いちごいちえ
「瞬……だっけ? いつもこういう喫茶店に入ってるの?」
今度の二杯目のミルクティーは自分で作りながら透は問いかける。
「まあね。コーヒーの香りが好きなんだ」
「へぇ……」
透が微妙な返事をした理由は、瞬がアイスコーヒーに砂糖を6さじも入れているからだ。
「なるほど、香りは好きなんだね、香りは……」
透の独り言に瞬は首を傾げながらも、砂糖だけでなくコーヒーフレッシュも入れてかき混ぜる。そして躊躇いなく飲んだ。
「うん、おいしい」
「なるほど、味も好きなのね……」
味を予想すると舌がおかしくなりそうだった。眉間にシワが寄る。
口の中に味(架空ではあるが)が瞬間移動してきたのでかき消すべく、ミルクティーを舌に転がす。今度は落ち着いて、ゆっくりと、大人っぽく……、
「……ん?」
透は少しきょとんとなる。一口目はこんな紅茶初めて飲んだなどとベタに感動したものだが、今度の出来上がりは微妙なものになってしまっていた。紅茶の配分が少量足りなかったようで、コクはあるものの、渋みの後に来る甘みが消えてしまっていた。
お茶にマニアのような別段のこだわりがあるわけではないが、最初の一杯の特別な感動が忘れられず何が何でも再現することに決めた。
二杯目もささっと飲み込んでしまいティーポットを持ち上げるも、それは想像してたよりも容易に持ち上げられた。
「……もしや」
中を透視をしてみると紅茶は茶葉よりも少なくなっていた。
「もう一回頼むか……」
「中を見てないのに、もう頼むのか?」
「ないよ、中を見てみ?」
「あ、ほんとだ……」
注文のために呼ぼうとする前に、店員から自ずとやってきた。
「こちらショートケーキです」
銀製のお盆の上にはすでに切り分けられたショートケーキが3つ乗っかっている。
ショートケーキはとてもシンプルでポピュラーな見た目だった。最上段には親指より大きく、黒ずみのない真っ赤な1つの苺を3つのホイップクリームが囲んでいる。ケーキの生地は贅沢にもスポンジ、クリームと苺、スポンジ、クリームと苺、スポンジという順で五層に分かれている。
「……」
マルコはフォークを取ることなく、しばらく無言でショートケーキを眺めている。
「どしたの?」
「ショートケーキですよね、これ」
「そうだよ」
「……僕の知っているショートケーキと違います。アメリカだとスポンジケーキではなくビスケットを使っているんです」
「ビスケット? それはまた歯が鍛えられそうな」
「あぁ、ややこしいんですけどビスケットと言ってもどちかというとスコーンに近いふわさくした感じです」
「そっちじゃないとダメだった?」
「そうでもなく……お母さんから聞いてた話が本当だったんだなって感慨深くなりまして」
「感慨深くって……」
「見た目はこっちのが好きです。食べるのが勿体無いです」
「ふむ、なるほど……」
透はショートケーキの角を一口サイズ切り取ると、
「はい、あーん」
マルコの顔の前に運んだ。
「これなら目でも舌でも同時に楽しめるね? 私ってば天才」
隅々まで考え尽くしたつもりだったが、一つ見落としていた点があった。
「あ、あの、あの、透さん……」
「ん? 何?」
「透さん、お腹空いてますよね? だから僕にくれなくても」
家でふたりきりならまだしも、公共の場でこのような行為は照れ屋にとって、なかなか応えるものがある。
思考の透視があればマルコの気持ちも察せられるが、今の彼女は眼鏡をかけていた。
「さっきプリン買ったからいいのいいの」
ケーキを存分に楽しむためのお茶がなくなってしまった。おかわりを頼もうにも店員はもういない。休憩か上がりが近いのか、余計な仕事を増やさないためにも素早く逃げているようだった。
「……それじゃあ、いただきます」
断るのも失礼と考えて、マルコは匙に食いついた。スプーンが舌の上を滑って抜けた後に残ったケーキをゆっくりと咀嚼する。スプーンが口に入った瞬間から甘いとわかっていたが、さらにそれを実感する。
「次は苺も行くよ」
今度は多めに切り取った。マルコは大きく口を開いてかぶりついた。
「おいしい?」
「……」
マルコは首を縦に振った。
「んっふふー」
透は笑顔で次の一口の用意をした。
そんな仲睦まじき光景を間近で見ている瞬は生クリームを食べ過ぎた後のような顔をしていた。
「仲良いなぁ、お前ら。いつも二人なの?」
「そうだよ、寮でも学校でもいつも一緒」
「……えっ、お前、小学生だったの?」
「高校生だ! ぴちぴちの16歳だから!」
「ごめんごめん、ほんと素で勘違いした……16ならあたしとタメじゃん」
「意外だった?」
「同い年ぐらいかなーとは思ってた。年上ではないとは確信してた」
「確信とはひどいな……。逆に私のほうは年上かと思ってたけど。ちょっと大人びてたし、カップルできてたし」
瞬のコーヒーを飲む姿は確かに大人びていた。取っ手の穴に人差し指を突っ込むのではなく、親指と人差し指で挟んで持ち上げている。飲む際にも啜るなんて下品な真似もしない。
喫茶店でマグカップを上げ下ろししている姿が様になっているよりもひとつ上で絵になっていた。紅茶を飲もうとすると眼鏡が曇ってギャグみたいになる透と大違いだ。
「そういや彼女さんのほうは今日は一緒じゃないの」
「幸のことか? いつも一緒にいるわけじゃないよ、まあ休日になったらだいたい会ってるね」
「学校一緒じゃないんだ、意外」
会話をしながらも透はマルコへのケーキ運びを忘れない。
「あぁ、でも、いつもSNSでメッセージが届くから実際はずっと一緒にいるみたいもんだけど」
「はぁ、便利な道具ねぇ……」
おばさんくさいため息をこぼす。
「透さん、今日は携帯電話忘れてないですよね?」
「…………はい、マルコ。次は上の苺をまるごとで行くよ?」
「わかりやすいごまかし方だな……」
旬は過ぎているものの苺はジューシーで、やけに酸っぱかった。




