燻り
コンビニで買ったビニール袋も傘も忍びないが路地裏に捨てていくことにした。
周囲を見渡し、スケアリーモンスターのメンバーがいないこと、特にならず者四人衆がいないことを確かめてから路地裏を出る。ルートは駅までのメインストリートを選んだ。いくら透の透視能力が優れているとはいえ、一切見つからずに逃げ切る保証はない。メインストリートなら人通りが多く、紛れるにはうってつけだからだ。裏道も探せば見つかるだろうが彼女たちは圧倒的に土地勘が少ない。隠れらそうなポイントに待ち構えられている可能性だってある。
それに人通りが多ければ手荒な真似はしてこないはずだ。
透は前後左右と挙動不審に確認しながらもマルコを連れて駅前までまっすぐと進んだ。
都会の人たちの歩調は早い。休日だというのにどこか忙しない。人間の波のサーフィンに苦労しながらも駅前のスクランブル交差点まで辿り着いた。歩行者用信号が青で点滅し始めている。
ここまで来れば改札は目と鼻の先だ。
しかし順調に事が進んだのはここまでだった。
「透さん、あの人……!」
マルコが指を指す先に、横断歩道の向こう岸に胡桃が立っていた。スマートフォンを耳にかざし、誰かと会話しているようだった。
「あいつ、もうあんなところに……」
いくらなんでも早すぎないだろうか。いつ、追い抜いたのか。いや、別ルートで真っ直ぐ駅に来たとすればおかしくはない。偶然駅に用があったのかもしれない。
「まだ気づかれていない……?」
強行してしまえば先ほどのように横を通りすぎていけるかもしれない。そもそも、まだスケアリーモンスターの誰にもバレていないはずだ。
しかし二度も上手く行くだろうか……。
逡巡は歩行者用信号がついに赤になったと同時に止める。
「……一旦逃げよう。他のルートにしよう」
慎重にここは撤退を選んだ。
透たちは回れ右をする。しかし透だけは深く被った帽子のツバを透視しながら胡桃の様子を伺う。
胡桃は耳からスマートフォンを離す。すると不気味にも顔、視線と人影に隠れて見えてないはずの透たちの方へ向けた。偶然だろうか、それとも本当は気づいているのだろうか。一連の動作に違和感はない。首の曲げ方だって不自然ではなかった。しかしすぐに偶然でも不自然でもないとわかった。
胡桃の口元が頬まで吊り上がった。それは探し物を見つけた時に出てくる笑みだ。
「マルコ、走れ!! もう私たちは見つかっている!!!」
言われるがままにマルコも走り出す。
「走って逃げ切られるんですか!?」
「わからない! でも今は赤信号だ、すぐには追って」
後ろを向いていた透は口を止め、前を向いて走る。
赤信号が確かに点灯していた。
車も横断歩道に加速して侵入している。
無機物だけが走ることを許された時間、場所の中で胡桃も走り出していた。
車が左右から迫り来る。あわや接触事故直前で急ブレーキする。それでも彼女の走りは乱れずにまっすぐだった。
「正気かよ! 本気かよ!」
どうやら常識や正気を保っているようでは振り切れないようだ。
「透さん! これからどうするんですか!」
「どこかの店内に潜り込んでやり過ごす! 見つかったら逃げてやり過ごす!」
正面から戦って勝てる相手ではない。彼女の瞬間移動能力は実に厄介だ。
「それしか策はないんですか!」
「あとは…………ない!」
透はこの時嘘をついた。思いついたがすぐに引っ込めた。危険余りある、お世辞に作戦とも言えない作戦にマルコを巻き込む訳にはいかない。
「嘘が下手ですね……何か策があるんですね?」
マルコは妙に鋭かった。と言うよりも立て続けのアクシデントに透は上手に嘘をつく余裕がなかった。
「ないったらないの!」
「何か策があるんでしょう!?」
「良いから今は黙って走れ! あとでお菓子あげるから!」
「お菓子はいいです! 教えてくれたら黙ります!」
「もうこの子ったら……!」
透は観念して作戦もどきをバラす。
「……各個撃破ってやつ? 一人ずつ倒していくの、ドクロヘアピンは無理だけど」
「いいじゃないですか、やりましょうよ!」
