魔女狩り4
マルコは最初に通ったルートで看板に身を隠し透の通過を待っていた。
鹵獲したスマートフォンの通知音が鳴り出した。すかさず半裸の男の下半身をフリックしてロックを解除する。どうやら彼は深い意味に気づいていないようだった。
SNSでメッセージが届いていた。どうやら猿若という人が透を見つけるも逃がしてしまったようだ。URLをタップすると地図アプリが開かれる。
「あれ、さっきの喫茶店の近くだ」
喫茶店名で位置が判明する。同時に地図を縮小し、自分の現在位置を照らし合わせるとかなり離れてしまっていることに気づく。
わざわざ遠いところまで逃げたのにも訳があるのだろう。そう解釈しつつ信頼しつつ、送られた位置から駅までのルートを想定する。
「同じルートを通る決まりだからもう少しこのままでいましょう」
視線が周囲と画面を行き来する。不審だが通行人は誰も彼に気を止めていない。
画面をチャットのアプリに戻す。チャットには位置情報以外にも他に情報が記されていた。透の超能力についてだ。
「テレパシーって……半分バレたみたいなものじゃないですか……!」
この事実はマルコを動揺させた。能力の性質上、透の能力は黙ってさえいればまずはバレない。それに彼女は日常生活から隠すことに必死だ。それを見破った敵は透以上に切れ者に違いない。しかし能力がバレても見事に撃退できたようだ。もしかしたら、あえて情報を漏らしたのかもしれない。
「さすがだな、透さん……」
そう解釈しつつ信頼しているが、実際にはただ下手をこいただけだ。
マルコが感心していると何の前触れもなく、誰かが彼の背中を叩く。
「うわっ!」
慌てて振り返る。左右逆のファイティングポーズを構えてしまうが、背中に立っていた人の顔を確かめるとすぐに警戒を解いた。
「驚かさないでください……小見山さん……」
「ふふ、ごめんね」
謝罪のつもりなのか頭を横に傾ける。一緒にポニーテールも傾く。
「実はさっき、華枕の魔女さんと会ってね、マルコちゃんを連れてくるように言われたの。本厚義駅は庭みたいなものだから安心してついて来て」
「そうだったんですか、助かります」
小見山はそう言うとやや強引にマルコの左手を引く。髪型で大人びて見えるが体の細部の手はまだ未発達だ。爪は伸びない楕円で、新梢のように伸びしろのある指。手のひらは日陰のようにひんやりと冷たく、こんにゃくのようにぷにぷにと柔らかい。身体の表面の柔らかさとは女性の特権だ。マルコは男である以上、こういう手はどうにも虜になってしまう。興奮もするし同時に心が安らぐ。奪ってしまおうとは思わないがずっと手元に置きたい魅力的な手だった。だけどもやけに汗ばんでいる。顔や呼吸を見ても運動をした後のようには見えない。
「これからどこに行くんですか」
「……すぐにわかるから」
小見山は大胆にも道の真ん中を歩く。たまに向かい側から来る、避けようとしない大人数の集団や歩きスマフォはさすがに避けるもほとんど直線に近い蛇行。
ちょっと避けようとするだけでも必要以上に握る力が強まる。
「い、痛い……」
「あ、ご、ごめんね」
小見山は丁寧に頭を下げる。
「小さいころの私はね、目を離すとすぐにどっかに行っちゃっう子だったの。それで両親とお姉ちゃんからはいつもこれぐらい握ってたから」
「お姉さんがいるんですか」
「うん、二人いる。あと従姉妹も合わせれば五人。私より下の子がいないから末っ子なの。だからね、妹ができたらこうやって手を繋いで歩くの憧れてたの」
「あははは……叶って良かったですね」
「うん、だから、ごめん。もうちょっと繋いでいても良いかな」
「そんな、なんで謝る必要があるんですか」
「いいえ、謝らせて。ほんと……ごめんね」
謝っているうちにマルコ達は駅前のスクランブル交差点にたどり着こうとしていた。
「あ、ここはダメです。小見山さん、一旦待つか迂回しましょう」
ここは危険だ。胡桃が待ち構えている可能性がある。通るにしてもまずは周囲を警戒してからだ。
