歩み寄り
マルコは日本に来てから覚えた諺がある。犬猿の仲という諺だ。英語だと猿ではなく猫になる。意味は説明するまでもなく、仲の悪いさまを例えている。
彼は動物が好きだ。満遍なく好きだ。例えに出ている犬も猿も猫も好きだ。出来るのなら争っては欲しくないものだ。しかし種が違う者同士が上手く行かないのが道理だ、それなら種が同じであれば……というのも違う。
わかりやすい例えが透と瞬だ。歳が近そうで同じ超能力者と共通点が多い。あと男の偏見だが女性は社交的で誰とも友達になれると思っていたが、現実はそうでもないようだった。
現に今も二人は墓地の真ん中でお互いの頬を引っ張り合っていた。誤解はすでに解けている。しかし争いの火種はまだ他にもあった。
「マルコを助けてもらったのは感謝してますけど…………服を持ってきた恩人に対する言葉がなってないんじゃないですか、私の髪は……ふわふわであって……天パではないっ」
「こちらも服を持ってきたのは感謝してるけど……誰が胸がなかったから男だと思ってた、だ……」
「ふたりとも丁寧語が崩れていっていますよ……」
悪意も悪気もなく何気なしに出た言葉がお互いのコンプレックスを刺激という突き刺してしまい気づけば剣呑な空気になっていた。マルコは出来るなら一刻も早くこの場から逃げ出したいが、このノンタイトルマッチを作ってしまった原因は猫を助けようとした自分に責任の一端があるために一所懸命に迷い悩んでいた。
とにかくこの仁義なき戦いが悪化する前に制止しなくては。
「お二人共、その辺にしてください! お二人のコンプレックスに思っている特徴はそれぞれ立派な個性なんですよ! 悪くはないんです!」
なんて素晴らしい説得なのだろう、これなら二人も快く改心するだろう。
「……マルコに言われてもな」
「……お互いの悩みに無縁だしな」
と透と瞬はある種の正論を言った。マルコは二人の悩みとは無縁だ。髪の毛はさらさらだし、男だから胸の膨らみなんて気にならない。
当事者にしかわからない悩みをどこかで聞いたことがある言葉で、まるで理解したかのように振る舞われても心に響くはずがない。
しかし彼はめげない。
「ほ、ほら! お二人共、現に今、通じ合えました! お二人は気が合う時は合うんですよ!」
ただし合わない時はとことん合わなそうだ。
「そうか……私達は気が合うのか……」
「どうもそのようだな……」
認め合う二人、ようやく和解の兆しが見えてきた。
しかし手は離れる様子はない。むしろより深く肉をつねる。
「あの、お二人さん……なんで手を離さないんですか」
マルコの問いに二人は目を合わせながら、
「そりゃ……」
「だってな……」
答える。
「「先に手を離したほうが負けだから」」
マルコは幽玄な虚無感に包まれた。なんというか、もう、どうしようもないな、と思った。
そして脳裏にとある言葉が過ぎる。
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。
しかし決して言葉にはしなかった。これはレディを侮辱する言葉だ。クールなダンディなら絶対に言ってはならない。
それでもマルコがつい呟いてしまった。
「……保育士の葉石さんに喧嘩の仲裁の仕方を教えてもらおうかな」
それに瞬はいち早く反応する。
「マルコ、今、なんて言った?」
指摘されたマルコは自分が言葉を漏らしたことに気がついた。
「はっ……僕は何てことを! 違うんです、僕は……、い、や……違わない! 僕はなんてひどいやつなんでしょう! 命の恩人に対する人たちに、こんなひどいことを! ごめんなさい! ごめんなさい!」
自責の念で涙目になりながら謝罪する彼を見て、いがみ合ってた二人は冷静になり、自分たちの自責を知った。
目を合わせて同時に頷いた。
「1…」
「2の……」
3のタイミングで手を離した。つまりこの勝負はどちらにも勝利は帰せず引き分けになった。
「ごめんね、マルコ。ちょっと、どうかしてた」
透はマルコの頭をそっと撫でる。その手には人の頬を本格的なフランスパンをちぎるような凶悪さはない。
傍から見れば仲睦まじい姉妹の光景を瞬は無言でじっと眺めていた。
その視線に透は気づいた。
「ん、何か?」
「…………何も。それじゃ、あたしは帰るから。雨が降る前に帰りなよ」
「あ、ちょっと待って」
「何だ、まさかもう一勝負なんて言わないよな?」
「透さん!? まだ喧嘩し足りないんですか!?」
「言わない言わない。こう見えてね、私はマルコの保護者的存在なんだ」
透は鼻を高くして自慢気に誇る。
「だから何?」
「お礼をさせてほしい。マルコを助けてもらったお礼を」




