交渉人?保浦瑠璃
一行は無事に透たちの寮の前にたどり着いた。エンジンを切ると鈴虫の鳴き声がよく聞こえる。
透はぼんやりとした頭で車を降りた。マルコの肩を杖代わりに大地に立った。
「送っていただきありがとうございました」
彼が頭を下げると引っ張られて透もうなだれる。
「……ありがとうございました」
真似して彼女も感謝する。
「いいの、いいの。気にすんなって」
「運転してるの千佳ちゃんじゃないけどねー」
大人の二人は手を振る。エンジンを掛けて発射する直前、
「あ、そうだ!」
マルコは助手席の窓に手をかけた。
「葉石さん! 今度バイクに乗せてください! OKがもらえたので!」
「おぉ、そうかそうか! それじゃあ空いた日があればいつでも言ってくれよ」
葉石はマルコの手を取って握手し、上下に乱暴に振った。
握手が終わるとすぐに発車した。車の排気音が遠くなるとまた鈴虫が騒ぎ始める。
「さあ、部屋に戻りましょう」
「……ちょっと待って、葉石さんに聞きたいことが……ねぇ、葉石さん……とか習ってました……?」
「何言ってるんですか、もう帰っちゃいましたよ」
「ん? 帰った……?」
透は目を見開いた。見開くと真っ赤に充血した眼がむき出しになり、ちょっとしたスプラッタ。
「帰ったああああああああ!!??」
「大声だすほど驚くことですか?」
「もおおお! なんでかえしちゃうのおおお!」
マルコを前後に揺さぶる。胸が彼の後頭部に触れたり離れたりする。
「後でSNSで聞けばいいじゃないですか〜」
されるがままだったが、ささやかな反抗を示す。
「ん〜〜そうだけど〜〜〜でもそれじゃあ本当かどうかわからないじゃん?」
マルコの頭頂部に顎を乗せる。ぐりぐりとつむじ当たりを刺激する。
「思考の透視使ってまで聞きたいことですか?」
「ん〜〜〜ちょっとね〜〜〜〜……」
会話しながら部屋の前までたどり着く。気分的にはシャワーを浴びて夕飯を採らずに眠ってしまいたいところだったが、
「……」
「……」
透の部屋の前のとある光景を見て、頭を抱えた。
「またか……」
部屋の前には保浦瑠璃が居座っていた。それも何故か、正座のままで眠りこけていた。
「……今晩、マルコの部屋に泊めて」
透の提案に、
「起こしてあげましょうよ……」
マルコは正論で返す。
「……これ以上関わっちゃいけないでしょ」
「そんな、ここまで来たのに冷たくありませんか」
「違うよ、これ以上関わったら、この子のためにならないの」
そこに強く、長い風が吹いた。秋を思い起こさせる冷えた風だった。
急な温度変化に透は思わず、
「くちんっ」
くしゃみをする。
「……ん? ……透さん、っすか……あわわ、お帰りなさいっす!」
透の帰りを確かめると一瞬で覚醒する瑠璃。正座のまま手で三角形を作ってお辞儀する。隙の多い忠犬だ。
「あー……なんだ……起こしてしまったなら仕方がない」
透は観念する。
「……水道水いっぱい飲んだら帰りなさい」
「扱いが雑っすけどありがとうございますっす!」
全員が透の部屋に集合する。彼女の部屋は閉めきっていて、冷房を時間予約で起動させていないので熱気が篭っていた。
窓を開けて風通しを良くしてから台所に戻り、飲み物を用意してから茶の間に戻る。
「はい、これが瑠璃の分」
「ありがとうございますっす……うわあ本当に水っす! 三度の飯より水が好きっす!」
氷すら入ってないただの水がコップで瑠璃の前に置かれる。
「そう? 喜んでくれて嬉しいわ。……それでこれがマルコの分のコーラね」
「なんて露骨な差別!」
「水、嫌いだった?」
水の入ったコップを引っ込めようとするも、
「いえ、いただくっす!」
瑠璃は一口で飲み干した。
「はぁ……水、最高……」
水に感動してる傍らでマルコが氷の入ったコーラを飲むと、
「……」
「あの……羨ましそうに凝視するの勘弁して下さい」
やはりジュースが羨ましかった。
「さて皆に飲み物が行き渡ったところで」
「乾杯っすか」
「そんな訳あるか。第一もう飲み干しただろ」
透が仕方なしに空になったコップにコーラを注いでやる。
瑠璃は喜ぶが、コップは渡されなかった。
「これが飲みたいなら、洗いざらい全部話してもらおうか」
「……自己紹介っすか? えーとそれじゃあ、名前はもうお話してるので誕生日に血液型、星座を」
茶化そうとする瑠璃を、
「瑠璃さん、僕からもお願いします」
マルコが諭した。
「……あー……そのー……じめっとした空気、苦手なんすよね、あはは……」
「瑠璃さんのペースで構いません。でも本当のことを話してください」
「……怒らないで聞いてもらえるっすか」
「はいはーい、私はもうすでに怒ってまーす」
透がそう言いながら挙手をする。
「……ああいう人もいますけど、話さないともっと怒るので話したほうがいいですよ。それに、これ以上隠されたら、僕も助けられなくなります」
履歴書の趣味特技の欄に人助けと書きそうなマルコがそこまで言った。
さすがの瑠璃も話す気になったというか、諦めたというか、観念したというか、どうにでもなれと思って話を始める。
「それじゃあまず、ボスとの出会いからお話します……始まりはそこからでした」
脳天気で軽快な口癖を止め、靉靆とした口調で話す彼女は、粛々と浮かんでは消えていく炭酸水の泡沫のように儚い。




