スケアリー・モンスター3
登校時間になると瑠璃の家のインターホンが鳴る。保浦家の日常の一つで小見山が迎えに来た合図だった。
毎朝二人一緒に登校するのも小学校からの変わらない日常だ。どちらかが風邪を引いた日以外は必ずそうしている。普段の会話も当り障りのない話題だ。昨日観たテレビ番組や朝食の献立を報告するくらいだ。そして何気なしに、
「そういえば昨日、びっくりするようなことあってさ」
「何があったの?」
「うん見て、これ」
「なにこれ、盗撮? それと誰?」
「昨日助けてくれた人」
「へぇ、美人。誰が撮ったの?」
「ウチ」
「へぇ、瑠璃ちゃんが撮ったんだ……」
昨日の怪奇現象を話した。
あまりに自然と話すものだからワンテンポ遅れて正しい反応する。
「……はい?」
「昨晩このカメラで撮れ」
瑠璃は小見山に平手打ちされる。
「瑠璃ちゃん……なんで……なんで盗撮なんかしたの!? 盗撮は迷惑防止条例違反だよ! あと住居侵入罪!」
「あの、ちょっと話を聞いてくださりませんか」
話を聞いてもらえず手を引かれる。
「あれれ、そっちに学校はないよ?」
行き先は学校ではなく、
「自首しよ! 自首して罪を軽くしよう!」
近所の交番だった。
「一緒に謝ってあげるから来て!」
「待って待って!」
「頑張って罪を償って、一緒の高校に行こう!?」
「ストップアンドクール!」
覚えたての英語と全身を使って、暴走を止める。
「これ、本当に撮ったのか、自分でもわからないの!」
「……何言ってるの?」
「えーとえーと、これ撮影したのは自分の部屋」
「瑠璃ちゃんの部屋、こんなに片付いてたっけ?」
「最後まで大人しく聞いてよ……撮影したのは自分の部屋だけど、写ったのはこれなの」
「……瑠璃ちゃん、それって……」
「心霊写真かな? ホラーにしてはちょっと季節外れ」
瑠璃は笑ってみせるが内心は怖かった。この怪奇現象について、余計な心配をさせたくなくて母親には話していない。それでも誰かに話しておきたくて信頼できる小見山に初めて打ち明けた。
「……瑠璃ちゃん、このこと誰にも話しちゃダメだよ?」
「え、なんで?」
「あと写真は預かるね。この話の続きは昼休みにしよう?」
いつになく真剣な表情をする幼なじみに不安を抱くと同時に安心もしてしまう。
「うん、わかった」
こんな無謀で矮小で愚図な自分にも助けてくれる人がいる、そう思った。
給食の時間。プリンが一つ余っていた。誰か休んでるかと思いきや、迫が欠席していた。折角のチャンスなので争奪戦に参加するも真っ先に負けてしまう。それもひどい負け方で自分だけがグーで、他10人がパーだった。
昼食を済ませて隣の教室に向かう最中、廊下で小見山と会う。
「ここじゃなんだから図書室に行こう」
「会話するのに図書室ってなんか悪だなぁ」
「本を読む以外にも使用目的があるって素敵じゃない?」
「友人を交番に連行させようとする人の言葉とは思えない」
「後の話はショで聞きます」
「そのショは図書室のショだよねぇ? 断じて警察署のほうじゃないよねぇ?」
「さてさて、どっちかな〜?」
小見山はSっぽい笑みを浮かべる。
心配は杞憂で、図書室に連行された。
彼女たちの母校の図書室は広さだけは県随一だった。貯蔵量はそれほどでもなく、大きな本棚と大きな机の間を必要以上開けている。
そんな図書室の奥の一角を陣取り、小見山は話を始める。
「瑠璃ちゃん、単刀直入に言うね。昨日の写真は心霊現象でもましてや怪奇現象でもありません。超常現象だと思われます」
「……同じようなものじゃないの?」
「テレビや新聞、インターネット見てないの? 今や超常現象に関しては日常になってるの」
