魔女狩り3
※今回は猿若視点です。視点がコロコロ変わって申し訳ありません。
魔女は思いの外、粘ってかわし続ける。その敵ながらあっぱれな健闘ぶりに猿若は違和感を感じ始めていた。幅狭い空間のためコースは真正面限定だ。それでも、最初の一撃以降一度も掠りすらしないのは出来過ぎでないだろうか、と少しの間無口になり考え事に集中する。
猿若は超能力者とは戦うのは初めてではない。しかし路地裏で、さらに超能力が不明な相手とやり合うのは初めてのことだった。狭い場所では念動力の好き勝手が効かず、もどかしくて仕方がなかった。それに透の能力が不明なことも背中全体を掻き毟りたくなるほどもどかしかった。本来ならとっくに距離を詰めて避ける隙も与えずに急所にぶつけてやってるところだ。しかし相手の能力がわからない以上下手に近づくのは危険だ。そもそも超能力者かどうかすら怪しいが、それでも近づくのは能力を見極めてからだ。
それに何も急いで自分が撃破しなくても良い。スマートフォンのGPSで位置情報は教えているのだからいずれ仲間が援護にやってくる。時間も人数もアドバンテージはこちら側にある。
猿岩道子の座右の銘は急いでは事を仕損じる。仲間の中で一番の俊足の持ち主である彼女が得た教訓でもある。
「……」
次は変化球を再現することに決めた。逆チェンジアップ&スライダーだ。狙いは肩に当てると見せかけて脇腹を狙う。
「……!」
手のひらから音もなく硬球が飛び出す。
最初は猿若から見て左肩にぶつかるように硬球は飛んで行く。それなのに透はぶつかりに行くかのように左に飛んだ。
硬球は予定通りに加速し、左に曲がった。脇腹を狙ったつもりが透の鳩尾に目掛けて落ちていく。
「うお、右に曲がった!?」
素早くサイドステップで逆方向に避けて惜しくも左脇を掠める。
「おおおお感触が通り過ぎて行ったあああああ……!」
震えのウェーブが足の先から頭上へと登って行く。
透は震えながらも体勢を取り戻す。体勢を取り戻しても腕、足の震えは残っている。
(……今のは、何だ)
避け方の異変を猿若は見逃さなかった。
本来なら飛来物に対し反射的に回避するのであれば遠ざかるように動くのが普通だ。
それなのに今は自らぶつかりに行った。
キャッチしようとしたのか?
いいや、すぐに正常の回避行動に移った。
これはつまり反射神経の他に避け方を決める手段があるのではないか。
その手段とは何か。決まっている、超能力だ。
恐らくは未来予知、もしくはテレパシーだ。
しかし未来予知なんて能力はとてつもなく希少だ。女性限定の超能力者ですら珍しいというのにさらに20人に1人の確率だ。猿若は多くの超能力と接して来たが、それでも未だに未来予知能力者とは会えていない。
そうなると考えられるのはテレパシーのほうだ。数も10人に1人と確率はぐんと上がった。それと同時に勝率もぐんと上がる。
それにこうして人気のないところに逃げ込んだことも裏付けになっている。猿若は念動力者ではないので細部までは知らないがある程度の、人並みの、インターネットで調べれば出てくるぐらいの常識といえる情報は持っている。
いかなる人間にも念とはやや異なるが、指紋のように個人を識別できるまでの波長が存在する。非接触で人の思考を覗く場合はラジオのチャンネルのように狙いを絞らなくてはならない。このようにしてテレパシーを行うことをアンテナ式と呼ばれている。
また波長を合わせて思考を覗けたとしてもそれが狙った相手かどうか判別するにも労力が必要になる。そういう手間を省くためにも人混みを避け、二人きりになるのが得策だ。
テレパシーなら警戒するまでもない。先読みされるならば距離を詰めて力押しでなぎ倒してしまえばいい。勝利は目前、しかし猿若はイマイチ気が乗らなかった。
「……はぁ」
かすかな溜息をつく。
超能力を断定するという功績を手に入れたが、少し残念に思っていた。