しかし小見山は怯えずに点字ブロックまで歩もうとしている。
「ダメです! 小見山さん! ここには……!」
マルコの予感は的中した。やはり胡桃は駅前で待ち構えていた。それもマルコに気づいている。
今度はすでに歩行者用の信号は赤を点灯し、車が行き交っている。律儀にも交通ルールを守っている。余裕の様子だった。
逃げるなら今のうちだ。
「逃げましょう! 一刻も早く!」
マルコは踵を返し走り出すが、左腕が彼を引っ張る。
否、引っ張っているのは小見山香美だった。彼女の利き腕は掴んで放そうとしない。
この時になり、彼はようやく気づく。自分の底なしの浅はかさに辟易する。
そうだ、彼女に透と面識があるはずがない。例え面識があったとして透を魔女と呼ぶはずがない。
「小見山さん……どうして……」
マルコの悲痛な問いに、小見山は、
「ごめんね……ごめんね……これは瑠璃ちゃんのためだから……!」
涙を流して許しを乞うた。
マルコは責める気など毛頭なかった。それよりも一刻も、刹那よりも早く、この場から離れなければならない。
まずは念動力も加えた力一杯で振り払う。少女の細腕からどんな力が湧いてくるのか、それとも念動力なのか、振り払えなかった。
では柔道を使うか、いや地面はコンクリートだ。か弱き女性に怪我はさせられない。
それならば一か八か、ふざけてはいるが試す価値のある手段を一つ知っている。
時々強引に抱きついては離そうとしない透に対して現時点で最も有効で最強の技法がある。
しかし強力な技にはリスクが付き物。そのリスクは大きく、マルコの身を滅ぼしかねない。それでも守りたいものがある。マルコは決心した。
「小見山さん、ごめんなさい!」
小見山のセンシティブな部位、つまりは脇に男の手が迫る。
肋骨から脇の下を指で強すぎ弱すぎになぞる。あまり力を加えてはくすぐったさは痛みに変わる。絶妙な力加減が必要だ。
「マルコちゃん、何して……っ!」
説明は不要。これぞ秘技、くすぐりだった。
脇の下に指が差し掛かろうとした途中でブラジャーの感触があった。感触から察するにスポーツブラだろう。
(僕はこんな時まで何を考えてるんだ……!)
くすぐりには一定の効果があった。小見山の右腕がぴくぴくと震える。残った左腕で抵抗されるかと思ったが自身を口を覆うので精一杯のようだった。
反応はあるもまだまだ刺激が弱い。もっと集中的に弱点を突かなければならない。さらになぞるだけでは駄目だ。各指を連携、連動させて、ソフトクリームを舐めるように、責めなければいけない。
信号は赤のままだった。しかし胡桃はすでに歩き始めていた。信号は縦も横も赤になり、車の行き交いがなくなり始めている。
刻々と追い込まれるもマルコの観察眼が光る。触れられて反応が一番大きかった箇所を正確に狙う。
触れると覚えのある感触が過ぎる。透視能力を持っていないというのに再びブラジャーの部分に導かれたかのように邂逅を果たす。
「うわぁ! ほんとごめんなさい!」
謝りつつも脇の下の手は蠕動する。ブラジャーだけでなく、骨の感触もわかるほどに指は深くまで少女の中に侵入している。
たまに下から掬う動きではなく、上から下に掻くような動作に変える。味覚がそうであるように単調な刺激は刺激でなくなる。ワンパターン化しないように指の向き、揃え方を変えるなど工夫を怠らない。
彼のエンジニアのような精神、絶え間ぬ努力がついに実を結ぶ。
涙目で赤面な小見山の懸命に覆った口から、
「ひぃぅん……」
悩ましい鳴き声が漏れる。
小見山は両腕で蹂躙された身体を労るように抱きしめながらしゃがみ込んだ。
同時にマルコは開放される。千載一遇の好機を逃してはならない。
しかし、マルコはそれでも涙を流す少女の心配をしてしまう。
「あ、あの……」
しゃがみ込みながら彼女は答える。
「……いいから、早く、行って」
そんな呟きを確かに受け止めて、マルコは後ろを向かず逃げた。何度も振り返りたくなったが、前を向き続けて全力で走る。