「超能力?」
「そう、それ」
真剣な眼差しを向けられるも半信半疑だった。
「あはは、まさかー。超能力なんて海の向こう、空の向こうの話でしょう?」
超能力ならテレビでも新聞でもインターネットでも観たことがある。というか知らない人のほうがいないだろう。
カレン・リードのイリュージョンは何度も観たことがある。特に水中を無呼吸で100mを移動した時は圧巻した。
存在は信じている。だけどそれは自分の世界には関係ない。常識の壁を作っていた。
「まあ瑠璃ちゃんらしい反応か……なら、信じさせてあげる」
そう言って瑠璃は目を瞑る。
「瑠璃ちゃん、今日ハンカチ忘れてきたでしょ」
「あぁ、よく分かったね。ちょくちょく忘れちゃうよね」
「……ごめん、この方法はダメだったね。それじゃあ図書室ならではということで本を取ってきて。何でも良いから」
「何冊?」
「何冊でもいいよ」
趣旨はわかった。目隠しの状態で当てるつもりなのだろう。
言われるがままに瑠璃は三冊ほど選んだ。それぞれのタイトルは「全人類をハゲにするウィルスとそれを発明したハゲの天才」「プレート・アーマーがファッションの国」「正義感溢れる女と針千本
」だった。小見山は勿論として誰も読んだことがなさそうな本を意地悪でチョイスした。言うまでもないが瑠璃も読んだことがない。存在すら今知った。
「選んできたよ」
戻ると小見山は目を瞑ったままだった。
「早速当てようか? 持ってきた本は三冊。下から順に全人類をハゲにするウィルスとそれを発明したハゲの天才、プレート・アーマーがファッションの国、正義感溢れる女と針千本」
タメすら無く、言い当ててしまった。
「待って待って、取りに行くところ見てたでしょ」
「まだ信じてくれないの? じゃあ中の台詞も言い当てればいい? また下から順に言うよ。『毛のない彼と付き合う気は毛頭なかった、てか』、『それは残念です……今すぐ、お客様に合ったプレート・アーマーをご用意できるのですが』、『上様に頼み、針千本を根絶やしにしてもらうのだ』」
「本当にそんな台詞あるの!? 一体全体どんな状況でそんな台詞吐くの!?」
「瑠璃ちゃんが持ってきた本でしょうが」
信じられなかったが探すと確かに言う通りの文章があった。
こうなれば信じるしかない。
「香美ちゃん……」
「私も、超能力者なの。目覚めたのは透視能力。軽蔑した? いや、しちゃうよね……」
瑠璃の反応は小見山の予想の範疇をあっさりと超えた。
「すごいすごい! これで香美ちゃんも第二のカレン・リードだね!」
「……なんですと?」
「こうしちゃいられない! 今すぐ今のと同じ手品を動画で撮ってアップしましょう!」
スマートフォンで撮影を始めようとする瑠璃は小見山に平手打ちされる。その拍子に三冊の本が地面に散らばる。
「二度もぶった……なんでなん」
「なんでなんは、こっちだよ……瑠璃ちゃんがそんな軽い人間だとは思わなかった!」
真剣な眼差しは朝と変わらない。しかし、敵意が増えていた。親友が本気で睨みつけていた。
「……このこと、絶対にバラさないで。バラしたら、あなたの念写のこともバラすから」
脅しを残して、小見山は立ち去っていった。
「……」
残された瑠璃は無言で本を拾い、元の場所へと戻した。
最後に戻した本は全人類をハゲにするウィルスとそれを発明したハゲの天才だった。この小説の台詞は最後の方だったので探している間に内容が頭に入っていた。おかげで親友が激怒した理由がわかった。
「そっか……そうだよね……差別って怖いよね……」
軽率な一言で無謀で矮小で愚図な瑠璃は、唯一無二の親友を失った。




