マルコの計算違い
汚れ一つない光沢のある木製のテーブルの上にはメニューと砂糖が入ったガラス小瓶が置いてある。メニューを手に取り開くとその割高さに透は面を食らってしまう。
「コーラなんてスーパーで買えば100円以下だぞ……」
馴染みのある飲み物ですらここではお近づきになれないほど高額になっている。
「やっぱりお礼なんて似合わない真似やめとくか?」
瞬の嫌味に透はまゆをひそめるも、
「それは……やめない。好きな物を好きなだけ頼んでくれ」
「そう? じゃあお言葉に甘えてブルーマウンテンなんて頼んでみようかな」
「なにそれ、パフェ?」
直感でパフェのページをめくるもブルーマウンテンはなかった。
「透さん……ブルーマウンテンはコーヒー豆の銘柄です」
「あ、なるほど、喫茶店って豆から選択できるんだ」
改めてドリンクのページに戻る。
「あ、あった。ブルーマウンテンは……たっっか! 一桁違うでしょ、これ!」
「透さん、声が大きいですよ」
「あ、ごめん……」
透は周囲を見渡す。薄暗い照明の下に高級そうな椅子に高級そうなテーブルに、高級そうな絨毯。ゆったりと贅沢にくつろいでもらえるように設計したフロアなのだろうがかえって居心地の悪さを感じてしまっていた。排他的とは違う。高級そうに見える家具はあるがままに置かれているだけで圧迫はしていない。ただ勝手に不相応を感じているだけだ。それでお高く止まっている、なんて感想は抱かない。むしろ、それなら空間に合うように振る舞う努力をしなくてはいけないという気になった。
その第一歩として、
「マルコ様は何を飲まれます?」
言葉遣いから変えてみた。
「なんで言葉遣いがお上品になってるんですか……僕はアイスカフェオレが飲みたいです」
「あたしは水出しコーヒー」
「それじゃ私は……ミルクティーで」
「ホットを頼まれるんですか?」
屋外は天然の打ち水の後だというのに熱気を取り戻していた。こういう日は冷たいものに限る。
「いやー実は店に入った頃からすでに冷え冷えでさー」
透は鳥肌が立った二の腕を撫でる。外は夏真っ盛りでも店内は初冬のように肌寒かった。
彼女の基本的な夏の格好は薄地の長袖だ。運動をする予定のない日は必ずそうしている。夏の季節の店のクーラーは彼女にとっての天敵だった。他に太陽の日差しという天敵もいる。
「店の人に言って冷房を止めてもらいますか?」
「いいの、いいの。これから温かい飲み物飲むから」
「室温上げてもらったらどうだ? そしたら髪ももう少しマシになるんじゃないか」
「私の髪が重力に反してるのは凍ってるからじゃないからな」
「今ので嫌味が伝わるんですか、僕にはわからなかったですよ……」
「でも上げてもらったほうがいいかもしれないかもね……誰かさんの胸も膨らむんじゃないかな」
「あたしの胸はパンじゃない!」
「……二人共、牛乳飲んだほうがいいんじゃないですか。カルシウム不足では」
喧嘩はなくても嫌味の往来は続いている。しかしお互いの表情は幾分朗らかだった。例えるなら子熊のじゃれあいと言うべきだろうか。牙や爪を使うが、怪我のないように気は使っているようだった。
店員がお冷とお絞りを運んできた。配り終えた後に注文を受ける。
三人が頼んだ物はアイスカフェオレ、アイスコーヒー、ミルクティーにショートケーキが3つだった。
店員が来たおかげで場の空気は一度リセットされる。
「透さん、本当にいいんですか? 僕までごちそうしてもらって」
「いいの、いいの。あとでいっぱいお喋りしてもらうから」
「……あとで?」
「それよりもさ、本当にここでいいの? もっと他にもあるんじゃない? お好み焼きとかステーキとか」
透が言っているのはマルコを助けてくれたお礼のことだった。お礼の内容とは何でも好きな物を奢るという何とも学生らしいお返しだった。
「あたしはここでいい。というか夕食時でもないのにそんなガッツリ食べないから」
「豆乳とかアボカドとかチーズとか」
「なんだその悪意を感じる選択は……」
「バストアップの食べ物だよ」
「知ってるわ! お前もわかめ食べたらどうだ!」
「わかめは髪を伸ばすだけって身を持って実証済みだ!」
「もう! なんでさっきから胸と髪の話をするんですか! ここからは胸と髪の話はナシにしましょう! いいですね!?」
見かねたマルコが立ち上がって仲裁に入った。二人とも顔が不服そうだったが、頷いた。
頷いたことを確認するとやれやれ、とマルコは椅子に座った。これで万事解決。あとはゆっくり会話とお茶を楽しもうではないか。
「……」
「……」
「……」
透はコップの水を口に含む。
「……」
「……」
「……」
瞬はお絞りで指の間も念入りに拭く。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙の空気の中、マルコは呟く。
「……いや、髪と胸以外にも話すこと……ありますよね?」
全員が禁止事項に触れないように億劫になってしまっていた。