「アホか! なんで私たちが見つかった上、待ち構えられたかわかんないのか!」
2つの角をジグザグに曲がった後に古本屋に飛び込んだ。エスカレーターを使わず、奥の階段に逃げこむ。
荒れた呼吸をここで整える。整えたらすぐさま透視を再開する。
追手の姿はない。無事に巻いたようだが状況は回復したとは言い難い。唯一の逃げ道の駅から遠ざかってしまった。隣の駅を使おうにも歩いて何十分とかかる。待ち伏せや途中で追いつかれる可能性だって否定はできない。タクシーを拾おうにもどうにもこの時間帯は駅前に全部停まってしまっているらしい。呼んでいる暇もない。
「振り出しに戻った……あ、でも、敵に見つかったからプラマイマイナスか……」
「透さん、さっきはどうして待ち構えられてるってわかったんですか」
透は説明を始める。
「いい? まず私たちが何故見つかったのか? それは十字架ペンダントが透視能力だからだ。私たちを見て見ぬふりをしながらケータイで連絡を取っていたんだ。推測の範囲だけど、これが考えられる限り現実的でありえると思うってだけの話だけど。というかこれ完璧に見抜けなかった私のミスだよね、ほんとごめん」
「つまり各個撃破できないっていうのは彼女たちが連携しているから一人になるチャンスを狙いにくいってことですか?」
ミスは責めずにマルコは本題にだけ触れる。
「そういうこと、話が早い」
「それじゃあずっとこのまま隠れているのはどうですか? もう遠くに行ったと思わせるなんて」
「あっちが透視能力者がいる以上隠れられる場所は限られてくる。土地勘だってあっちのが上。それに囲まれるリスクがとてつもなく大きい」
「じゃあジリ貧じゃないですか。やっぱり各個撃破ではないでしょうか」
「だからそんなチャンスが簡単に巡ってこないと思うけど…………あっ」
「また何か思いついたんですか?」
「思いついたには思いついたけど……やっぱり……ほら……ねえ?」
「話抜きにして同意求めないでください!」
「あ、マルコは上記規約にはとりあえずはいを選ばない派?」
「ちゃんと読みますけど……何か危ない表記があるかもしれませんし」
「マイノリティ〜」
「感心してる場合ですか! それよりも、です!」
マルコが仕切りなおしに拍子を取る。
「この場を打開する策なら僕は何でもやります!」
マルコの決心は固まっている。わかっていただけに悲しくなってくる。本来なら彼だけでも逃がすべきなのは明白だ。
(もう透さんの馬鹿! もう知らない! とか言って拗ねて帰ってくれたら嬉しいんだけどな……そうはいかないか……)
普通の子なら例え裏切りだとしても逃げ出すところだ、しかし彼は自ら争いへと身を投げることのできる希少な子だ。
彼がやる気に満ちれば満ちるほど、参謀的立場にある透は余計に後ろめたくなる。
「これはね……私よりもマルコを危ない目に遭わせる最低の作戦なんだよ?」
「だからなんだっていうんですか!」
リスクの不平等さを教えても、理不尽さを講じても、意志は変わらない。
こうも男らしい点は自慢する時は美談、現実となると困りものだ。
透は頭を掻いた。髪の癖が一つ増える。
「それじゃあ、一つだけ約束してくれない?」
「一つだけですか……?」
「そう、一つだけ」
意志を変えられないなら無理には変えない。そうするよりだったら一つだけ条件を加えたほうが望んだように動いてくれよう。
「絶対に負けないこと」
「それはつまりどういうことですか」
「ほら、約束」
「約束はします、でもそれは一体どういった意味があるんですか?」
「言の葉のままの意味だよ、これを念頭にしてこれから説明する作戦通りに動いてもらうから。まずは二手に分かれて……」
有無を言わさずに透が作戦を説明し始める。時間は惜しく、まくし立てるものだから、結局分かれても約束の真意を知る機会がなくなってしまった。
怪しくは思わないが疑問は消えない。それでもマルコは透を信頼していた。大事な場面で意味のないことをする彼女ではない、と彼は誰よりも知っているつもりだ。




