手の中の感触
マルコは全身を石のように膠着させていた。来る激痛に備え、目を瞑り、歯を食いしばり、脇を閉めていた。
しかしいくら待てど激痛は襲ってこない。それに道路の真ん中にいるはずなのに周辺は妙に静かで、触覚が鋭くなる。だからか、顔に湿った感触が走ると声を上げて驚いた。
目を開くと空と猫の顔が見えた。
猫は何様なのか、呑気に腹の上で顔を洗っている。
「助かったんでしょうか……」
上半身を起こし、辺りを見渡すとそこは墓地だった。2つ重なった台石の上に故人の名前が彫刻された長方体の石が乗っている仏式の墓石に囲まれていた。雨上がり故に薄暗く、湿った空気が漂っている。
「……やっぱり助かっていない? まさか幽霊か、もしくはゾンビになってしまったのでしょうか……あ、でも僕は日米のハーフだから死んだらどっちになるんでしょうか……」
そんな心配をよそに猫は一鳴きすると薄情にもどこかに走り去っていった。
心細いマルコは追いかけようと身体を動かし地面に手をやると、何やら柔らかい感触に触れる。柔らかい感触とは言ってもクッションや枕のような肉味のある柔らかさではない。薄い布の感触だった。肌触りがよく、何時間でも触っていられる心地よさだ。柔らかさ以外の感触としては人肌に近い温かさが感じられた。
「もしかして血が染みた服とか……?」
震えながら見下ろすと恐れていた赤色はなかった。しかし代わりに長方形の白い布が見えた。長い両辺にはフリルが施され、真ん中に赤いチョウチョ結びのリボンが一つ。なんとも愛らしい。
「あれ、これってどこかで……」
その長方形の布は上に二本の紐が繋がり、その行き先を辿ると両肩が見えた。両肩の後ろには長く麗しい黒髪が広がり、肌の白さが際立たせていた。
「これって女性のぶぶぶらーじゃーじゃぁ!」
自分の手がどこの上に乗せているか認識すると流血に依らない顔の赤らめ方をする。
しかも二人の体勢は傍から見ればマルコが女性を押し倒しているかのようだった。
まずは女性のセンシティブな部位に触った無礼を詫びなくてはいけない。このような事態は初めてではない。パイタッチ童貞ではない。ここは紳士らしく落ち着きを払って心からの謝罪をする。
「あ、あのあの、どどどちかさまか存じ上げませんがすみません!!!」
二度目にしても冷静な謝罪ができなかった。それも仕方ない。あの時は服の上からだったが今度は下着の上からで、ブラタッチ童貞だった。布の有無厚薄だけで感触も温度もまるで違った。
「というか、まだ手をどけてませんでした! ほんとにごめんなさい!」
すぐさま手を避けたが、依然として女性の胴体に釘付けになっていた。胸に視点を当ててるといろいろとダメなので、肩の上へと避難する。肩から首までも白い肌が続き、ややしゃくれた顎に厚く赤い唇があった。どの部位も魅力というか魔力に溢れていて、なかなか目を離せなかった。目を離せずにいると厚く赤い唇が動き出す。
「無事だったか? えーと……マルコだっけ?」
下着だけを着た半裸の女性が身を起こす。
名前を呼ばれ、わずかに冷静さを取り戻し、視界が広がる。
「あ、あなたは……」
取り戻した冷静さはいとも容易く奪回される。
マルコが下敷きにしていた女性、それは以前、ゲームセンターで透と熾烈な戦いを繰り広げた黒髪の人だった。




