです! そんな人のために全身全霊で助力します!」
「そんな突然言われてもな……」
当然渋るだろう。そして、断ってしまうだろう。それでも良い、一瞬だけでも夢が見れた。ボスと一緒にいろんな人と出会って、助けて、仲間になっていく。そんな夢のおかげで漫画脳は満足できた。
捜索しながら創作し、錯綜した夢物語に誰が耳を貸すだろうか。
だけど、そんな夢物語を応援してくれる人がいた。
「ボス! 私からもお願いします!」
「え、小見山のほうまで!?」
「実は私だけでなく、瑠璃ちゃんも超能力者なんです。能力は念写。きっと役に立つと思います」
「瑠璃も超能力者なのか、それも念写……凄いな」
「凄い、なんてそんなぁ」
凄い人に凄いと言われてしまった。あぁ、もう死んでも良い。
「もう死んでも良い……」
「瑠璃ちゃん、死んじゃダメだよ」
言葉に出てしまっていた。
瞬は腕を組んだ。一挙手一投足が栄えある映画のワンシーンのように雅に映える。
「……そうか、あたしの力がいろんな人を助けるか」
腕組を解いて、朗らかな笑顔を浮かべた。
「わかった。やれるだけ、やってみるよ」
枯れ葉が舞う仲秋の候、こうしてスケアリー・モンスターが萌芽した。