目の前に立っている敵は華枕の魔女ではない。その事実に猫背が悪化する。ネットの噂ではその正体を誰も知らず、その正体を知ろうとした者は惨たらしく轢殺され、終いには自信の手がかりを抹消するために校舎を火の海にするなど凶悪な象徴として学校の七不思議に数えられ畏怖されているとのことだった。
リーダー格の胡桃が根拠もなく騒ぎ立てるものだから自分もすっかりその気になってしまっていた。
「お、今のはわかる、ため息ついたでしょ?」
止まらない軽口もなんだか弱者の強がりに聞こえてきた。
念動力を鍛えたのは弱者を痛めるためではない。技を磨いたのは強者を挫くためだ。
しかしだからといって手加減はしない。彼女がスケアリーモンスターの脅威であることは間違いないのだから。
「……」
猿若は一歩、また一歩と距離を縮めて大きな水たまりを作る室外機の前に立つ。気持ちの悪い熱風が足を撫でる。
「……ねえ、厚化粧さん。いいこと教えてあげようか?」
「……」
変なアダ名を付けられている。しかし嘘や出鱈目であるならまだしも、本当のことなので特には気にはしない。水たまりを踏んで足首にまで水がかかるがそれも気には止めない。
透は軽口を続ける。
「……あんたの今の顔、汗でダリの時計みたいになっているよ」
「……!」
そんなまさか、猿若は足元の水たまりで自分の顔を確認する。
確かに言い得て妙だった。顔が時空の歪みを起こしていた。
透の指摘は最もだ。嘘や出鱈目ではない。事実を述べたまでである。
しかし、だ。女性の顔に対して、ダリの時計などと表現するだろうか。同じ女性なら顔をけなされたらどんな気持ちになるかわからないだろうか、テレパシーの能力を持っているなら尚更こと細やかにわかるだろうに。それにこの化粧だっていつもどれだけ時間と手間をかけていると思っているだろうか! 時間や手間だけじゃない、お金だってかけている! アルバイトできない身の故、少ないお小遣いを切り崩しているのか、知っているのか! そもそもだ! そもそも崩れた原因を作ったのはお前じゃないか!!
「……!!!」
猿若は怒りのあまり、念動力ではなく、自身の肩で硬球を投げた。曲がりもしない、何の変哲もない豪速球を透に目掛けて投げた。
野球が素人の猿若でも充分に当てられるほどに距離は近い。
透は避けない上にキャッチもしようとしなかった。
「待っていたぜ、その球!」
透は落ちていたビニール傘を開いて構えた。これは偶然落ちていたわけではない、透が不法投棄した物だ。
そう、ここは最初に隠れた路地裏だった。適当に逃げていたのではない。誘い込んでいたのだ。
豪速球は傘の小間に当たり、はるか上空、真上にビルの高さまで浮かび上がる。
「かーらーのー!」
今度は傘を逆手に、短く持って構える。
硬球は透の体の前に落ちてくる。
「ホームラン!」
すかさず傘をフルスイングした。手元の芯を捉え、傘がくの字に折れるも硬球を弾き飛ばす。
しかし宣言とは異なり、打球ははるか低空。その先には猿若の弁慶の泣き所があった。
ゴッ……!
鈍い音が路地裏で一瞬だけ反響する。
「……っぅ!」
猿若は膝を抱えて悶絶する。歪んだ顔がさらに歪んだ。
透は思わず同情する。
「あ、ごめん……本当にホームランのつもりだったんだけど……」
近づいてくる彼女を猿若は睨みつける。これ以上情けないところを見せるつもりはない。
敵意をむき出しにする猿若の前にビニール袋が置かれる。
「……この中のプリン食べていいからね……お大事に」
些かな罪悪感を感じた透は見舞いの品を置いていくとすぐに逃げて行った。
「……」
猿若は歯を食いしばりながらスマートフォンを取り出し、SNSのチャットで現在地と一緒にターゲットが近くにいること、さらに超能力の情報を伝える。最後の一文字まで入力し終えるとその場でバタリと倒れた。
倒れた後もビニール袋もプリンにも一切手を出さなかった。
彼女は甘い食べ物が苦手だった。




