魔女狩り2
人生はそう上手くは行かないもので、すでに想定の外の出来事、透の元に二人が接近し囲まれようとしていた。その二人は胡桃と猿若だった。
胡桃はターゲットを見失うと一度駅前に戻ったが雉沢の連絡を聞くとすぐさま透の元へと走った。待ち伏せなど最初からするつもりはない。サーチアンドデストロイ、それが彼女の信条だ。結果としてそれが功を奏し挟撃体勢に入った。
猿若に関しては全くの偶然だった。連絡を受けておらず、たまたま雉沢とのエリアの境目を歩いていたら透を見つけたので後ろから近づいていた。
その二人の接近には透も気づいていた。
「前からはドクロ……後ろからは厚化粧か……」
今なら二人の距離は離れている。一対一なら勝機はあるやもしれない。
どちらなら一人で勝てそうかを考える。
「前のドクロは瞬間移動能力……後ろの厚化粧が不明……」
勝つビジョンが浮かばないので考え方を改める。どちらなら逃げられそうか。
「ドクロは難しそう……後ろの厚化粧は……眼鏡だし……行ける、かも?」
一か八かの賭けに出る。危険なのははっきりとわかるが、これはチャンスでもある。胡桃が前に出ているおかげで包囲網には隙ができている。二人を駅に遠ざけつつマルコと合流すれば勝算はある。
「いざ、尋常に!」
後ろを振り向くと同時に透は走り出した。
猿若がゆったりとしたペースで手を広げて道を塞ぐと何かを落とす。
「あれは……野球ボール?」
見間違いようがなく野球ボール。それも牛革で包まれた硬球だった。
透が近づいきているというのに手を広げるだけで行き先を塞ごうともしない。
不気味に感じる。厚化粧が相まって余計に不気味だ。さらに俯き気味にブツブツ呟くのだから最高に不気味だ。
とっとと通り抜けてしまおう。速度を緩めずに横を通りすぎようとすると途端、硬球が足に襲いかかる。
硬球は足の下に滑り込み、バランスを崩しにかかる。フルネーム、猿若道子の超能力は念動力だが基本能力は低い。動かせるのは一個限定だがパワーとコントロールを兼ね揃えている。
死角な上、思いがけない攻撃を透は避けれなかった。否、避けようとしなかった。
「ふんっ!」
あえて踏んづけた。その後は雪道で足が滑ってしまった時のようにわざと滑るところまで滑らせてバランスを保つ。腰に負担がかかるが転ぶよりもダメージは少ない。さらに幸いにも硬球は念動力によるコントロールが持続していたために通常より回転が少なかった。
透もまた猿若の想定外の思い切りの良い行動が功を奏した。
腰をとんとんと叩きながら猿若のディフェンスを通り抜ける。
「よっしゃ! 通過!」
しかし安心するのはまだ早い。
「…………!」
猿若は呟きながら猛ダッシュで追いかけてくる。
「あれ!? 意外と足早い!?」
全力で走らないと距離が縮められていく。
猿若はこう見えて、かつては中体連で強化選手に選ばれたことがある。
しかしどういうわけか、右腕と右足が、左腕と左足が、一緒に前に出てしまう独特なフォームをしている。
「なんなんだよ、あいつー! なんなんだよ、あいつはー!!」
透は手を緩めずに逃げるも追従はしぶとく、ついに振り切ることができなかった。
舞台は通りから喧騒を離れた路地裏に変わる。雨はとっくに上がっているというのに、風通しが悪く、コンクリートの地面は濡れていて、汗ばむほど湿度が高い。こうも熱いのは幾つもの室外機が同様にストーブになっているからだ。
額の汗は眉毛を突破し、まつ毛まで流れ込んでくる。手で払って視界を確保する。
汗で濡れているのは追いかける方も同じだ。
「…………」
幾分か余裕が有るのか、すぐには捕まえずに何かを呟く。
彼女が何を言ってるかはわからない。しかし何を考えてるかはわかった。
「どこに逃げても無駄だってか……」
思考の透視のおかげで走りに対して絶対の自信があると覗えた。透も同意する。先程までのマラソンで筋肉の髄まで思い知らされた。それならば、ここで迎え撃つしかあるまい。
猿若は硬球を取り出す。そして顔の前まで持ってきて何かを呟く。
硬球は先ほど踏んづけた物と同じだ。彼女はその一個しか持っていない。これは身体の隅々まで透視しているから間違いはない。他の所持品は財布とスマートフォンに、化粧道具が詰まったショルダーバッグのみ。
ナイフのような危険物は所持していないようだ。これに関しては持っている方がおかしい話だが。
悠長に観察していると突如硬球が手を離れて右肩を掠める。投げる動作はなかった。クイックモーションでもない。念動力だ。
不意打ちを避けられたのは奇跡に近い。目が合った瞬間に硬球を飛ばすという意識を読み取っていなければ脱臼とまでは行かないだろうがしばらく満足には左腕を動かせなくなっていただろう。その後逃走に転換したとしても痛みを抱えた肩では走りに集中ができなくなる上、フォームが崩れて鈍足化する。
「避けていなかったらデッドボールだったぞ、こら!」
もし当たってたとしても大人しく進塁を見逃すこともないだろう。
硬球は透のはるか頭上を通り、持ち主の手に戻る。戻る際は手の届かない高さを飛んで行くのでベアハンドキャッチするのは困難だ。
「……」
次は透の頭上を掠める。
「うお!? 危険球! ここが野球場だったら乱闘もんだぞ!」
軽口を叩くと猿若は笑う。決してジョークのセンスが良いからではない、必死に避ける様が面白いからだ。敵にボールが渡らない特別ルールのドッジボールと、なかなか愉快な遊びだ。
「……」
透は後ろに下がり、なるべく距離を取る。これには複数の狙いがある。回避時間を稼ぐ狙いもあれば念動力の有効範囲から離れる狙いもある。しかしこの場合の後者はどうも叶いそうにはない。猿若が一向に動かないからだ。もし距離に自信がないのであれば必ず距離を詰めるはずだ。
(路地裏全体がテリトリー内ってところかな……)
なるべく悲観的にネガティブに予想をしておくが勝利を諦める気はない。
「……」
今度は透の股下を抜けていく。
こうして避けていられるのは優れた反射神経もあるが、思考の透視の存在が大きかった。念動力に関わらず超能力は集中力を要する。集中力を要するならば自然と頭の中の考え事は絞られ、目標や力加減が読みやすくなる。
あらかじめ狙いがわかれば避けようはあるし反撃のチャンスにもなる。
そう、すでに反撃の策は練っている。反攻のためには今一度、正面をまっすぐに狙ってもらいたいところだった。




