変態に天誅を
「マルコも厚義だったの?」
「えっと僕は薄着ですけど」
「そうじゃなくて、住所」
「あ、住所の方ですか。僕は今は華枕です、瞬さんはこちらに住んでるんですか」
「そうそう、小さい頃からずっと。それにしても華枕か、いいところだよな。あたしは今年華枕まで花見しに行ったなー」
「いいなぁ、僕が来た時には散ってましたので」
「それじゃあ来年一緒に行くか」
「はい、その時はぜひよろしくお願いします」
二人が会ったのはこれで二度目。自己紹介も終えた。お互いの第一印象は良くも悪くもなく薄いものであったが話してみれば歳は離れているもののすぐに打ち解けられた。その理由はマルコがませているからもあったが、瞬が子どもとの会話を心得ていたからが大きい。子供の無礼を大目に見て、常に子供の目線に合わせられた。
永谷瞬は厚義市に住む美しい黒髪を持つ少女だ。身長は女性の平均より高いが胸囲は平均より小さかった。
こう言ってしまえばどこにでもいる普通の少女だが、普通ではない部分も持っていた。それは超能力を有していることだった。
「瞬さんはその……超能力者なんですか」
「そうだよ、さっきも見ただろ? 瞬間移動能力があたしの超能力」
「すごい能力じゃないですか、かっこいいですし便利そうで」
「全然。かっこよくも便利でもないさ」
似たような返事をマルコは聞いた覚えがあった。その人も謙遜、自身を過小評価していたが、自分はその人の能力のおかげで一生かけても返せないほどの大きな恩をもらった。目の前の少女にしてもそうだった。たった今、命を救ってもらったのに自己評価が低いままだった。
日本人女性はよくわからない。マルコはそういう結論に至った。
「今だってほら見てみろよ、ちょっと遠くに飛んだら服と一緒に飛ばすの失敗しちゃってさ。マルコの方は服が残ってて良かったな」
「そういう現象がよく見かけられるそうですね。一説としては自己認識の喪失が原因とされていまして」
「……ところでさ、マルコ」
「はい、なんでしょう」
「何やってんの、さっきから」
「……これは亀という柔道などで用いられる防御法の一つです。英語でもタートルガードと呼ばれています」
「何でやってんの」
「……自主練です」
会話の間もずっと彼はうつ伏せのままでいた。それも仕方ない、目の前の少女の格好は刺激が強すぎた。見てみろよ、と言われても見て良いはずがない。彼には心に決めた相手がいる。そんな相手がいるにも関わらず、他の女性に良からぬ感情を抱いてはいけない。……最もその相手と両思いかどうかは疑問だが。
「それよりもあたしの着替えを探してきて欲しいんだけど」
「大丈夫です、それについてはすでにメールでお願いしているのですぐに来ると思います。頼れる人なのでご心配なく」
「こんな草陰に隠れてたらこっちに気づかないんじゃないか?」
「それも大丈夫ですので心配には及びません。僕はそれよりも無防備な瞬さんを変質者から守ることに徹します」
「変質者と言ったら今のマルコがまさしく……いや、何でもない」
「不安なのはわかりますが、いざとなったら必ずお守りします! 目を瞑りながら!」
「そ、そうか……」
こういう奇妙な行為にも疑問をぶつけずにありのままに受け止めるのも子供に好かれる要因だ。
胡座をかいて灰色の空を眺めてリラックスをする瞬とは対照的に亀の態勢のまま乾かぬ地面を見つめて硬直するマルコ。しかし飛び級するほどの天才の彼の頭脳はこうしている間も柔軟に思考を張り巡らせている。
(瞬さんが下着姿を見られても平然としているのは恐らく僕を男と知らないからだ。少女に間違われる顔立は嫌ですけどそのおかげで助かりました……今はなるべく姿を見せないようにしてバレないことに徹しましょう)
「ところで、その亀って意味あるの」
瞬は沈黙の空気に耐え切れず、それでいて話すネタが尽きかけていた。そのための苦し紛れの話題だった。
「柔道に限ってではとても大事です。あとチャンスが有れば解いてこようとする相手を逆に抑え込めるんですよ」
「へぇ……」
苦肉の策かと思ったが意外と機能的な技に感心した瞬はマルコの脇の隙間に手を突っ込んだ。
「ちょっと!!? なにしてるんですか!?」
「昔の話だけどあたし格闘技習っててさ、ちょっと興味湧いてさ」
「ダメですよ! ダメです!」
今度はマルコのセンシティブな部位に瞬の手が迫り来る。
「練習なんだろ? だったら組手がいたほうがもっと内容のある練習になるだろ?」
嘘が裏目に出てしまった。亀の態勢は決して練習のためなどではない。
「違うんです、そういう違うんじゃないんです! だ、ダメーーーー!」
哀れ、マルコ。か弱い彼はなすすべなく魔の手を蹂躙される。
「…………何やってるの、二人とも」
そこに唐突にやってきたのは透だった。ビニール袋を両手に右肘にはビニール傘、左肘には服にズボンとまるでバーゲンセールの帰りの風貌をしていた。
「透さん……遅いですよ」
泣きそうな顔で透を見上げるマルコ。
「マルコの言ってた頼れる人ってこいつかよ……」
渋面で見上げる透を見上げる瞬。
「私のことは良い、二人は何やってんだ」
そんな二人を睨みつけるように見下す透。呆然としていた表情が変質者を軽蔑するかのように険しくなっている。
マルコはようやく透の言いたいことがわかった。それなりの知識がある人から見れば柔道をしているとわかるが、そういう知識には疎い透には自分と瞬が不純異性交遊をしているように見えていると。
「違うんです、透さん、これは」
「言わなくても良い! 私はわかってるぞ!」
「聞いてきたの透さんじゃないですか!」
必死の弁解をあっさり拒絶する。
この理不尽な返し、怒っているに違いない。
怒りの矛先は勿論……。
透は抱えていた荷物を全部下ろし、軽く準備運動をしてから、
「何やってんじゃああああ、ド変態があああああ!」
吶喊する。
マルコはすぐさま謝る。
「浮気してごめんなさい、透さん!」
身構えるマルコ。
「ごぱぁ!?」
真っ暗闇の視界の中で隣から奇声が聞こえる。
「って、あれ……?」
目を開くと透は膝をさすり、瞬は額に赤い大きな点ができていた。
「いたたた……慣れないヒザ蹴りするもんじゃないな……というかどんだけ石頭だよ……」
「アホか! 本当に痛いのはこっちだ!」
睨み合う二人。どうやらこの二人は常に争う運命にあるようだ。
「おう、立てよ、変態。夏だからって水着姿で子供に近づいて良い法律は日本にないぞ」
「透さん! いろいろと勘違いしすぎです!」
この後、マルコの尽力によって透の誤解は何とか解けるのであった。




